第5節 第3話 道半ばにて起こるトラブル
避難開始より一週間程度経過したある日のこと。
帝都を後にした避難民を乗せた車列は順調に工程をこなしていた。
すでに何か所目かの防衛都市を経由しており、帝国全土から数万にも上る避難民が合流していた。
それと同時に各防衛都市に駐留していた防衛隊や狩猟者連合協同組合の面々も集結しており、その集団の人数はもう少しで10万人に迫ろうとしていた。
「さすがにここまでくると統制がとるのが難しいか……」
「はっ。狩猟者連合協同組合と防衛隊でどうにな凌いでおりますが、じきに不穏分子が動き始めるでしょうな。」
車列中央に位置している車両に搭乗していたシュトリーゲは、虚空に視線を向けながら向かいの席に同乗していたロレンツィオに声をかけた。
それは独り言とも愚痴ともとれるセリフであったが、自分の考えを伝えることにしたロレンツィオであった。
ロレンツィオの答えに何を考えたのか一瞬だけ手が止まるシュトリーゲ。
だが次の瞬間にはまたせわしなく手を虚空へと滑らせていく。
今となっては当たり前の光景となっていた。
シュトリーゲもロレンツィオには情報を伝えており、自身の目の前に広がる透明な板を気兼ねなく操作していた。
もしこれが説明されていなければ、おかしな人間と思われても仕方がないとシュトリーゲは内心思っていたのであった。
「しかし、それももうすぐ終わりだ。あと数日には目的地に到着する。そちらの受け入れ態勢は問題ないのであろうな?」
「はっ!!万事抜かりなく。」
それからもシュトリーゲは映し出された情報を精査し、随時部下に指示を出していく。
それに従って防衛隊や狩猟者連合協同組合も行動に移していく。
最初は訝しがりながらの行動であったが、今となっては的確な指示だと理解しており、疑うことなどしなくなっていた。
ただし、新規参加した者たち以外は……
「なぁ、この車両に積まれているのってなんだか知ってるか?」
車列後部に位置している兵站の輸送部隊に配属された狩猟者バーティーのリーダーが、ともに移動している狩猟者パーティーのリーダー格に耳打ちをしていた。
話しかけた方のリーダー格の男はニンマリとあくどい笑みを浮かべていた。
話しかけられた男は知らなかったようで首を横に振っていた。
「お宝が積まれてるらしいぞ。それも帝都から持ち出したものらしい。つまりは金銀財宝がどっさりってわけだ。」
「マジか……で、それがどうしたんだ?」
話しかけられた男は4人組でいかにも普通な狩猟者に見える風貌だった。
だが話しかけた方は違った。
いかにも怪しさ満点の出立。
狩猟者というよりは山賊といった方が間違いがないのでは?と思えるほどであった。
「実はよ……」
おもむろにそのリーダー格が男に近づくと。
その男は自分の腹に違和感を覚えた。
「なに……する……」
その言葉を最後に男は動くことをやめてしまった。
一緒にいた残り3人も同様にすでにこと切れていた。
「お前ら、さっさと回収してずらかるぞ。」
「へい!!」
さらに増えた山賊風の男たちはばれないようにそっと行動を起こしていた。
あるものは見張りの排除。
あるものは車両の運転手の排除。
あるものは周辺警戒。
あまりにも手練れたやり口で作業を続けていく。
「ほんと狩猟免許証様様だな。俺が殺しをやらなきゃ問題なんだからよ。窃盗も俺はやっちゃいねぇ~から賞罰欄はきれいなままだしな。」
「頭大変だ……」
接収した車両の荷台で寝そべりながら手にした狩猟免許証カードを眺めていた男だったか、不意に現実世界に呼び戻された。
声をかけてきた男は血相を変えており、あまりいい情報ではないことが容易に想像できた。
「どうした?」
「それが……」
