第1節 第1話 海洋玄関口海都【ネクストビーチェ】での一幕
帝国を脱出することに成功したリヒテルたち一行は、一路中立【ジャポニシア】へ向けて出港した。
船旅は思いのほか順調に進み、出港から3週間で到着することができた。
その理由としてはNGTにより生み出された新造輸送船【ワルキューレ】により外洋の走破性にあった。
大気中の魔素を動力源として動く魔素発電装置をさらに発展させた魔素変換装置を主電源として動いており、駆動方法も一般的な外輪式ではなく、高水圧放射式を採用していた。
波によって移動速度をロスすることなく進むことができるのだ。
さらに、船首と船尾に搭載された主砲である【DFC5x40】という砲身長5m×40mm口径のキャノン砲により、前方の大波も打ち消してしまう優れものであった。
燃料としては魔石を使うため頻繁に使うことは出来ないが、回避不可な波に対して使用することによって高速移動を可能としていた。
また、副砲として【DFC2x20x3】という砲身長2m×20mm口径の3連装速射砲も搭載していたため、機械魔化した海洋生物との戦闘も狩猟者や防衛隊とともに撃退できたのも大きかった。
【ワルキューレ】を旗艦とした移民船団は誰一人としてかけることはなかった。
そして移民船団は目的地である中立国【ジャポニシア】の海洋玄関口海都【ネクストビーチェ】へと入港を果たした。
「お待ちしておりました陛下。」
「これは出迎え痛み入ります。」
【ワルキューレ】より降り立ったシュトリーゲを出迎えたのは【ネクストビーチェ】の領主の一郎・トーマス・矢立であった。
身長はさほど高くはなく、おおよそ160cm前後と思われた。
本人も公言していることではあるが、皇王国【アメリア】の出身で【ジャポニシア】との混血児であった。
それ自体本人は気にした様子はないものの、父親譲りの少しパーマがかった金髪に誇りを感じていた。
びしりと決まったスーツ姿と口調にシュトリーゲも安心感を覚えた。
矢立の案内で【ネクストビーチェ】にて一泊することになった一行。
シュトリーゲ及び首脳陣一行は迎賓館へ、ほかの移住メンバーも同じく宿泊施設へと移動を開始した。
そんな中【ワルキューレ】の医務室では別のことで忙しさを増していた。
「よくぞ参られた。機械魔研究を行っている【魔素技術研究所】、通称【魔素技研】の平だ。」
そうリヒテルに声をかけてきた男性は、ずれ落ちそうになる黒ぶちの丸眼鏡を直しつつ、その奥に見える瞳がらんらんと輝いているように見える。
いかにも研究者といったいでたち、ぼさぼさの適当に切られた短髪と無精ひげが印象的であった。
そして目の下に蓄えられたクマが、寝不足を物語っており、その不気味さをより際立たせていた。
ガリガリとまではいかないものの、体格は細身で、だぼだぼのワイシャツとスラックス、緩められたネクタイが頼りなさを倍増させていく。
「こんな格好ですみません。リヒテル・蒔苗です。」
リヒテルはすでにストレッチャーに乗せられており、これも約束されていたとはいえ全身を拘束具で拘束されていた。
そのためか身動き一つとれず、まさにミノムシ状態であった。
「いやいや、こちらこそすまない。君には不便をかけるが施設に入るまでは我慢してほしい。中に入ってしまえばそれなりの自由は保障される。」
「よろしくお願いします。」
平はそういうと部下に指示を出し、ストレッチャーに乗せられたリヒテルと搬送車へと移送した。
付き添いをしていた景虎はリヒテルを心配そうに見送るしかできなかった。
「平所長、リヒテル君をお願いします。これは今までの経過観察資料です。」
景虎は一つのファイルを平に手渡す。
平もその資料にパラパラと目を通すと、すぐにカバンにしまい部下に手渡した。
「これは大いに助かる資料だ。おかげで検査もそれほど時間はかからないだろうな。そうだ、君も研究所へ来ないか?どうやら彼のことを一番理解しているのは現状君のようだ。」
「お誘いはうれしいのですが、私は防衛隊とともに北へ向かいます。少しでも人員が必要とされていますので。」
