第4節 第4話 ダンジョンマスター
「やっとゲートが開きましたか。おやおや、リシャース。なんと哀れな姿に……」
その液体を媒介にしたのか、突如液体より現れた男性。
リシャースを見る瞳は憐れみを多分に含んでいた。
「おぉ~~!!プロメテウス様!!どうかどうかお助けください!!」
すでに右半身を溶かされたリシャースは、這いつくばるようにゴールドラッドに救いを求めた。
ゾンビとも言えそうな風貌にリリアーナは眉をひそめた。
「あぁ~あ、気持ち悪い!!見るに堪えませんわ!!」
さらに後を追うように現れた少女が、汚物でも見るような蔑んだ目でリシャースをとらえた。
ずりずりと這い寄るリシャースを手にした杖で打ち払う。
「ぐぎゃ!!」
ドシャリと何かがつぶれるような音が室内にこだました。
リシャースはその少女によって軽々と飛ばされたのだ。
リシャースは壁にぶつかると、壁に赤いシミを作りながらぐちゃりと地面に落ちる。
うめき声が聞こえることからまだ息があるようだった。
それももう虫の息程度に。
「あれでまだ生きてますの?生命力はゴキブリ並みね……気持ち悪い……」
「そう言うものではありませんよ?彼もこうして我々に貢献してくれたんですから……」
リシャースからはぼそぼそとないかが聞こえてくる。
すでに声にならない声となり、不快音にしか聞こえない状況であった。
「慈悲を与えねばなるまいね……。明日香さん、お願いしますね。」
明日香と呼ばれた少女はニヤリとあざ笑うかのように笑うと、手にした杖をリシャースに向けて構えた。
何か呪文のようなものを唱えているようにシュトリーゲには聞こえたが、シュトリーゲが知る言語とは違うようで何を言っているのかは理解できなかった。
「さあ、一思いに逝きなさい……。【フレイムバースト】。」
リシャースが突如として炎に包まれる。
動かない体を必死に動かしてもがき苦しむリシャースをゴミでも償却しているかのように見つめる明日香。
部屋の中には肉が焼けこげる嫌なにおいが充満していく。
リリアーナはそれに耐えかねたのか、少し離れると嗚咽を漏らしていた。
そして後に残ったのは黒い焼けこげたシミだけだった。
「ありがとう明日香さん。では本題に入りましょうかね……陛下?」
ゴールドラッドはリシャースに興味を示すことはなく、何事もなかったかのようにシュトリーゲに話しかけた。
シュトリーゲはゴールドラッドの目的をある程度察しており、警戒度を上げていくのだった。
「おや?そんなに警戒する必要などありませんよ?ここに来た理由はある程度お判りでしょう?私の目的は元始天王の解放ですからね。それに、それをしないとあなた方が助かることはないですからね?」
何もかも分かっているとでも言いたげだった。
足元を見られている感が拭えないシュトリーゲは、不快感をあらわにしていた。
それを見ていた明日香は徐々に苛立ちを募らせる。
「貴様を信じろと言われて、はいそうですかと信じることができると思うか?なぁ、ゴールドラッドよ。」
「ふむ、この者を知っているのでしたか……。さてどうしたものでしょうね。信じる信じないはさしたる問題ではないんですよ?私は〝あなたに【魔王】〟になっていただきたいのですから。」
「貴様……どこでそれを……」
慌てるシュトリーゲをよそのゴールドラッドは笑顔をたやすことはなかった。
ただその笑顔は見るものからすれば胡散臭さが全開であった。
ギシリと歯がみをするシュトリーゲだったが、ここで思わぬ事態に襲われることとなったのだ。
背中に感じるちくりとした痛み。
何事かと思い、そっと振り向くとそこにはリリアーナの姿があったのだ。
「これはどういうことだリリアーナ。」
「陛下……言葉は必要でしょうか?」
リリアーナの手には一本のナイフが握られていたのだ。
そのナイフは先ほどまでリリアーナに向けられていたものでもあった。
リリアーナからナイフを取り上げようとすると、ほほに熱いものを感じた。
そのあとに襲ってきた僅かな痛みと生ぬるい液体の感覚。
自身のほほが何かによって切り裂かれたのだと自覚するには充分であった。
