第6節 第3話 ハンス・フォン・ライニッシュ
「そう使えってことなのか?」
獰猛な笑みを浮かべながら誰かに話しかけるように呟くリヒテル。
すでに目は血走り、近寄りがたい殺気が周囲にばら撒かれていた。
治療に当たっていたアレックスは、リヒテルの変わりように恐怖を覚えた。
得体のしれない何か別の生物のように感じられたのだ。
「う……ぐは!!」
アレックスの懸命な治療のおかげか、意識を取り戻したリチャード。
呼吸は荒いながらも何とか一命を取り留めたようだった。
「クリストフ!!リチャードを後方へ下げます!!援護してください!!」
「任された!!エイミーも頼んだぞ!!」
アレックスは意識を取り戻したリチャードを担ぎ上げると、一目散に後方を目指して駆け出した。
その間もアレックスに手を当てて技能【手当】を発動させる。
傷は塞がったようで、あとは血が戻れば一安心だったが、ここは戦場なだけにぜ贅沢は言ってられなかった。
「リヒテル隊長!!リチャードの収容完了です!!他の小隊と変わりましょう!!」
しかしアレックスが何度呼びかけようとも、リヒテルからの反応は無かった。
諦めずに何度も何度も無線で呼びかけたアレックスだったが、それでも応答は無かった。
痺れを切らしたクリストフは危険と判断し、後退することを選択した。
エイミーは反対したが、このままでは押し切られる可能性が高かった為、やむを得ない選択だった。
「隊長!!私たちは後退します!!必ず後退してください!!」
アレックスの叫びは伝わったのかどうか……
それはアレックスたちには分からないことであった。
「あぁもう、うるさいな……せっかく良いところなのに……」
鉄長槍を構えたリヒテルは、次々と機械魔を屠っていく。
穿ち……切り裂き……叩き潰す。
周囲には機械魔の亡骸が散乱していた。
中にはいまだ生身の身体を残した魔物型機械魔もおり、周囲にその体液をまき散らす。
リヒテルも例に漏れず、全身を夥しい返り血のようなものを浴びていた。
この時技能【鑑定】【人物鑑定】が使える者がいたら、その眼を疑っていただろう。
リヒテルの職業が【|熟練双剣使い《マスターソードダンサー】から【熟練槍使い】に変わっていた。
その為なのかリヒテルの槍捌きは見る見るうちに上達していった。
それによりさらに大量の機械魔を屠っていく。
「もっと……もっとだ……もっと来い!!」
リヒテルの咆哮があたりに木霊する。
殺気交じりの咆哮は自我のある機械魔を硬直させた。
じりじりと後退するものまで現れたのだ。
「おやおや、これはこれは……。人間とはまた面白い!!」
「だれだてめぇ~」
血走った瞳でリヒテルは声をかけてきた人物を睨みつける。
その人物は黒いフードをかぶりその素顔を見せることはなかった。
「黒のローブ……。てめぇ~は俺の敵か?」
すでにいつもの口調とは全く異なり、別人格といっても過言ではない雰囲気を醸し出していた。
全身が刃物にでもなったかのように激しい殺気をまき散らす。
「敵……と言えば敵でしょうね……。あなただってそうでしょう?半分以上がすでに機械魔化してしまっているようですし……。ここにいる機械魔と何が違うんでしょうね?」
リヒテルはその人物が言っている意味が分からなかった。
自分は人間であり半機械魔でも機械魔でもないと強く否定していた。
その思いがさらに殺気を強くさせる。
気の弱い人間であればその殺気だけで気を失ってしまうほどに。
「まぁいいでしょう。私の目的は果たされましたしね。予定通り元始天王は帝都を離れた。これでこの地は私たちの支配下だ。あれは邪魔だったんですよ……。偽物などいりません。必要なのは本物だけですから……」
その人物はパサリと黒のフードをはずすと、素顔をあらわにした。
「ゴールドラッド……」
「おや、覚えていてくれたんですね?うれしいですねぇ~。」
リヒテルの反応に心底嬉しそうにするゴールドラッド。
その称えた笑みは何を考えているかわからない。
「つまり、てめぇ~は敵だ。だっタらオレに……コロサレロ!!」
一足飛びにその場から駆け出したリヒテル。
ゴールドラッドとの距離を縮めると、手にした鉄長槍を素早く突き出した。
その速さは尋常ではなく、リヒテルの高い身体能力と相まって常人では受けきれるとは思えないほどであった。
しかしゴールドラッドは動こうとはしなかった。
当たらないことを事前に知っていたかのように。
ガキン!!
