第7節 第3話 別れ
リヒテルたちが帝都を出発し、あと数日で要塞貿易港【ブレイスト】に到着する予定であった。
だが神はまだリヒテルたちに試練を課そうとしていたのかもしれない。
後方から激しい爆発音が聞こえてきた。
リヒテルは慌てて立ち上がろうとしたがやはりまだうまく体が動かなかった。
それでも何とか立ち上がり、壁伝いに出口へと向かうも、突然車両がぐらつきその場にしりもちをついてしまった。
再度立ち上がろうとするも、今度は全く立ち上がることができなかった。
「くそ!!なんでこんな時に!!」
恨めしく思う自分の身体にムチ打って何とか這いつくばるように出口に向かうリヒテル。
すると、突然ドアが開くと慌てた様子でエイミーが飛び込んできた。
「リヒテル君!!何やってるの!!寝てなきゃダメじゃない!!」
あまりの剣幕にリヒテルは何も反論ができなかった。
リヒテルはエイミーに何事かと尋ねると、いろいろ説明をしてくれたのだ。
現状は部隊後方に機械魔の集団が接近している。
機動性を重視した集団であるために総合的な攻撃力は低く、いまだ甚大な被害は出ていない。
第1大隊第3中隊が現在対応に当たっており、あと数分で鎮圧が完了する。
話に聞く限りだと特に問題が感じられなかったリヒテルは、黙ってエイミーの言うことを聞くことにした。
そしてエイミーに手伝ってもらい、ベッドへ戻ったリヒテル。
エイミーは世話が焼けるとぼやいていたが、リヒテルが素直に礼を述べると優し気な笑みを浮かべていた。
ほどなくして戦闘音はやみ、後方の処理が終わったことを知らせてくれた。
そしてそれに安心したリヒテルは急激な睡魔に襲われていた。
おそらく急な緊張と弛緩を行ったことで疲れが出たのだとエイミーに言われたリヒテルは、素直に布団にもぐりこんだのだった。
「安心して、あなたは死なせないから……」
リヒテルが深い眠りについたことを確認したエイミーはそっと席を立ったのだった。
その手には小瓶が握られており、かすかに甘い香りを漂わせていた。
「寝たのか?」
「えぇ、ぐっすりよ。ラミアさん謹製の眠り薬は効き目ばっちりね。」
どっかおどけた様子で話すエイミー。
それを聞いたアドリアーノも安心した様子だった。
リヒテルを乗せた車両はすでアドリアーノたちからは遠く離れていった。
今ここに残っているのはアドリアーノとエイミー、クリストフとアレックス。
それにガルラ小隊と通信車両に乗り込んだリン・メイリンだけであった。
「わりーなみんな。割の合わない作戦につき合わせて。」
頭をポリポリと掻きながら頭を下げるアドリアーノ。
気にするなと皆が声をかけた。
「あのバカ弟の為だ。兄貴分として仕事しないわけにいかないしな。それにこれが終わればたんまりとボーナスを出してくれるんだろ?中隊長殿?」
「総隊長に言ってふんだくってくるから安心しろ。」
ガルラの軽口に不敵な笑みを浮かべて返すアドリアーノ。
ガルラ小隊もリヒテル小隊も皆げらげらと笑い声をあげた。
それがカラ元気だとしても誰も咎めるものはいなかった。
「それじゃあ、大掃除と行こうか!!」
「「「おう!!」」」
アドリアーノは通信車両の上部に乗り込むと、声を張り上げた。
それに呼応するように皆戦闘態勢に移行した。
その目前に広がるのは機械魔の集団であった。
「お、目が覚めたか。」
「ザックさん……どうかしたんですか?珍しいですね。」
リヒテルが目を覚ますと、車両にはザックが顔を出していた。
リヒテルの目を覚ますの待っていたのか、テーブルには本とお茶が置かれていた。
本のタイトルに目を向けると、リヒテルはザックに蔑んだ視線を送った。
ザックは気にした様子もなく、リヒテルに読むかと勧めていた。