「さっきからガタガタうるさいですわよ?ゴールドラッド様の言葉が聞こえませんでしたの?」
ほほの痛みはどうやら明日香によるものだった。
いったい何をされたのかはシュトリーゲには分からなかった。
だが今現在完全に詰んでいる状況であることは理解できた。
「いつからだ、リリアーナよ?」
「初めから……とでもいえばいいでしょうか。この世界の初めからとも言えますわね。」
リリアーナの手にさらに力がかかる。
少しずつ侵食してきたナイフの感覚に、シュトリーゲは降参の意思を示すように両手を上にあげたのだった。
「そうそう、初めからそうすればよかったのですわ。全く無駄に時間を取らせるんだから……。」
シュトリーゲの態度に不快感をあらわにする明日香だったが、ゴールドラッドによってそれが遮られた。
「リリアーナさん、時間も差し迫ってきていますのでそろそろ始めましょう。では陛下、こちらへ。」
シュトリーゲはゴールドラッドに促されるように部屋の奥の扉をあけ放つ。
その中には台座の上にふわりと浮かぶ球体の物体があった。
「久しぶりですねぇ~、これでようやく一つ目の元始天王が復活します。では陛下こちらへ手を当ててください。」
ゴールドラッドが何かを操作するようなそぶりを見せると、その球体の前に大のようなものがせり出してきた。
その台の上には手形のようなものもあり、怪しく鈍く光を放っていた。
促されるままその台に手を当てるシュトリーゲ。
するとどうだろうか、目の前に見たことのないものが現れたのだ。
宙に浮かぶそれは透明な板のようなもので、そこには今まで見たことのない文字列が映し出されていた。
しかし不思議なことにシュトリーゲはその文字列を理解することができたのだ。
———ダンジョンマスター登録を行いますか?———
〝YES〟〝NO〟と書かれていることも理解でき、それが何を意味するかも理解できた。
そして求められているのは〝YES〟。
一瞬ためらったシュトリーゲだったが、自らの意思か他人からの強要かの違いと考え、〝YES〟に触れた。
———ダンジョンマスター登録を開始……
………
…………
完了
これよりマスターを〝シュトリーゲ・ド・エウロピニア〟と定めます———
まばゆい光があたりを追おうと、シュトリーゲに向かって集まりだす。
その光に包まれシュトリーゲは奇妙な感覚を感じていた。
それは適性診断の時と同じであった。
———種族変更を開始……
………
…………
完了
〝人上位種〟より変更
〝魔王〟に変更を完了———
シュトリーゲが目を開けると、周囲にされに増えた透明な板が浮いている。
そこには城下の様子も映し出されていた。
「無事終わったようですね。これであなたは人類の敵である〝魔王〟となりました。いや~めでたいめでたい!!」
「なるほど……のぅ。これは……ふむ。………………。」
嘲り笑うゴールドラッドをよそに、シュトリーゲはその頭脳をもって元始天王の掌握に努めていた。
その様子を面白く思わなかった明日香はシュトリーゲに向けて何かを放った。
風の刃がシュトリーゲを襲うも、何もなかったかのようにかき消えてしまった。
あまりの出来事に驚きを隠せない明日香だったが、ゴールドラッドは感心したようにうなずいていた。
「これは素晴らしい。もう掌握したのですね。」
「今しがたな。さて、貴様らにはそろそろ退場願おうか……」
シュトリーゲが何かを操作すると、突然明日香とリリアーナが光に包まれ消えてしまった。
突然の出来事に驚くかと思ったが、ゴールドラッドは特に焦った様子は見られなかったのだった。
「ここまで掌握していればいいでしょう……ではまた。」
そう言い残したゴールドラッドは地面に向けて手をかざすと手のひらから液体が零れ落ちた。
その液体が徐々に広がりついにはゴールドラッドの足元を覆いつくした。
そしてトポンという音とともに、ゴールドラッドはその液体に飲み込まれていったのであった。
「ゴールドラッド……」
ゴールドラッドの姿が消えた室内にそっと呟かれたのだった。