激しい金属音が森に木霊した。
ぎりぎりとぶつかるリヒテルの長鉄槍と何者かの大盾。
力が拮抗したのか互いに動くことはなかった。
「大した事ねぇ……な!!」
その人物がそう呟くと、大盾を支えていた腕に一気に力を込めてリヒテルの長鉄槍を跳ね退けた。
あまりの衝撃にリヒテルは後方へ飛び退くしか出来ず、着地後もたたらを踏む羽目になった。
あまりの悔しさにギリリと歯がみする。
睨みつけられた相手は「おぉ~こわ!!」とふざけて見せた。
その態度がさらにリヒテルを挑発していく。
「ダレだてめぇ~。まぁ、誰でもイイや、オレニコロサレロ!!」
おどろおどろしい殺気がさらに拡大していく。
何度も何度もリヒテルが攻撃を仕掛けるも、その大盾できれいに捌いていく。
しかしリヒテルの技量はその都度上がっていき、徐々にその人物の黒いフード付きコートに傷をつけていった。
それに気が付いたその人物は、驚きを隠せなかった。
さすがに危険と判断したのかリヒテルの攻撃を弾き返すと、後方に飛び退いた。
そして邪魔だったのか着ていたコートをおもむろに脱ぎ捨てた。
「ライニッシュ……さん……」
リヒテルは姿を現した人物を見て驚きを隠せなかった。
姿を現したのは齢40を超えるであろう人物であった。
名を、ハンス・フォン・ライニッシュ。
背の丈は190cmは超えており、筋骨隆々と言ってもいいであろう体躯であった。
ガッチリとした肉体を自慢するかのように上半身裸で防具すら付けていなかった。
そしてそれがライニッシュの戦闘スタイルなのである。
自分の肉体に自信を持っており、何人たりとも傷を付けることは出来なかった。
今の攻防でさえもコートは切り裂かれたものの、傷は一切負っていない。
それが回避技術なのか肉体的特徴なのかは分からないが、効いていなかったといって過言ではなかった。
「あのちび助がでかくなったもんだな……。ロイドは元気か?」
昔を懐かしむようにリヒテルに語り掛けたライニッシュ。
リヒテルの脳裏に当時のライニッシュの姿が浮かんできた。
ライニッシュはロイドの元パーティーメンバーで、ゴールドラッドの事件の際に最後まで抵抗した仲間の一人である。
しかしあの事件以来ライニッシュは姿を眩ませてしまい、ついには死亡認定されたのだった。
ロイドは戦闘の際に死んだものと思い込み、自分のせいだと自らをずっと責め続けていた。
そんなライニッシュがなぜ敵であったゴールドラッドと一緒にいるのかリヒテルは不思議でならなかった。
「おいおい、何ぼっとしているんだ?今は戦闘中だぞ?」
ライニッシュはニカリと豪快かつ爽やかな笑みを浮かべると、一気にリヒテルとの距離を詰める。
その速度はリヒテルとそん色なく、慌てたリヒテルは回避行動をとるのが精いっぱいであった。
目の前に迫りくる大盾の威圧感がリヒテルの思考を妨げる。
「ぐはっ!!」
ドガン!!
激しい衝突音とともに、吹き飛ばされたリヒテル。
何とか致命傷は避けたものの、そのダメージは甚大であった。
しかしそのおかげか、今まで何か澱んだような思考だったものか一気にクリアになる。
先ほどまで血走っていた瞳は元に戻り、どろどろとした殺気の様なものは姿を消していった。
「ライニッシュさん……なぜ……ゴールドラッドと?」
ダメージのためかよろよろと立ち上がるリヒテル。
それを感心したかのように見つめるライニッシュ。
何か考えるそぶりを見せるも、答える気はなさそうだとリヒテルは感じていた。




