第6節 第2話 強襲
「どうして君がここに?!」
動揺を隠しきれないケント。
リヒテルは二人に視線を交互に送っていた。
何が何だか分からないというのがリヒテルの感想であった。
そして何らかの繋がりがあるとも感じていた。
「私の唯一の汚点!!それをすべて消し去るために私はここにいる!!」
明日香は手にした杖を前に構えると、何かをつぶやき始めた。
それはリヒテルやケントには聞き取ることはできなかった。
しかし嫌な予感は感じることができた。
「総員回避行動!!」
リヒテルは自分の直感を信じてみんなに指示を出した。
リヒテル小隊の面々だけではなくそのほかの小隊の面々の一糸乱れぬ動きで回避行動をとる。
ただケントだけは違っていた。
「くそ!!どこでそれを覚えたんだよ!!ってゴールドラッド以外いないよな!!来い【守護の盾】!!」
ケントの声とともにどこからともなくいくつもの浮遊する盾が姿を現した。
それは最初小さな円盤状の物だったが、リヒテルたちの前に割り込むとその姿を開けていった。
円盤には縁取りのようなものがされており、その縁が四分割された。
そして何かワイヤーのようなものがその四分割された縁同士と円盤の中心部分とつながっており、ワイヤーの届く範囲で展開された。
そしてその縁同士が展開完了すると同時に、何か透明な壁のようなものがその間に形成されていくのが目に見えた。
驚いたリヒテルはケントを見やると、ケントは周りを見ている余裕がなかったのか、何かをしようとしている明日香から視線を離すことはなかった。
「消し飛びなさい!!【ホーリーカノン】!!」
白くまばゆく光るその球体は、解き放たれた瞬間にすでにケントたちの前にその姿を現していた。
リヒテルも気が付くとすぐそこにあることに驚き、身体が一気に強張ったことを感じた。
「くそったれが!!【隔絶】!!」
リヒテルの目にはケントが何か技能のようなものを使ったように見えた。
ケントの前に何枚もの透明な板状のものが姿を現した。
そしてそれに明日香が放った魔法が接触した瞬間、まばゆい光とともに轟音と衝撃があたり一面に広がっていく。
リヒテルはもうだめかと思った時だった。
轟音は響き渡ったものの、リヒテルに衝撃が伝わってこなかったのだ。
確かに地面は揺れていた。
空気も激しく振動しているのもなんとなく感じることができた。
しかし肝心の衝撃が一切襲ってこなかったのだ。
訝しんで目を開けてみると、先ほどケントが展開した盾がリヒテルたちを完璧に守ったのだ。
その盾が守った範囲以外の台地はめくれ上がり、その衝撃の激しさが見て取れた。
「みんな無事か?!」
いまだ土煙が立ち込める中で、リヒテルは状況確認を急いだ。
次々に聞こえてくる仲間たちの生存報告に安堵したリヒテルだったが、一人だけ声が聞こえなかった。
そう、ケントの反応がなくなっていたのだ。
ケントがいた場所は完全に抉れており、生存が絶望的であることをリヒテルたちに告げていた。
「くそ!!ケント!!返事をしろ!!ケント!!」
いくら呼び掛けてもケントからの応答はなかった。
レーダーを確認するも発信機の反応はなかったのだ。
周囲を確認すると、魔法を放ったであろう明日香の姿もなかった。
それと同じく、爆発に巻き込まれたのか機械魔も大半がスクラップに成り下がっていた。
だがそれでも後方にはいまだ数百体にも及ぶ機械魔の姿が確認できた。
リヒテルはケントの捜索をいったん頭の隅に置いて機械魔の集団に意識を向けた。
それからの攻防は激しさを増していく。
アドリアーノ中隊の面々は日ごろからランダムで小隊を組んでいるため、即席小隊ですら混乱することはなかった。
それぞれがそれぞれの役割を果たし、戦っていた。
それでも消耗は避けられず、劣勢に立たされていく。
初激で後退させたことによって作ったアドバンテージはすでになく、小隊単位でみた場合は敗戦が見え始めていた。
「アドリアーノ!!このままだと押し切られる!!厳しい小隊の再編を急いでくれ!!できるだけこっちで時間を稼ぐ!!」
リヒテルは状況的にまずいと判断したのか、対応に苦慮しているアドリアーノにカツを入れる。
アドリアーノも無線越しに何か指示を出しているようだったが、それも間に合わず、各小隊は自己判断で行動せざるを得ない状況になりつつあった。
何とか前線を支えていたリヒテルだったが、それもそろそろ限界に近付きつつあった。
手持ちの魔石も心もとなくなり、残弾も残りわずか。
このままいけば30分もしないうちに対応しきれなくなりそうであった。
魔石の回収さえできれば何とかなるのだがと歯がみするリヒテルだった。
カチンカチンカチン
リヒテルは思わず魔銃の引き金を引く手を止めた。
ついに最後の弾丸が飛び出して行ってしまったのだ。
「くそ!!」
思わず悪態をつくリヒテルだったが、それよりも状況は深刻化していった。
パキャン!!
