第6節 第4話 生き抜くために
「ライニッシュ、何しているのですか?遊びはほどほどにしてくださいね?」
「わかってるって。ゴールドラッド……お前は急ぎ過ぎる癖があるぞ?たまにゆっくりしたらどうだ?それにお前は細すぎる。俺と一緒に筋トレでもしてみないか?」
ライニッシュに苦言を呈したゴールドラッドだったが、ライニッシュは我関せず。
身体に力を籠めると、全身の筋肉を誇示するかのようにポージングを始めたのだ。
それを見たリヒテルは意味が分からなかった。
今まさに戦闘中だといった本人が全くやる気を見せていないからだ。
それよりも何より、生存していたことによる動揺がいまだに抜けきっていないリヒテル。
「リヒテル……世の中にはな、知らなくて良いことが沢山ある。いいな?」
先ほどまでのオチャラケた態度が一変して突如真剣みを増したライニッシュ。
「何をかっこつけているのですか?たった一人の女性に横恋慕した挙句、友人を裏切り、さらには世界を敵に回した人間が。」
「あ、こら勝手にばらすな!!つまらなくなるだろうがよ……せっかくこっちはじっくりと話していって混乱するちび助の感情を楽しもうとしたのによ……。」
ぎろりとゴールドラッドをにらみつけるライニッシュ。
リヒテルはライニッシュが何のことを話しているのか理解できなかった。
いくら考えてもあの気さくなライニッシュしか思い浮かばなかったからだ。
「ほら、混乱しているではないですか……全くあなたという人は……」
「俺のせいかよ?あぁ~なんだ、リヒテル。俺とお前は敵同士。それだけだ。」
突如敵宣告を受け、さらに混乱が増していく。
目を白黒させながらリヒテルは必死に状況理解に努めた。
そのせいなのかいつの間にか身体から力が抜けており、戦闘状態を維持できなくなっていた。
そんなリヒテルの状況を見たライニッシュはあきれたのか何なのか、構えを解いて剣を肩に担いだ。
その眼はつまらないものでも見ている、そんな感じに思えた。
「なっちゃいねぇ~なぁ~。ロイドそっくりで真っ直ぐで真っ直ぐ過ぎてクソ喰らえだ。たったこれだけで動揺していたら戦いにならんだろうが……期待外れもひどいなこれは。なぁ、ゴールドラッド。もう帰っていいか?ここにいる価値は一ミリもないからよ。」
「そうですね。これなら中位の機械魔でも問題ないでしょう。上位を一体配置すれば確実ですね。では我々は次の段階に移行しましょう。ではリヒテル君。またいずれ会う時もあるかもしれませんがそれまでお達者で。」
どこか小ばかにしたような言い回しで地面にできた黒いシミに消えていく二人の影。
リヒテルはそれを呆然と眺めるほかなかった。
何が起こっているのかすらわからず、リヒテルは混乱の極致に陥っていた。
二人が姿を消すと、それまでおとなしくしていた機械魔たちが一斉に動き始めた。
ガチャガチャと音を立てて攻め立てる。
リヒテルはそれに気が付き今まだ戦闘中であることを思い出した。
しかしそれは一拍遅かったようで大木を武器に構えた巨体を誇る魔物型機械魔が一撃を見舞う。
リヒテルは何とか手にした鉄長槍で受け止めてみたものの、戦闘準備ができていないものに受け止められるはずはなく、大きく吹き飛ばされてしまった。
さらに運の悪いことに受け身にも失敗してしまい、無様にも地面を何度もバウンドしながら転がることになってしまった。
深刻まではいかないもののかなりのダメージを負ったリヒテルは、立ち上がるのもやっとの状況であった。
そしてふとゴールドラッドが最後に口にした言葉を思い出した。
〝上位を一体配置すれば確実ですね〟
リヒテルは慌てて機械魔の波の後方に視線を送った。
そしてそこに居たものに恐怖を覚えた。
かなりの巨体を誇り、ガチャリガチャリと音を立てて進行してきたのだ。
ただでさえ戦える状況でないのにも関わらず大型機械魔までその姿を現したのだ。
