第2節 第4話 狩猟者(ハンター)
男性は慌てたように身を乗り出すと、手にした相棒を乱射する。
乱射してはいるがその精度はかなり高く、的確に機械魔を捉える。
ガキンガキンと音を立てて弾かれる弾丸に舌打ちをする男性。
「くそ!!かってぇっつうの!!」
悪態をつきながらも次々とマガジンとカートリッジを交換しながら機械魔との距離を詰めていく。
それにより機械魔の興味はその男性に向いたのだ。
「やっと釣れやがったか!!」
男性は機械魔の釣りに成功した事に安堵した。
そして左腕の装置へ相棒をしまうと同時に、ライフル銃【形式名称:DFR229】を取り出す。
腰だめに構えたかと思うや否や射出される弾丸。
先程までと打って変わって弾かれる事は無く、機械魔を貫通していく。
数発放たれた弾丸はすべて機械魔の各関節へと飲み込まれていった。
「こいつで終わりだ!!」
関節を壊され動きの鈍った機械魔に向けて、男性は片膝をついて狙いを定める。
そして放たれた弾丸は、機械魔の急所とでもいうべき場所……魔石を見事に撃ち抜いた。
徐々にその活動を止める機械魔を注意深く観察する男性。
そして完全停止を確認すると、その警戒を瞬時に開放した。
「なんでまたこんなところにガキが居んだよ……」
男性は少し離れた場所でこちらを見つめる少年に声をかける。
少年は何があったのか分からず、ただただ震えていた。
よく見れば全身あざだらけで泥まみれ。
明らかに訳アリに見えた。
「おい!!なんか言ったらどうだ!?」
男性は徐々に苛立ちを顕わにしていく。
男性の剣幕に恐れを覚え、さらに体を縮こまらせていく。
苛立ちの限界に達してようで、男性は深い溜め息をついて煙草を手にする。
シュボッっと言う音と共に匂い立つ煙草の薫り。
その煙を少年はじっと見つめていた。
男性は冗談のつもりで煙草を少年にそっと差し出した。
少年は恐る恐るといった様子で煙草を受け取り、口に咥えると一気に吸い込んだ。
「がはっ!!ゴホッゴホッ!!」
少年は盛大に咳き込み、上手く呼吸が出来ずにいた。
男性はさすがにやり過ぎたと反省したようで、少年の背中をそっとさすってやっていた。
「あぁ~なんだか、その。わりいな……」
男性はそう言いながらばつの悪そうな顔を浮かべていたのだった。
リヒテルが森を逃げ惑っていると、突如として銃声が響き渡った。
それは機械魔からの砲撃音ではなく、明らかに銃声だった。
「助かった……のかな……」
安堵と同時に不安が沸き上がる。
本当に味方かわからないからだ。
リヒテルの前で繰り広げられる激しい銃撃戦。
さっきまでリヒテルを目の敵のように追いかけまわしていた機械魔は、リヒテルに興味をなくしたかのようにその銃声がする方へと走り出した。
「たす……かった……」
リヒテルはその場にへたり込んでしまった。
足場の悪い森の中を無我夢中で走り回っていたのだ。
まだ7歳になったばかりのリヒテルにとって、それは過酷以外に表現のしようがなかった。
荒れた息を整えながら、銃声がする方へと視線を向ける。
そこではリヒテルが憧れて止まなかった戦いが繰り広げられていた。
男性狩猟者の戦いだ。
リヒテルは息をするのも忘れるほどその戦いに見惚れていた。
自分が今まで逃げ回っていた機械魔と、ダンスでもするかのように戦うその姿に、リヒテルは一瞬で心奪われていた。
と、同時にその力が自分に向けられるのではないかという恐怖も感じていた。
そしてとうとう数発の銃声の後、その戦いに終止符が打たれた。
徐々に動きが緩慢になり、動きを止める機械魔。
その戦っていた男性狩猟者は機械魔の完全停止を確認すると、残心を解き戦いの終了を告げた。
「なんでまたこんなところにガキが居んだよ……」
こちらに歩いてきた男性狩猟者は、リヒテルを心配するでもなく悪態をついていた。
リヒテルはその態度に警戒心を顕わにし、怯える体に鞭を打ち立ち上がる。
言葉を発しようとしてもリヒテルの喉から声が出ることは無かった。