ついに前衛を保持していたリチャードの大盾が貫かれてしまったのだ。
「リチャード!!クリストフ!!リチャードのフォローを!!アレックスはリチャードの手当てを急いで!!エイミー!!クリストフのバックアップ!!前衛は俺が支える!!」
リヒテルは声を荒げて手にした魔銃を放り投げる。
そして最近あまり出番がなかった武器たちを取り出した。
そこでなぜか懐かしい感覚が戻ってきた。
前はあれほど訓練していた武器たちだったが、魔砲使いになってからはそれをおろそかにしてしまっていた。
最低限の訓練はしていたが、魔砲というものに頼りきりになってしまっていたのだ。
機械魔の猛攻で帝都の道は荒れ果てていた。
そんな足場の悪い状況もものともせずに駆け抜けるリヒテル。
ガルラと修行していた時もこんな感じだったなと思い返していた。
ここが戦場であることを忘れてしまいそうになりながら、なぜか笑みがこぼれてきた。
「さぁ、機械魔の屑やろう!!たたっ切ってやる!!」
リヒテルは左右の手にショートソードを構えていた。
ラミアが何かあった時に重要になると言って持たせてくれていたものだ。
しっくりくるそのショートソードを握りしめてさらに移動速度を加速させていく。
前線にいたリチャードを追い越すと迫りくる小型機械魔の群れに突撃するリヒテル。
一閃二閃と魔力をまとった刃が機械魔たちを切り刻んでいく。
この時リヒテルは高揚感に包まれていた。
本来であれば双剣使いや刀使いが好んで使う【武装属性付与】を無意識のうちの発動させていた。
そして誰に気付かれることなく変化していたものがあった。
それはリヒテル自身気づいておらず、リヒテルが異質であることを物語る出来事であった。
職業【熟練魔砲使い】が職業【熟練双剣使い】に変わっていたのである。
そこからリヒテルの剣術はさらにその鋭さを増していった。
最初は切り伏せることの出来なかった中型機械魔も数激で切る伏せることが出来るようになっていった。
関節部を……
やわらかい部位を……
弱点を……
的確に見抜き責め立てる。
攻撃もすぐに見切ることができ、被弾が徐々に減少していく。
誰が見ても武人と言ってしまいそうな戦いぶりであった。
だがしかし問題がないわけではない。
そう、武器はラミア謹製とは言え普通のショートソード。
耐久度がついに限界を迎えてしまった。
半ばからパキリと折れ、くるくると切っ先が宙を舞った。
しかしリヒテルは慌てることはなかった。
今度は鉄長槍を取り出した。
長さ3m近くあり、先端の穂はおおよそ30cmくらいありそうであった。
これもまた手になじむようにしっくりくる感じがした。
そして自分がどう動けばいいのか。
どう戦えばいいのか頭に浮かんできた。
リヒテルはまた笑みを浮かべていた。
獰猛な肉食獣のようなリヒテルには似つかわしくないと思えるような笑みを。