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第5節 第2話 喜怒哀楽

「もういいですわ……手に入らないのなら、いっそなくしてしまえばいいのですわ……」


 落ち着いたと思われた明日香からもたらされた言葉。

 その次に起こったことにケントは焦りを覚える。

 先ほどまで真っ白魔法を使っていたかと思うと、今度は光をすべて吸い込んだかのような黒に覆われていたのだ。


「しまった!!ここに連れてこられたのもこいつの魔法かよ!?」


 ケントは自分の失態を悔いる他なかった。

 先ほどとうって変わって、禍々しい気配をまとう明日香。

 その背よりうねうねと動く手の形をした影が何本も姿を現した。

 その手は獲物を探すようにいったり来たり。

 明日香の周りを動き回る。

 あたかもその手一つ一つに意識があるように。


「さよならですわ……」


 目に涙を湛え別れを口にした明日香。

 その声は震えており、最愛の人を亡くした女性の雰囲気を醸し出す。


「勝手に人を殺さないでほしいね。こっちも本気でいかないとダメみたいだな……」

 

 ケントが虚空へ手を伸ばすと、そこからばらばらといろいろなものが落ちてきた。

 円盤型や球体、大小さまざまであった。


「起動!!【煉獄】【雷獄】【守護の盾(イージス)!!】」


 ブオンという音とともに光りだしたそれはふわりと宙に舞った。

 ワイヤーのついた円盤状の物はケントの周りをふわふわと浮く。

 大きな球体は一気に空に上昇しその形を変えていく。

 小さな球体は少し上に陣取ると、その球体の中から銃口のようなものが出てくる。


「なんですの?!」

「お、驚いたおかげで戻ってこれたかな?一応俺の最高装備だけど?」


 宙に浮く小さめの球体を見て明日香は何かを思い出したようだった。


「その球体……私が落としたものと同型ですのね……」


 睨みつけるようにする明日香。

 ケントは悪びれるそぶりもなく、明日香に対峙する。


「まあ、これの簡易型だけどね。あくまで偵察用。こいつは一味違うぞ?」

「どちらでもいいですわ。さようならには変わりありませんもの……」


 そしてまた寂し気な表情を見せた明日香だったが、その眼だけは歓喜に沸いていた。

 それにつられるようにほほが緩み、口元が上がっていく。

 どう見ても戦闘狂にしか見えない形相だ。


「【ソウルハンド】!!」


 明日香が言葉を発すると、うごめいていた黒い手が一斉にケントへと襲い掛かる。

 その手はケントを拘束したいようで、躱す先々に魔の手が伸びる。

 ケントは何度か剣で払いのけようとしたものの、空を切るように何も切ることはかなわなかった。


「めんどくさい力を持ったな……だが、本体を攻撃すればどうなるだろうな?」


 ケントが小声で何かをつぶやくと、先ほどまで静観していた宙に浮いた者たちが一斉に動き出した。

 黒い魔の手を【守護の盾(イージス)】が防ぎ、上空からは明日香めがけて煉獄が一斉射撃を行う。

 【雷獄】は逃げる明日香を逃がさないとばかりに上空から落雷を落とす。

 それが何基も行うために、あたり一面が雷の雨が降り続いた。


 明日香は魔導具が稼働し始めたのを見て、慌てて魔法を切り替える。

 

「なんなのよこれは!!【ダークランス】!!」


 明日香の周囲に無数の漆黒の槍が姿を現した。

 その槍は禍々しいまでの気配を放ち、気の弱い者ならそれだけで飲み込まれてしまいそうであった。

 そして明日香がタクトのように杖を振ると、一斉に漆黒の槍が解き放たれる。

 狙いは宙に浮く小さな球体の銃座。

 何基か撃ち落とすのに成功するも反撃はここまでであった。


「きゃぁっ!!」


 ついに【煉獄】の射撃が明日香をとらえる。

 明日香は左足を撃ち抜かれたようで、その傷から鮮血が流れ出る。

 ただし重症とまではいかず、戦闘は継続可能そうであった。

 