全身に携えた砲身は八門にも及び、それぞれが独立して稼働していた。
先ほどの魔物型機械魔でさえ倒せるか否か不明瞭な中にあの巨体。
すでに積んだと言わざるを得ない状況だった。
リヒテルは意を決したのか、手にした鉄長槍を支えにゆっくりと立ち上がる。
前方には魔物型機械魔を筆頭に複数の機械魔も姿を見せていた。
「ここは俺の死に場……。いや違うな……。俺の死に場はここじゃねぇ。」
今にも崩れ落ちそうなほど足が震えていた。
機械魔やライニッシュにやられたダメージだけではない。
今まで無理に体を動かしていたことによる反動で満足に体を動かせないリヒテル。
それでもなを目に力を漲らせ、一歩……また一歩と歩みを進める。
「あぁ……あぁぁ…………、おがぁらぁああああぁぁぁぁぁ!!」
突如叫び声をあげる。
それはまさに咆哮。
戦闘意思を前面に押し出したリヒテルの雄叫びであった。
歩む速度は一歩一歩加速していく。
急停止急転回急加速。
それまでと遜色のない動きに戻っていった。
それが最後の一絞りの力だとしても。
槍が壊れたら次は斧。
斧が壊れたら次は大剣。
大剣が壊れたなら次は大鎌。
次々に武器を持ち換えて可能な限り機械魔を屠っていく。
すでに意識はほとんどなく朦朧としているようにたまに足取りがふらついていく。
それでもリヒテルは動くことを、戦うことを辞めなかった。
それはなぜかと問われたならば、当の本人ですらわからない。
ただそこに倒すべき相手がいるからとしか言いようがない状況であった。
それから何体屠ったことか。
すでにそれすらあいまいになりつつあった時だった。
Guryugyogya~~~~~~~~~~!!
聞き覚えのない咆哮が機械魔の集団の後方から響いてくる。
リヒテルは一瞬気を取られそちらに視線が流れてしまった。
いまだ戦闘中だというのに、それは致命的隙を生み出してしまったのだ。
迫りくるはグリズリーのような魔物型機械魔。
その体当たりをもろに受けてしまったのだ。
何度も何度も地面を転がり、大樹があったおかげで何とか止まることができたが、被害は甚大であった。
リヒテルは立ち上がろうとしたが、それがかなわなかった。
こともあろうに左足があらぬ方向を向いていたのだ。
遅れてやってきた激しい痛みにリヒテルは意識を手放しかけた。
しかしさらに襲い来る痛みに意識が覚醒する。
狂うにも狂うことができず、ただ痛みを感じるだけであった。
ドシリドシリと足音が近づく。
いくら吹き飛ばされたとは言え目と鼻の先。
何体もの機械魔がリヒテルを追いかけてきていた。
リヒテルは半分あきらめの気持ちになっていた。
手にしていた武器も遠くに見えた。
どうやら吹き飛ばされた際に手放してしまったらしい。
インベントリにもすでに予備の武器はなく、戦えるだけの力は残されてはいなかった。
ギラリと光るグリズリーのような魔物型機械魔の瞳がリヒテルをにらみつける。
リヒテルは自分の死期を悟り、目をつむる。
機械魔は雄叫びののちにその鋭い爪をリヒテルに向けて振り下ろした。
しかしリヒテルにその兇爪が届くことはなかった。
恐る恐る目を開けるリヒテル。
そして目の前にいた人物に驚きを隠せなかった。
「リチャード!?」
「隊長、無茶しすぎだ!!ったく、これだからガキは嫌いなんだよ!!もっと年上を信じろってんだ!!」
ガチリと抑えられた機械魔は何を感じたのか、怒りをあらわにしたようだった。
さらに追加で迫ってくる機械魔の群れ。
それが横一線に切り裂かれた。
「ガル……ラ?」
「おう、お前の兄貴分ガルラ様だ!!」
そういうと、ガルラは大剣を機械魔の群れに向けて構えなおした。
「さぁ、脱出の時間だ!!さっさと片付けるてずらかるぞ!!」
どこからともなく聞こえる「おう!!」という声。
リヒテルはそこで意識を手放したのだった。




