第3節 第1話 封印と性能試験
【エウロピニア帝国】の移民団が【ノースウェイランド】へ入植してから早2年が経過しようとしていた。
生活の基盤も出来上がりつつあり、古代都市群【ボクスビルド】はその姿を様変わりさせていた。
廃墟に近しい街並みとテントやバラックが立ち並んでいた風景はすでにそこにはなく、今では新築の建物がずらりと並んでいた。
【エウロピニア帝国】の仮領地での再建が進み始めると、入植希望者が増えてきたのだ。
特に建築系を得意とするものが出稼ぎに来るケースも多く、建築ラッシュと言っていいほど猛スピードで出来上がっていった。
まさに建物が生えてくるといっても過言ではないくらいの勢いがあった。
だがそれに伴って問題も発生している。
仕事があると思ってやってきたはいいが、職に就けない者も出てきていた。
さすがに好景気と言ってもそれはすべての人に享受されるものではない。
漏れ出る者は一定数は存在していた。
彼らは町のはずれにスラム街を形成し、住み始めたのだ。
それにより良からぬ事を行う輩も増えてきてしまっていた。
防衛隊は町の治安維持と機械魔の排除に追われることとなり、てんてこ舞いであった。
一方そのころ、一人【ジャポニシア】の研究所へ移送されていたリヒテルだったが、この2年で大きな変化が起こっていた。
今も研究員がリヒテルの身体を確認するために、全身のスキャン作業を行っているところであった。
「うんうん、これなら問題ないだろうね。お疲れ様リヒテル君。」
診察台に寝ころんでいるリヒテルに声をかけたのは所長の平だった。
ディスプレイに映し出されたデータ画像を何度も確認し、リヒテルの身体について調べていた。
「封印が上手く機能しているってことですか?」
「そうとってもらっていいよ。前に狩猟者連合協同組合で施していた封印はあくまでも技能を使用できる前提に作られたものだったからね。君の身体を守ることは考えられてなかった。だが今回施した封印はその技能の制限だ。この封印で君はランク4相当までの魔石までしか扱えなくなっている。もしランク5を扱おうとしたとしても、この封印装置が働いて完全に魔力の流れを止めてしまうからね。ただランク4の魔石も安全とまでは言えないから基本はランク3までだと認識してくれて構わない。」
それを聞いたリヒテルは自分の胸に手を当て考えを巡らせていた。
これで少しは安心できると思う反面、戦力的にかなりダウンしてしまったことに焦りを感じていた。
そしてへそあたりにできたまだ完全には消え切れていない手術の後をそっとなでる。
そこには平をはじめとした研究員たちが作り上げた封印石が埋め込まれていた。
石といっても直径1mm程度のほんのごく小さな石ころだ。
魔石を薄い板状に何層にも重ねて作られていた。
平曰、「今できる最大限のNGTの結晶だ。これでだめなら打つ手なしだな」と言わしめるものであった。
リヒテルは藁にもすがる思いで手術を行い、今に至っていた。
「平さん、とりあえずランク3の魔石をいくつか用意してもらっていいですか。試しにランク4とランク5もお願いします。安全装置が稼働するかも確認したいので。」
平は了解したと言い残すと、職員たちに指示を出し始めた。
ほどなくして別室の実験室にその準備が整えられた。
自室に戻っていたリヒテルは、平から呼ばれ隣の実験室へと移動した。
厳重な扉を隔てて隣に設置されており、リヒテルにはそれほど苦労して開けるような扉ではなかったが、実際は大人数名で動かすものであった。
それだけでリヒテルが普通でないことが見て取れた。
隣の実験室に移動したリヒテルは机の上に並べられた魔石に目を移す。
ここ何年も見ていなかったためかひどく懐かしく感じていた。
『左からランク2・3・4と並んでいる。低い方から順に試してくれ。』
スピーカー越しに平の声が実験室に響く。
リヒテルが上に目をやると、ガラス越しに平が大きく両手で丸を作っていた。
リヒテルはそっとランク2の魔石を手に取り、意識を集中させる。
次第に変形していく魔石。
平はそのスムーズな変形に感嘆の声を漏らす。
そしてさほど時間がかからずリヒテルの手に一丁の拳銃が握られていた。
さらにリヒテルはもう一つのランク2の魔石を手にすると、さらに意識を集中させる。
それはリヒテルにとって久しぶりに思える感覚であった。
徐々に世界がスローモーションとなる。
「帰ってきたんだな……」
リヒテルは一人ごちる。
今は射撃管制補助装置をかけていないためお馴染みの機械音声は聞こえてこない。
ただただ静寂の世界。
リヒテルのみの世界。
「そういえば始まりはこれだったな……」
リヒテルはさらに深く集中すると。
「属性〝水〟……特性〝貫通〟……」
魔石は徐々に崩壊し、大気中の魔素へと変わる。
そして魔弾が魔砲に装填される。
「うん、懐かしいな……」
そして時間は元に戻る。
『リヒテル君準備はいいかな?』
「はい。」
平はリヒテルの手に魔石がなくなっていることに気が付き、準備完了の確認を行う。
リヒテルの返事を聞いた平は手元の操作パネルを操作し始めた。
すると実験室の奥の壁が振動とともに動き始めた。
壁が移動すると、そこには数百メートルはあろうか通路が出来上がる。
目を凝らしてよく確認すると、その奥の壁に的のようなものが並んでいた。
『所長!!なんで的が俺なんですか!?』
スピーカーから聞こえてきたのは焦った男性の声だった。
どうやら的の写真は彼の顔だったようだ。
『というわけで気にせず狙ってくれたまえ。』
どこかいたずらが成功したことを喜ぶ子供のような声色で合図を出す平。
リヒテルは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
そして気を取り直して射撃位置に移動すると、意識を的へと集中させる。
遠くに見える男性の顔に一瞬集中力を奪われるも何とか気持ちを立て直して引き金を引く。
パシュン
火薬を使っていないためになんとも間抜けな音が響く。
カン
的の裏にある壁に魔弾が接触する。
それと同時に弾痕から水があふれだした。
量はそれほど多くなかったためにあたりが軽く水浸しになった程度で水の生成は終了した。
『お疲れ様。久々の技能の使用はどうだい?』
「なんとも言えない懐かしさがこみ上げましたよ。あの写真さえなければね。」
リヒテルは平のいたずらに嫌味で返すと、平はげらげらと笑って見せる。
そんな平に後ろから男性が文句を言っているのがスピーカー越しに聞こえてくるものだから、リヒテルは笑いをこらえるのに精いっぱいであった。
それからリヒテルは各種の魔石を試していく。
ランク4の魔石を使った際に一瞬違和感を感じたリヒテル。
それはデータにも表れており、やはりランク4が限界であり、余裕はなさそうであった。
『予定通りというところかな。ランク4は危険な局面になるまでは使わない方が賢明だろうね。それでどうする?ランク5はやめる?』
平の提案にリヒテルは首を横に振る。
この封印石には安全装置が組み込まれている。
ならばそれを信じればいいだけだとリヒテルは言い放ち、ランク5の魔石にてをかける。
するとどうだろうか、いつもなら反応があるはずの魔石に全くと言っていいほど反応を見せなかった。
何度も魔力を送るろうとするも、何か分厚い壁があるように魔石に魔力を送ることができなかった。
『ではこれでテストを終わる。リヒテル君部屋に戻りなさい。』
リヒテルは重い扉を開けると自分の部屋へと戻っていく。
平もまたデータを集め部下たちと何か話し合っていた。
こうしてリヒテルの封印とそのテストは無事終了したのだった。