「まだやるか?」


 明日香が痛みをこらえて前を向くと、そこには剣を構え切っ先を明日香に向けたケントの姿があった。

 明日香は自分が完全に詰んでしまっていることを理解した。

 あれほどまでに恋焦がれた人間がすぐそこに居る。

 手を伸ばせばすぐそこに。

 そう思うと居ても立っても居られない明日香は、ケガなど気にせずケントにとびかかろうとする。


「ケント様!!」

「様?!」


 あまりの出来事にケントは思わず後ろに飛びのいた。

 明日香はケガのせいもありそれほど遠くへは飛ぶことができず、そのまま支えを失い地面へとダイブする。

 その姿があまりにもかわいそうすぎて、いたたまれなくなったケントであった。


「お前は一体何がしたいんだ……。お前は俺たちの敵なんだぞ?」

「敵?テキ?てき?」


 明日香はケントの言葉を理解できないのか、むくりと起き上がると、その場に座り込んだ。

 そしてコテンと小首を傾げるが、その瞳はひどく濁ったままであった。


「明日香は敵じゃない……。明日香はあなたの味方……。あなたは私のヒーロー……。だから……誰にも渡さない……。」

 

 その濁った瞳にたじろぐケント。

 そのまま一歩……また一歩と後退りしてしまう。


「どうして私をさけるんですの?」

「どうしてって……君は自分が何を言っているか分かってるのか?」


 すでに戦闘モードではなくなった二人。

 先ほどまでと違ってその場には静かな空気が流れる。

 ケントの質問に返答に困ったのか、明日香はうつむいたまま動かなくなった。

 だがケントは警戒を解くことはなかった。

 いつでも攻撃を再開できるように上空の【煉獄】【雷獄】はずっと明日香を捉えたままだった。


 だがケントはこの時見落としていたものがあった。

 それは一瞬の出来事であった。

 明日香が顔を上げて目を見開くと、突然その場から姿を消したのだ。


 慌てたケントは周囲を見回す。

 だがケントの視界には明日香が見当たらない。

 そして一瞬ぞわっとした悪寒が背中を走る。


「捕まえた……」


 ケントが後ろを振り向こうとするが、それはかなわなかった。

 その首筋には明日香のナイフが添えられていたのだ。

 

 明日香は転移に使った魔法を利用し、ケントの背後から現れた。

 そしてそのままケントの背中に飛びつくと強く抱きしめたのだ。

 右手にナイフを持ったまま。


 ケントの首筋に真っ赤な線が出来上がる。

 優しく添えられたナイフがケントをわずかに傷つける。


 明日香はそっとその首筋に顔を近づけると、うっすらと流れ出た血をなめとる。


「あぁ~、なんて甘美なのでしょう……」


 その恍惚とした表情を見ることができないケントだったが、その声色だけで明日香が尋常ではない精神状態であることは理解できた。

 ケントは頭かr冷水を浴びせられたように体が硬直してしまった。

 いくら戦闘経験があろうとも、こういった女性の扱いについては慣れていなかったからだ。

 その明日香の狂気に飲まれ意識が明日香へと吸い寄せられる。


『この雌餓鬼が!!』


 明日香はとっさのことに回避し損ねると、横っ腹を抑えながら転がっていく。

 ケントは我に返ると、状況の確認を急いだ。


『主よ、吾らを頼れ。』

『主~。僕は何をしたらいいの?』


 振り返れば拳を握りしめて鉄拳制裁を科した張本人が何やら不満げな表情を浮かべていた。

 青黒い隆起した筋肉をぴくぴくと揺らしていたタクマだ。

 そしてもう一人は美少年のようなふわふわとした空気をまとったラーの姿もあった。


「もう!!何なのよ!!」


 怒りを前面に押しだした明日香は、汚れた服も気にせずに立ち上がり、杖を構える。

 だがこの茶番劇はこれで終わりとなった。


「明日香さん。予定の時間は過ぎていますよ……っと、やはり出てきましたか中村剣斗……いや、【書物を渡る者(ブックトラベラー)】。」


 姿を現したのはゴールドラッド(プロメテウス)であった。

 

 ケントはゴールドラッド(プロメテウス)をにらみつける。

 だが当の本人は気にした様子はなく、明日香に手をかざすとそのまま影に飲み込まれていった。

 最後の何かを叫んでいたようだったが、それはケントの耳には届かなかった。

 そしてゴールドラッド(プロメテウス)は何も告げることなく、自身も影へと潜る。

 あとに残されたのは荒れた戦場と警戒中のケントたちだけであった。


 

 

「時間は……っと、出港してるじゃないかよ……」

「で、どうするんだ主よ。」


 ケントは腕時計を確認すると、大きなため息をつく。

 タクマの問いにケントは少し考えると、何かを諦めたのか上空に待機していたタケシに声をかける。


「疲れた……どうせ人なんていないんだし、飛んでいこうか……」


 疲れ切ったケントはタケシにあとは任せたと伝えると、その場でそのまま眠り込んでしまったのであった。

 そしてそれをそっと受け止めたのはスライム型に戻ったラーであった。

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