第5節 第2話 避難作戦の開始
「これより作戦行動を開始する!!先頭車両は隣接防衛都市に向けて出発!!」
「狩猟者諸君!!我々も出発だ!!おそらく襲撃も考えられる!!気を抜くな!!」
辰之進の言葉の後に、狩猟者連合協同組合帝都支部組合長のロバート・ウィリアム・テイラーの声が響く。
ガシャンガシャンと音を立てながら多足歩行車両の列が帝都を出発する。
それを追うように狩猟者たちのパーティーが各々の乗り物で追従していく。
「ではテイラー殿あとは任せました。」
「任されました。防衛都市にて補給の後、脱出予定港湾都市を目指します。佐々木殿もお気をつけて。」
二人は握手を交わすと、テイラーは狩猟者たちへの指示のため指揮車両へと乗り込んだ。
残された辰之進は中央で待機しているシュトリーゲの元へと向かうのであった。
待機しているシュトリーゲのもとには一つの宝玉が鎮座していた。
それは何も力を加えていないにもかかわらず、台座の上にふわりと浮かんでいた。
シュトリーゲは空中をなぞるように何かを操作している。
他人には見えていないようで、その行動は異質に見えたに違いない。
脇を固める近衛騎士団も訝し気な視線を向けていたのだった。
「陛下、先頭車両が出発したようですな。」
「わかっている。こちらにもその情報は確認できている。」
シュトリーゲはさらに視線を変えると、何かを見ているようで一点を見つめていた。
ロレンツィオは見えないながらもシュトリーゲが情報を確認しているのだと推測することはできた。
「ロレンツィオ、先頭車両前方4km付近に機械魔反応がある。すぐに伝えるように。」
「は!!」
ロレンツィオは恭しく命令を受け付けると、すぐに通信士に情報を伝える。
すると即座に最前線へと情報は伝わり、狩猟者たちが対応を開始していた。
しばらくするとロレンツィオたちのところにも戦闘音がうっすらだが聞こえてきた。
シュトリーゲが話した通りになったことにロレンツィオは驚きを隠せない。
背中に嫌な汗が流れるのを感じたロレンツィオであった。
車列はさらに帝都を出発していき、ついに中央部隊、シュトリーゲが乗車する車両まで順番が回ってきた。
「陛下失礼します。」
車両の外から聞こえたのは辰之進の声だった。
ロレンツィオはすぐに車両の窓を開けると、辰之進の姿を確信した。
「威張殿、陛下へ伝言願います。これより車両は出発します。護衛は近衛騎士及び防衛隊が努めます故、安心してそのお力をお使いください。」
辰之進が恭しく首を垂れるとロレンツィオは敢えて尊大に頷いて見せた。
それを確認した辰之進はシュトリーゲの乗った車両から離れると、皇帝の車列の戦闘にいた近衛騎士が出発の合図を告げる。
近衛騎士は馬のような車両にまたがり周囲を囲んでいた。
こちらもパカラパカラとはいかず、やはりカシャンカシャンと音を立てながらの更新となった。
辰之進は皇帝の車列を見送ると、足早に後方へと移動した。
現在最後尾には第1大隊が控えている。
そこへ向かっていったのだった。
『ケントさん、車列は順調ですよ。ゴールドラッドの動向も今のところ発見できません。』
「わかった。引き続き監視を頼む。可能であればばれないように狩猟者たちをフォローしてやって。」
『了解しました。』
ケントはトイレに行くとリヒテルたちに告げると、物陰に隠れタケシとの通信を行った。
懸念したことには今はなっていないことから、少しだけ安堵の表情をのぞかせていた。
「さて、これからどうなる事やら……。」
ため息交じりのケントの声はいまだ肌寒い朝の空気に混ざりこんでいく。
「名に老け込んだこと言ってるんだ?」
「カイト?なんでこっちに……。君は狩猟者に同行してるんじゃなかったの?」
カイトと呼ばれた青年は気配を消して物陰に隠れていたケントをいともたやすく発見して見せた。
