第3節 第2話 ある意味ブラック企業……
「ロレンツィオ……北部への進軍が遅れ気味だが、問題でも発生したのか?」
【ノースウェイランド】の主拠点である古代遺跡群【ボクスビルド】にある【エウロピニア帝国】仮領主館の執務室で、書類に囲まれながら執務に追われているシュトリーゲが顔も上げず、そこに居るであろうロレンツィオに声をかける。
ロレンツィオも分かっているとばかりに、自身の仕事の手を止めず返事を返す。
本来であれば不敬となるであろうことだが、そんなことを言っている場合ではなかった。
下の者たちが事前処理をしてくれているはずなのに一向に書類の山は消える気配がなかった。
むしろ少しでも手を止めると増えるんじゃないかとひやひやするほどであった。
「問題という問題はありません。ただ、最近徐々に機械魔のランクが上がり始めています。どうやら魔素汚染の関係ではないかとの研究者の話が上がっておりました。」
「なるほどの。すまんが説明を頼めるか?」
一瞬ロレンツィオの言葉に手を止めてほんの僅か思案したシュトリーゲは、ロレンツィオにその話の説明を求める。
おそらくそう来るであろうと思っていたロレンツィオ困惑することなく立て板に水のように話を進める。
「これはまだ検証中ですが、魔素が湧き出るスポットがあるのではないかということのようですな。そこから徐々に漏れ出した魔素が魔石となり、機械魔のベースを構成する。それが機械なのか生物なのかはたまたゴールドラッドの作り出した魔物なのか。つまり、漏れ出す範囲が狭くなればなるほど、濃度が魔素濃度が上がり、より強力になる。そういうことのようです。」
話を聞きながらも手の止まることのないシュトリーゲ。
その実務能力は比類なきものであった。
おそらくそれが一国の主たる由縁の一端であった。
「ロレンツィオ……。一度進軍を止めた方がよさそうだな。」
シュトリーゲは自身のそばに出した透明な板をいじりながらデータを読み取っていく。
そこに示されたのは自身の元始天王の効果範囲内の情報であった。
人口や人の動き。
はたまた魔物の動きも確認できている。
「なぜでしょうか。」
シュトリーゲの判断に疑問を挟むロレンツィオ。
この辺りはお互いの信頼関係があってこそだった。
「おそらくこれ以上進軍したところで、機械魔のランクが上がってしまう。そうなれば低ランクの狩猟者では太刀打ちできないだろうな。であるならば、一度ここで進軍を止めて低ランク狩猟者の育成にシフトするべきではないかの?」
「確かにそうですな。狩猟者連合協同組合でも育成は行っておりますが、国として行うのであればさらにそれが加速しましょうな。」
シュトリーゲの判断に納得のいったロレンツィオには否という答えは存在していなかった。
すぐさま呼び鈴を鳴らすと、執務室に一人の男性が姿を現した。
「すまない、これから渡す書類を狩猟者連合協同組合と防衛隊双方の長に渡してほしい。」
「かしこまりました。」
男性は頭を下げると、ロレンツィオはすぐに書類作成に取り掛かる。
数分もしないうちに出来上がった書類にシュトリーゲは目を通し自身の署名捺印を行う。
最後に封筒にしまうと、封蝋を行い書類の完成である。
この書類は誰も偽造することもできず、下ならば帝国法によりすぐさま極刑となる。
それほどまでに重要な書類であることが意味されたいる。
男性がロレンツィオから恭しく2通の封筒を受け取ると、その場を後にした。
その際に少し震えていたのは致し方ないのかもしれない。
「それにしても現在の立入禁止区域の最高ランクは3であるか……。とれる魔石などはまだ低品質ということかの?」
「左様ですな。一部の高ランク者がさらに奥に進んでランク4の機械魔を討伐しておるようですから、少なからずランク4の魔石は調達できておりますが……。やはりそこはまだ【ジャポニシア】頼みですな。」
ロレンツィオは自らの言葉に深いため息を吐く。
いくら金銭的対価を払っているとはいえ【ジャポニシア】が手をひっくり返した時点で【エウロピニア帝国】は窮地に陥ることは間違いなかった。