言い淀む男に苛立ちを募らせたリーダー格の男は怒りをあらわにする。
近くにあったグラスを握ると、全力でその男に向かって投げつけたのだ。
強かにグラスが男にぶつかると、のけぞるように荷台から転がり落ちた。
腐っても狩猟者であろうか。
その力は伊達ではなかった。
「危ないじゃないか……当たったらどうするつもりだ?」
「誰だ!!」
荷台の後ろから誰かが乗り込んできたことに慌てたリーダー格の男はとっさに剣を構えようとした。
しかしここは頑丈に囲まれた荷台であったために剣での戦闘は難しいと判断したのか、軽く舌打ちをしたリーダー格の男は懐に忍ばせていたナイフを取り出すと、乗り込んできた者に切っ先を向けた。
ギラリと光るその切っ先が安いナイフではないことを物語ってたい。
「誰とは失礼な。この隊を任されている防衛隊第2大隊第5中隊隊長【アルハイム・クラウド】と名乗ったはずだがな?」
「中隊長殿かなぜここに……」
乗り込んできたのはこの車列の警護に当たっていた中隊の隊長であった。
180cm前後とあまり大きい方ではなかったが、その手足の長さに目が行ってしまう。
体の線もがっしりしているわけではないが、その体のラインに沿った全身鎧がキラリと光る。
その光沢だけでどれほど大事に使われているのかがよくわかる。
兜をはずすと金色の長髪がパサリと姿を現した。
そしてやれやれといった空気で手を挙げながら肩を竦ませ大げさな態度をとりつつ、ため息交じりに首を横に振ってみせるアルハイム。
リーダー格の男は仲間に合図を送るべく首に下げていた笛を強く吹き鳴らす。
何度も何度も吹いてみるが一向に現れる気配はなかった。
「君のお友達は皆眠っているよ。まあ、これから先も目を覚ますことはないだろうけどね。」
きらりと光る犬歯をのぞかせながら髪をかき上げるアルハイム。
その髪はキラキラと光をまとい、その美貌とも呼べる妖艶な表情に視線を釘づけにされてしまう。
しかしその言葉の内容を思い返すと、それは仲間の全滅を意味していたことに気が付くリーダー格の男。
ギリリと歯を食いしばる音が聞こえてくる。
「あと少しだったのによ……ついてねぇな……」
カランと床にナイフの落ちる音が響いた。
男は両手を上げると床に跪き降伏の意思を示した。
それを見たアルハイムは部下に指示を出し、その男を拘束したのだった。
「こちらアルハイム。応答願います。」
『こちら指令センター。』
「予定通り賊を確保。こちらの損害はゼロです。」
『了解。引き続き護衛をお願いします。』
通信を終えるとアルハイムはこんな事態が起ころうとも止まることのない車列へ目を向けた。
アルハイムとしてはこの逃亡劇を良しとはしていなかった。
彼自身武官の家の出であるがために、戦いに殉じる覚悟はできていた。
しかし結果としては戦わずに逃避する事に舵が切られた。
それが人を守るためとは理解していた。
しかし武人としての血がそれを否定しようとしていたのだ。
「さて、私は指揮に戻る。君たちは引き続き警護を続けるように。それといつまで寝ているつもりだ?起きているのでしょう?」
「隊長……さすがに生きた心地しませんって。」
先ほどまで倒れていたパーティーの面々がむくりと体を起こす。
他にも殺されたであろう護衛たちが体を起こしていく。
誰一人として死んだ者はいなかったのだ。
野盗のような狩猟者たち以外は。
「いくら死んでも生き返るってわかってても、何度も経験したいとは思いませんって。」
「君たちには感謝していますよ。引き続き囮をお願いします。それと危険手当は弾むと大隊長からのお話です。これが終われば打ち上げでもしましょう。」
わっと沸き立つ面々をよそにアルハイムはため息をついていた。
この現状が本当に正しいのかと疑念を抱きながら。