看破系技能でも所持していなければ見つけることはできないはずであった。
「それがさ、なんとなく嫌な予感がしたから。みんなに話したらこっちを見に行けってさ。」
「エルダさんたちが?」
「そ。」
軽く答えるカイトに、ケントは驚いた様子を見せた。
驚くケントが珍しかったのか、いたずらでも成功したかのようににやにやと笑顔を浮かべていたのだった。
「カイト……大人げないよ?」
「な?!」
ちょっとだけ悔しかったのか、ケントはカイトに対し少し棘のある嫌味を漏らしたのだった。
「で、カイトはこれからどうするつもり?俺はこのままリヒテルたちと行動を共にする予定だけど、君がこっちにいるとなると言い訳しずらいんだけど?」
「まぁ、一応狩猟免許証はあるし、なんとかなるかな?それに最悪逃げれば問題ないでしょう?」
何のことはないとおどけて見せるカイトにケントは苦笑いを浮かべるしかなかった。
『ケントさん……。彼に何言っても無駄ですよ。そうだカイト。後で俺が作った魔道具見てもらってもいい?結構自信作なんだよね。』
「OK。じゃあ、この話が片付いたらゆっくり魔道具談義とでもしよう。」
カイトとケントとの会話に割り込んできたのはタケシだった。
タケシはカイトと仲良さそうに会話をしていた。
どうやら二人と魔道具マニアとでもいえばいいのか、意気投合している様子であった。
いつものやり取りとでも思えるような会話に苦笑いを浮かべるケントなのであった。
「それじゃあカイト、俺はリヒテルたちに合流するよ。無理は絶対にするなよ?」
「わかってるよ。危なくなったら逃げるし、ケントがやばそうだったらフォローするから。」
そういうと、ハイタッチをして別れたカイトはいまだ非難の続く城下町へと消えていったのだった。
気が付くとすでにその姿は確認できず、相変わらずの隠密能力だなと感心するケントなのであった。
『ケントさん、少し気になることが。』
カイトが姿を消したことを確認したところで、タケシはケントに気になる情報を伝えた。
それを聞いたケントの顔色が一瞬だけ変わった。
「間違いない?」
『はい。』
その情報はケントとしてはあまり好ましくない情報だったようで、真偽を再度確認したのだった。
それに対して嫌味を言うでもなく真剣に肯定するタケシ。
ケントはため息をつくと、昨日行われていた戦闘について考えを巡らせていた。
あの場所、あの時間にピンポイントでタイミングよくあらわれることが果たして可能だったのかと……
「今はピースが足りな過ぎるか……。タケシ君、改めて情報収集を頼む。それと海外の情報も集められるなら集めてくれるかい?なんだか嫌な予感しかしないから。ゴールドラッドのやろうが絶対暗躍しているとしか思えない。」
『わかりました。ただ、あまり期待しないでくださいね?それと、移動先のジャポニシアですが……今のところゴールドラッドの手が及んでいないようです。ただ、ほかの国は怪しいです。詳しくはこれからもう一度精査してみます。』
「たのんだ。」とタケシに伝えると、通信を切ったケント。
その場をゆっくりと歩き始めた。
「全く嫌になるな……。決着をつけないといけないんだろうな……。あのくそ自称神めが……」
怒りともとれる感情をあらわにするケントだったが、すぐにそれを切り替えていつも通りのケント・中村に戻るのだった。
「戻ったな。それじゃあ作戦の再確認をする。」
ケントがリヒテル小隊に合流すると、リヒテルは作戦行動の確認作業を行っていく。
作戦というよりは行動目的とでもいえる事だったが、リヒテル小隊の目的はただ一つ。
〝ゴールドラッドによる妨害〟の阻止それだけだった。
だがそれがどれほど難しいことか……
直にゴールドラッドを見ていたリヒテル小隊には嫌というほど理解できていたのだった。