それはつまり【エウロピニア帝国】は【ジャポニシア】に殺生与奪権利を握られているに他ならなかった。
「ままならないものだな。」
「左様ですな。」
思わずシュトリーゲの手が止まる。
そして静かに流れる窓から見える雲を見つめて物思いにふけってしまった。
コンコンコン
三度のノックとともにワゴンが執務室へと運び込まれた。
それも3台。
シュトリーゲはそのワゴンを見るなり一気に現実に引き戻されたようにげんなりとした表情を浮かべる。
同じくロレンツィオも。
「お二人とも、物思いにふけるのはよろしいのですが、まだまだ終わりませんわよ?」
ワゴンを押して中に入ってきたのはパンツスーツを身にまとった成熟した女性を思わせる人物であった。
背丈はおおよそ170cmくらいで細身のためスーツがよく似合う。
背中まである艶のあるロングの黒髪は、きれいに整えられ一つ結びとなっていた。
「分かっておる。お前にも負担をかけるな、舞。」
「今に始まったことではないでしょう?あなた。」
舞がロレンツィオを〝あなた〟呼びすることでわかる通り、ロレンツィオはこの【ノースウェイランド】に来てから結婚を果たした。
理由はロレンツィオの一目ぼれであった。
舞は【エウロピニア帝国】が【ノースウェイランド】への移住をする際に、案内役として派遣されたいわば【ジャポニシア】のお目付け役である。
それもあって当初はロレンツィオのアタックをうまくいなしていた舞だった。
しかし、あまりのしつこさに辟易したのか、一度だけ食事をすることとなったのだ。
その食事の際に会話を交わしていく中で馬が合い、それからはよく二人で出かける姿を目撃されていた。
そして、アタック開始から1年が過ぎたころ二人はめでたく結ばれたのだった。
シュトリーゲとしてもこれを大々的に行い、臣民のちょっとした娯楽になればとの打算もあった。
そこで行われたのが国事としての結婚式であった。
それはもう盛大に行われ、〝【ジャポニシア】と【エウロピニア帝国】の架け橋〟として【ジャポニシア】の新聞にも取り上げられたほどであった。
「あぁ~、二人で空気を作るのはいいが、私もいることを忘れないでもらえるかな?」
甘い角砂糖をいくつも口の中に放り込まれた気分になったシュトリーゲが気まずそうに二人に話しかけた。
二人も何の気なしに握られた手を慌ててはなし、顔を上気させる。
「二人共、私よりもいい大人なのだから場所を考えてもらってもいいかな?それとも私への当てつけかい?」
慌てた二人はシュトリーゲに頭を下げる。
シュトリーゲも特段起こったわけではなく、ただ二人をいじって遊びたかっただけであった。
息抜きがてら舞にお茶を入れてもらい、休憩としたシュトリーゲとロレンツィオ。
書類に事をいったん忘れて、羽を伸ばしたのであった。
「さて、休憩もとったことだ作業を始めるとしようか。」
「左様ですな。舞、何か問題などはあったか?」
いやいやそうに重い腰を上げたシュトリーゲに続き、ロレンツィオも自分の机に移動する。
舞はテーブルを片付けつつ、ロレンツィオからの問いに答えた。
「問題と言えるほど問題はないのですが……」
そういうと一枚の資料をロレンツィオに手渡した。
ロレンツィオはその資料に目を通すと、徐々に眉間にしわが寄っていく。
むしろ鬼の形相とも言えそうなほど、怒気をあらわにした。
「陛下……。やはりままなりませんな。」
シュトリーゲにもその資料を渡し情報を共有する。
そこに書かれていたのは、スラム街の形成とそこに住民の拉致及び、囮役について書かれていた。
諜報部がまとめ上げた資料で、確度は高い。
人口が増えれば必然的にスラム街は出来上がる。
それについてもシュトリーゲは把握しており、その対策も実施する段階までこぎつけていた。
しかしここにきてその住民が悪質な狩猟者によって拉致され、囮に使われているとのことだった。
「狩猟者連合協同組合との協議が必要なようだ。」
「左様ですな……」
また一つ問題が降りかかり、げんなりとする二人であった。