平の誘いに一瞬心が揺らいだ景虎だった。
しかし、防衛隊隊員としての使命を思い出し首を振るのだった。
その表情はどこか寂し気であった。
見送る景虎と別れた平は、先に移送を開始したリヒテルを追って【ワルキューレ】を後にした。
「リヒテル君、調子はどうだい?」
「今のところ悪くはありませんよ?ただ少し背中がかゆいだけですね。」
平の気遣いに冗談で答えたリヒテル。
その答えに少し満足した平は部下にリヒテルの拘束を解くように命じた。
その命令に驚きを見せた部下であったが、問題ないと平が言ったため少し警戒しながらもリヒテルの拘束具をすべて取り払った。
「いいんですか?とったりして。」
「問題はないよ。今は輸送車両の中だしね。それにこの資料には的にも問題ないと私が判断したんだ。誰にも文句は言わせない。」
少しおどけたように肩を竦める平。
リヒテルは外された拘束具を見つめながら、凝り固まった体をほぐしていく。
車内とはいえリヒテルが考える輸送車両としては揺れがほとんどなかった。
それほどまでに【ジャポニシア】の技術が優れているということなんだと感じていた。
それから程なくして輸送車両は少しの揺れを感じさせて停止した。
後部ドアが開くと、リヒテルの目に飛び込んできたのは真っ白な壁の広い空間だった。
車両から降りて気が付いたがどうやら輸送車両はゴムタイヤ式で、リヒテルの知る多脚型ではなかった。
それをまじまじと見ていると、平は不思議そうに声をかけてきた。
「おや?何かもんだでもあったのかな?」
「いえ、タイヤ式が今の時代稼働しているとは思わなかったので。」
それを聞いた平はなるほどと納得した表情を見せる。
「【ジャポニシア】では普通なんだけどね。路面の舗装もしているから当たり前だと思っていたよ。その辺の話も後で聞かせてくれるかな?」
「えぇ、できれば【ジャポニシア】の事も教えてください。知らないことしかないですから。」
リヒテルは平に案内されてその広い空間を後にする。
出入口はすべて自動ドアとなっており、パスがないと開閉しないようであった。
そのパスもリヒテルとしては珍しいカード式となっていて、それにも驚かされた。
平曰、「カード式のほうがなんとなくかっこいいから」という理由で採用されたそうだ。
しばらく施設内を歩くと、【特別観察室】と書かれたドアの前に到着した。
平がカードキーでドアを開くと中は2重ドアとなっていて、中に入ると入ってきた自動ドアが閉まり、一つの狭い空間となった。
するとどうだろうか、突然周囲からものすごいトップが吹き荒れる。
慌てたリヒテルは即座に平を守り警戒態勢に入ろうとしたが、平が逆に驚いた表情を浮かべていた。
「おっとすまない。説明していなかったね。この部屋は除塵、除菌室になっていて、ここでほこりやごみ、それと雑菌等を排除してから中に入るんだ……ってほら今ライトが当てられただろう?これでほとんどの細菌やウィルスなんかは死滅する。純粋に君についての情報だけを集めるためにね。」
平の説明に少し恥ずかしくなったのか、リヒテルは無表情を装おうとしていたが、耳まで真っ赤に染まっていた。
全ての工程が終わると、奥に続くドアが開き、中にはベッドやその他生活に必要なものがそろっていた。
広さ的には縦横高さすべてが10mくらいのそこそこ広い空間であった。
ここもまた白で統一されており、少しだけ居心地の悪さをリヒテルは感じていた。
壁を見ると、少し上の方にガラス張りの壁面を発見し、白衣を着た人物たちが行ったり来たりしていた。
平がいろいろ説明していき、そこがモニタールームとなっていたようだ。
「じゃあ、何かあったら言ってほしい。ある程度の要望には応えられるからね。それと朝と晩に一回ずつ検査を行うからそれは我慢してほしい。モルモットみたいに思われると思うけど、これも検査の一環だからね。じゃあ、私はこれで失礼するよ。」
まくしたてるように説明を終えた平は、そのまま部屋を後にした。




