第6節 第1話 自重しらずのケントとリヒテル
避難民の隊列が出発してほどなくして、ほとんどの人間が帝都を旅立っていった。
リヒテルたち第1大隊の面々は帝都に残った人がいないか探して歩いた。
中にはここに残ると言い張ったものがいたが、何とか説得して最後の車列に押し込んだりしていった。
それでも渋る人間に対しては心を鬼にして意識を失わせ、強制的に車両へ押しこむ。
おそらく最後の一人と思われるものが車両に乗り込み、すべての避難開始が完了した。
「よし、俺たちも移動を開始しよう。アドリアーノたちは先に出発の準備をしているはずだから俺たちも急ぐとしよう。ケント、警戒を頼む。」
リヒテルの指示を受けてエイミーたちは各自の準備を開始した。
ケントは警戒のために一人隊を離れた。
『リヒテル小隊各位。アドリアーノだ。こっちの準備も完了した。これより合流してくれ。』
「了解。」
アドリアーノからの連絡を受け合流のために西門へ移動しようとした時であった。
『隊長、北門付近に接近する生命体が多数。おそらく機械魔です。』
「来たか!!みんな退避は一時中断!!迎撃態勢に移行する!!」
エイミーも射線が通るように高い場所を陣取っていた。
リチャードやクリストフ、アレックスも準備万端と体をほぐしていた。
他の小隊もアドリアーノの指示を受けて戦闘態勢に移行した。
ここにいる36名で迫りくる機械魔を相手にする。
さすがにこれにはリヒテルも狂気の沙汰としか思えなかった。
とんだ貧乏くじを引いたものだと自嘲するのだった。
それからほどなくしてリヒテルたちは戦闘へと移行する。
すでに防衛機構は機能を停止しており、機械魔たちは帝都へとなだれ込んできた。
リヒテルたちはなるべく時間を稼ぐためにもこの波を乗り切らなくてはいけなかった。
『隊長、接敵まであと5分。それとこの町って壊れても問題ないですか?』
「問題ないよ。ってより、すでにここまで来ようとしている機械魔が破壊してるだろうしね。」
リヒテルの指摘通り建物などは見るも無残な姿となっていた。
機械魔たちは最短距離でリヒテルたちに向かってきていたのだ。
何かに導かれるようにして。
『アドリアーノ中隊に伝達。各位口を半開きにして5カウント以内に伏せてください。では5……4……』
「ちょっと待て!!」
突然のケントからの宣言に皆慌ててその場に伏せる。
このままでいけばすぐさま接敵するであろう状況なのに、そんなことしている場合か?と思いつつも皆指示に従った。
『3……2……1……ファイア!!』
ケントのカウントダウンが終わると同時に、突如として上空から何かが飛来した。
激しい爆音を響かせながら遠くの方で土煙が上がる。
それは数秒ほどだったが、幾度となく襲い来る空気の振動と鼓膜を破らんばかりの爆発音。
リヒテルもさすがに唖然とせざるを得なかった。
『機械魔2割の消失を確認。出足が遅くなってます。隊長続きをお願いします。』
「説明してから実行してくれ!!」
皆の気持ちを代弁するかのようにリヒテルのお小言がさく裂した。
それでもリヒテルは自分の準備を進めていく。
今回も大量に準備された魔石たち。
狩猟者や防衛隊隊員たちが間引きと称して集めてくれた大事な魔石だ。
リヒテルは感謝の気持ちと必ず成功させるという意気込みで魔石に手を添える。
ドクリドクリと自分の魔石と手にした魔石が反応しあっているのを感じるリヒテル。
そしていつものようにすべての時間がスローモーションになっていく。
上空を見上げればケントが何をしたのかなんとなく理解できた。
空にはゆっくりと動く銀色に鈍く光る球体が無数に浮かんでいた。
この状況でゆっくり動いているということは実時間では目にも止まらない速さで動いていることになる。
そんなものを扱っているケントという存在にさらに疑念が生まれてきてしまった。