その態度に男性狩猟者も徐々にイラつきを増していき、さらに態度を悪化させていた。
リヒテルに去来する思いは〝憧れ〟と〝恐れ〟ただそれだけだった。
そしてリヒテルは決意をする。
自分の人生を決める為の大きな決断を……
「お、おじさん!!僕を……僕を弟子にしてください!!」
リヒテルは自身の思いの丈をその言葉に託し叫んだ。
それを聞いた男性狩猟者は顔を引きつらせていた。
自分の言葉が伝わらなかったのかと思い、リヒテルはさらに言葉を重ねる。
「おじさん、狩猟者でしょ?僕は狩猟者になりたいんだ!!だから僕をおじさんの弟子にして!!」
「お、おじ、おじさ、おじさん……」
男性狩猟者はさらに顔を引きつらせる。
ついに我慢が出来なくなったのか、男性狩猟者は声を大にして話だした。
「俺はおじさんじゃねぇ~っての!!それにだ、坊主は何歳だ?」
「僕は……7歳……」
さらに男性狩猟者の顔が引きつっていく。
気分を落ち着かせる為に煙草に手を伸ばし、プカリと一服をしていた。
何度か煙草を吸いながら気分を落ち着かせた男性狩猟者は、リヒテルに向かってめんどくさそうに説明をし始めた。
「あのな坊主。確かに7歳過ぎりゃ弟子になる資格を得る事が出来る。ただしそれは適性診断で資格ありと言われた奴だけだ。そして資格ありとなったら、狩猟者連合協同組合の狩猟者養成所で3年基礎勉強をする事になる。坊主が俺に弟子にしてくれって懇願したって事は適性が無かったって事だろ?それで坊主を弟子にしたら、俺が今度は捕まっちまう。それに、両親にきちんと話をしてないだろ?」
リヒテルは反論する事が出来なかった。
男性狩猟者が言う通り、リヒテルにその資格は無かった。
だからこその懇願であった。
しかしそれも男性狩猟者には通じなかった。
それでも諦め切れないリヒテルは男性狩猟者をじっと見つめていた。
「ダメだったらダメだ。ほら、ゲートまで送ってやる。ついてこい。」
男性狩猟者はそう言うと、右腕の装置を操作して地図アプリを起動する。
しかし何かおかしかったのか、何度も首をひねっていた。
そして何か腑に落ちたのか、リヒテルの方へ向き直りマジマジとその顔を見ていた。
「あぁ~、なるほどな。そう言う事だったか。やっと理解できたぞ。坊主……諦めなければ叶う夢もある。坊主は坊主で今やれる事をやるんだ。それが坊主のこれからの人生を大きく変えていくからな。じゃあ行くぞ。」
男性狩猟者はそう言うと、リヒテルの頭をガシガシとなでつけゲートに向かって歩き始めた。
リヒテルは納得いかない顔でその後を追っていく。
何とも奇妙な光景がそこにあったのだ。
先行く男性狩猟者の顔には何やら笑みがこぼれていた。
それからしばらくすると、行く手に高い壁が見えてくる。
ADWを覆う外壁だ。
そしてその中に大きな鉄の門が姿を現した。
「おい守衛!!どうなってる!!なんでガキがこんなところにいやがんだよ!!」
「そんなはず……は……。なんだって!?」
男性狩猟者はゲートにつくなり、その場にいた守衛に怒鳴り散らす。
ゲートで見張りをしていた男性は男性狩猟者の言葉に耳を疑った。
自分が見ている段階で子供は入り込んでいなかったはずだからだ。
それなのに男性狩猟者の後ろには確かに少年が立っていた。
「それとな、こっから壁沿いに3kmくらい行った所の外壁に穴が開いてるぞ。ちゃんと補修しとけ。」
「本当ですか!?おい誰か、今の聞いてたな?早速調査してきてくれ!!」
守衛の男性が待機室で寛いでいた別の守衛に声をかけ、現地に向かわせた。
「じゃあ、このガキを頼むぞ。それじゃあな坊主。絶対に無理だけはすんじゃねぇ~ぞ。この業界は自分を大事に出来ねぇ~奴は早死にしちまう。いいな?」
「はい……」
リヒテルは守衛の男性に手を引かれ門の外へと連れ出されていった。
その間にも何度も何度も後ろを振り返り、男性狩猟者の顔を見つめる。
「頑張れよリヒテル・蒔苗!!」
最後に聞こえた言葉にリヒテルは驚いた。
どうして自分の名前を知っているのかと。
一度も名のったことなど無かったのに……