第2節 第5話 リヒテルとリヒテル
可笑しな出会いであった。
リヒテルにとっては初めて見た実践。
いまだに興奮冷めやらぬ思いがあった。
それが顔に出ていたのか、守衛の男性に強く注意を受けることになる。
「それにしても君はどうしてあの場所に?勝手に入ってはいけない場所だと知っているよね?」
「はい……」
守衛は呆れ顔でリヒテルに問い質す。
リヒテルもまた当たり前の事だろうと話半分で聞いていいた。
「それじゃあ身元確認するから腕を出して、ブレスレットを見せて。」
リヒテルは左腕を差し出すと、その手首には金属製のブレスレットがはめられていた。
これは個人識別用認識証と呼ばれるものだ。
個人識別用認識証は生まれると同時にはめられるもので、これもまたNGTによって作成された魔導機械の一つである。
個人識別パターンが内蔵されており、いつだれがどこにいたのか分かるようになっている。
また、各職業に就いた際に加盟するギルドによってさらにもう一つ追加される事になっている。
今はまだリヒテルは子供の為一本だが、これからもう一本増えることになる。
個人識別用認識証に認証機器をかざすと、ディスプレイには行方不明者の文字が映し出された。
それを見た守衛は慌てて役所ヘ連絡を入れたのだった。
「リヒテル・蒔苗君だね?君のご両親から捜索願が出されていたよ。あと1時間もしないうちにここに来ると思いうから、それまでここにいるように。いいね?」
「はい……」
リヒテルの冒険はこれでひとまず終了となったのだった。
それから1時間もしないうちにリヒテルの両親が守衛待機所へやってきた。
リヒテルを見つけるや否や父親の張りてがリヒテルの右頬を襲った。
そのあとすぐに父親はリヒテルを抱きしめて、無事を喜んだ。
それを見ていた母親もまたそっと二人を抱きしめるのだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
リヒテルは自分が生きていることをやっとここで実感した。
一歩間違えばリヒテルの命は無かったのだから。
あの男性狩猟者が居なければ自分はあそこで死んでいたのだから。
「そうだ守衛さん!!あのおじさんは誰なんですか?!」
リヒテルは思い出したかのように守衛に尋ねた。
しかし守衛から帰ってきた言葉にリヒテルは困惑することになる。
「それが分からないんだ。俺の見知った人物でもないし、今調べたら出入りの記録もない。だから俺にはさっぱりさ。」
リヒテルはその男性狩猟者の言葉を思い出していた。
『坊主……諦めなければ叶う夢もある。坊主は坊主で今やれる事をやるんだ。それが坊主のこれからの人生を大きく変えていくからな。』
だからこそリヒテルは狩猟者への夢を胸に秘め、今出来る事を精いっぱい頑張ろうと決めたのだった。
それから一週間後、狩猟者連合協同組合本部にリヒテルの姿があった。
もちろん両親と共に。
その一週間はリヒテルの謹慎期間でもあった。
何せ立ち入り禁止の場所に立ち入ったのだ、バツが無い訳が無い。
本来であれば禁固刑が待っていたが、リヒテルがまだ7歳という年齢であることを考慮されての結果だ。
その間にリヒテルは自分の気持ちの整理をしていったのだった。
やってきた狩猟者連合協同組合には、たくさんの狩猟者が集まっていた。
これから行われる狩猟についての打ち合わせを入念に行っている。
中にはリヒテルよも少しだけ年上の少年少女の姿もあった。
自分もあの中に……
そんな気持ちもわずかに湧き上がる。
そんな気持ちを押し殺し、リヒテルは一歩歩みだす。
その先には〝狩猟者連合協同組合直営店〟の文字が掲げられた食堂兼酒場があった。
造りはあまり新しいとは言えないが、きれいに磨き上げられた床や棚、カウンター席にテーブル。
何処を見ても一流の仕事をしているのが良く分かる。
「あのすみません!!」
リヒテルはカウンター越しに仕事をしていた職員に声をかける。
リヒテルの姿と両親を見つけ、職員はカウンターから出てきてくれた。
「やあ君がリヒテル君だね?話は聞いてるよ。明日から学校が終わった後でここによってくれるかい。お父さんお母さん、リヒテル君は私が責任をもって仕事を教えます。どうかご安心ください。」
職員はそう言うとリヒテルの両親に頭を下げている。
両親もその誠実そうな態度にどこか安心した様子を見せていた。
「こちらこそよろしくお願いします。リヒテルちゃんと頑張って仕事を覚えるんだぞ?」
「リヒテル……無理はしちゃだめよ?」
「わかった。それとごめんなさい。父さんと母さんの跡を継げなくて……」
リヒテルの言葉に両親は涙した。
それよりもリヒテルの夢を奪ってしまったことを謝罪していた。
それからリヒテルの両親は後で迎えに来ると言って食堂兼酒場を後にしたのだった。
涙を拭いたリヒテルは両手で自分の頬をはたき、改めて気合を入れなおす。
「リヒテル・蒔苗です!!よろしくお願いします!!」
その気合の入った挨拶とは裏腹に、真っ赤に染まった量頬を見てその職員はゲラゲラと笑い転げるのだった。
「話には聞いてるよ。私がここの責任者、マルコ・藤波だよ。よろしくねリヒテル君。」
一笑い済んだマルコはリヒテルに手を差し伸べ握手を求めた。
リヒテルもマルコの行動で緊張がほぐれたようで、その手を取って握手を交わした。
「それじゃあ今日はある程度の説明だけして、明日から本格的に覚えてもらうから覚悟しておくようにね。」
「はい!!」
こうしてリヒテルの新しい人生が幕を開けた。
それはリヒテルが思い描いていた人生とは全く違うものとなった。
それでもなお、心に秘めた思いを胸に精いっぱい生きていこうと改めて誓ったのだった。
「やっと霧から出られた……」
リヒテルはやっとの事で霧の中から脱出することが出来た。
霧の中では魔導機械がうまく作動せず、方向も見失っていた。
それでも少しづつ歩みを進め、やっとの事で出てこられたのだ。
目の前にそびえ立つADWを囲う高いコンクリートの壁。
今では当たり前に思えるこの壁も、昔は恐怖の象徴だった。
いつしかその壁も超えられるようになり、今ではいっぱしの狩猟者となっていた。
「リヒテル隊長!!どこ行ってたんですか?!通信も繋がんないし、信号もロストするし!!またいなくなるなんてダメだから!!絶対だめだから!!」
リヒテルを見つけるや否や、レイラはリヒテルの胸元に飛び込み涙を流していた。
本当に泣き虫だなと思いつつ、その頭をそっと撫でる。
そして霧の中での出来事を思い出し、少し笑みがこぼれてしまう。
「隊長?」
少し泣き止んだレイラは顔を上げると、珍しく優しそうに微笑むリヒテルの顔がそこにあった。
思わず声をかけると、リヒテルが優しい声色で語り始めた。
「霧の中で少年に出会ったんだ。そして思い出したよ。俺がなんで狩猟者にこれほどまでに恋焦がれ、そしてなろうとしたのか。なあレイラ……これからも俺の背中を頼んだぞ?」
リヒテルの突然の言葉にレイラは一瞬思考が停止していた。
そしてその言葉を飲み込むと、ニコリと笑顔を見せて大きく頷いていた。
(なあ、リヒテル。俺はちゃんと狩猟者になったぞ。だからお前も頑張れよ!!)
リヒテルは心の中でそうつぶやいた。
霧の中で出会った過去の自分に思いを馳せながら。