「やばいな、雑念なんて抱いている暇ないのにな。」
うっすらと苦笑いを浮かべたリヒテルの手にはなじみとなったガトリング型魔砲が握られていた。
技能【熟練】が覚醒してからというもの、何をするにしても以前と違ってきていた。
本来は技能【器用】であったはずだった。
しかしそれは偽りの姿だったようだ。
本来の技能【熟練】の覚醒までのカムフラージュだったのだ。
なぜそれが隠されていたのかはリヒテルには分らなかった。
だが今それを考えても仕方がないとも思っていた。
以前よりもごつくなったガトリング型魔砲を構えて射撃管制補助装置を下ろす。
するといつものように機械音声の声が聞こえてくる。
しかしさらに集中することによってその機械音声さへ置き去りにしていく。
———第一層……
「第一層【分裂】、第二層【加速】、第三層【増殖】、第四層【衝撃】、最終層【複製】」
機械音声の指示を無視してさらに進めていく。
すでに機械音声の声も止まっているように聞こえていた。
リヒテルはさらに射撃管制補助装置の照準補助も無視していく。
照準補助もスローモーションとなり意味をなしていないのだ。
「どうせばらまくから照準はあってないもんだしな。そろそろ行くか!!」
リヒテルが射撃準備を整えると、時間軸が正常に戻る。
ガチャリと構えなおしたリヒテルは問答無用でその引き金を引いた。
すでに魔砲陣も展開しており、とても人間に扱えるような風貌ではないシルエットをさらけ出していた。
ゆっくりと先端が回転を始めると、その速度が徐々に加速していく。
そしてついに魔砲が火を噴いた。
火薬など存在していないこの世界で魔素の爆発をもって魔弾が射出されていく。
目にも止まらない弾幕の形成に見慣れていても驚きを隠せない。
しかもリヒテルが選んだ【弾丸属性付与】は低燃費の構成となっていた。
そのためいつもなら魔素切れになってもおかしくない状況であるのにもかかわらずいまだそれが止まる気配はなかった。
魔弾が機械魔の先頭集団に到達した。
するとどうだろうか、ぶつかった瞬間に後方に吹き飛ばされたのだ。
次々と吹き飛ばされる機械魔。
躯体が軽い個体は問答無用で吹き飛ばされていく。
躯体が思い機械魔も何発も魔弾を浴びて吹き飛ばされる。
そしてさらに不思議な現象が起こる。
家々に着弾すると同時にうねうねとその弾痕が増えていく。
そして壁などが砕けると、その砕けた破片は散弾のごとくはじけ飛んで行った。
リヒテルの放つ魔弾と、散弾と化した砕けた破片。
さらには砕けた機械魔までもが凶器と化していったのだった。
「よし、これで時間稼ぎは十分だろう。」
カラカラと空転するガトリング型魔砲を手放すと、魔砲は魔素へと戻り空へと消えていった。
ケントとリヒテルによって蹂躙された帝都は西側広場から北門に向かってみるも無残な状況になっていた。
家々は倒壊し、地面は掘り返され、あとに残されたのは更地であった。
「隊長、あとは残党処理です。」
「ケント、ありがとう助かった。」
ケントはストレスでもため込んでいたのだろうか、成し遂げたとばかりにいい表情を浮かべていた。
リヒテルは愛用の2丁の小銃をインベントリから取り出すと、残り少ない魔石を手にした。
そして【武装属性付与】をその小銃に施す。
与えられた【属性付与】は貫通。
威力の少ないこの銃にはもってこいの【属性付与】であった。
『アドリアーノ小隊、殲滅戦へ移行する!!各自気を抜かずに!!俺ももうすぐそっちに到着する!!無茶すんじゃねぇ~ぞ!!』
無線を通してアドリアーノの声が聞こえてきた。
どうやらアドリアーノもこちらに来ているようだった。
「見つけましたわ……【中村 剣斗】!!」
機械魔の集団をかき分けるように一歩一歩と歩みを進める黒フード。
そして先頭に立つとそのフードをはずして見せた。
「梁井 明日香?!」
ケントは驚きのあまり声が裏返ってしまっていた。