リヒテルはそんなザックの申し出を丁重に断ったのだった。
「それで俺はどのくらい眠っていたんですか?」
「ん?さぁな。俺が来てからは3時間くらいは経過してるんじゃないか?」
リヒテルは備え付けの時計に目をやると、あの襲撃からすでに6時間は経過していた。
後方から戦闘音が聞こえてこないことから完全に鎮圧し、平常運行に戻っていると感じていた。
「そういえばエイミーはどうしたんですか?俺が眠るまでここにいたと思うんですが。」
「あぁ、それな。それを伝えに来たんだ。あの襲撃の後辰之進の指示でリヒテル小隊は解散になったぞ?リヒテル小隊のメンバーはエイミーを小隊長に再編成されて別任務を遂行中だ。それにしてもお前、向こう着いたら施設に移されるんだって?いったい何やらかしたんだよ?このケガと言い全く世話が焼けるな。」
リヒテルは驚きを隠せなかった。
解散は向こうについてからだと思っていたからだ。
「そうですか……エイミーたちには悪いことしたかな……」
「あぁ、めっちゃ怒ってたぞ?」
どこか茶化すように答えたザックに、何か違和感を覚えたリヒテル。
ふと、意識を外に向けると何かに阻害された感じがしたのだ。
もう一度今度は集中して意識を外に向けた。
すると明確に阻害されたのが分かった。
「ザックさん……どうして阻害魔法がかけられているんですか?」
「何のことだ?」
何を言っているかわからないという感じで、首をひねるザック。
しかしリヒテルには確信があった。
全く技能【気配探知】が機能しなかったのだ。
リヒテルは先の戦闘でいくつかの技能を得ることに成功していた。
それは最初分からなかったが、自分自身を確認しようと意識を集中したことで技能【鑑定】を習得していたことに気が付いたのだ。
その後自分自身を【鑑定】した結果、いくつかの技能を確認することができた。
その中の一つが【気配探知】であった。
襲撃前は【気配探知】で車両周辺の気配を感じることができた。
だが今は全く分からなくなっていた。
わかるのはこの車両内部の情報だけであった。
だからこそ阻害魔法がかけられていると分かったのだ。
「ザックさん……」
リヒテルの睨み付けるような視線がザックに突き刺さる。
始めはああでもないこうでもないと、のらりくらりと躱していたザックであったが、リヒテルの視線に根負けしたのか、深いため息をついた。
「悪いな。この車両からお前を出すことはでいない。だからこの車両には阻害魔法をかけてある。これは向こうからの指示だ。お前が選んだ道だろ?だったら甘んじて受け入れろ。」
ザックはそういうとおもむろに立ち上がり車両後部へと移動した。
そして車両入り口付近に置いてあった球体の装置に手をかけた。
すると先ほどまでかかっていた阻害魔法が効果を終了し、技能【気配探知】がリヒテルに周囲の状況を教えてくれる。
この車両を囲んでいるのはザックの率いる中隊であった。
リヒテルは慌てて再度確認するも、エイミーたちの気配は全く感じられなかった。
「ザックさん!!エイミーたちはどうしたんです!!」
「それは言えない。さっきも言った通り、リヒテル小隊は解散した。そして彼女たちは別任務に就いた。ただそれだけだ。」
何度リヒテルが問いただしてもザックは言えないの一点張りで答えることはなかった。
リヒテルは問いただすことを諦めて、自分で確かめるため立ち上がろうとしても体の自由は効かず、立ち上がる事さえできなかった。
倒れては立ち上がり倒れては立ち上がり……
そのたびに自分の無力さを思い知らされ、床を何度も何度も殴りつけていた。
そしてリヒテルを乗せた車両はガシャンガシャンと音を立てながら要塞貿易港へと近づいていったのだった。
リヒテルの嘆きとともに……