第2節 第3話 リヒテルの暴挙
「くそ!!くそ!!くそ!!僕だって戦える!!機械魔だって倒せるって証明してやる!!」
リヒテルは入院した翌日に病院を抜け出していた。
絶望にかられ、正常な判断が出来なくなっていたのだ。
もちろんそれは当たり前の事でもある。
たった7歳の子供にどれだけの判断が出来るものかという事だ。
リヒテルはあまりにも狩猟者になりたいが為に、事前に情報を集めまくっていた。
そのせいもあって、どこに行けば機械魔と戦えるかという事も良く知っていた。
散歩と称してその近くまで行き、何度も何度も確認していたい事だからだ。
リヒテルは自分の行動理念など持ち合わせている事は有るはずも無く、ただひたすらに怒りと焦りと悲しみが綯い交ぜになった、どす黒い感情に支配されていたのだ。
「僕だって戦えるんだ!!技能が無くたって戦えるんだ!!だからそれを証明してやる!!」
リヒテルはひた走った。
誰にも見つからないように。
そしてリヒテルの向かった先には、高い高いコンクリートの壁が立ち塞がっていた。
「やっと着いた。確かこの辺に……あ、あった。綻び……」
そのコンクリートの壁は立入禁止区域と生活可能区域を隔てる境界線である。
これを超えた先は立入禁止区域であり機械魔の発生区域でもある。
リヒテルは何度もここへ通ううちに、この綻びを発見したのだった。
「このトタンをよせ……てっと……」
そこに現れたのは直径30cmほどの小さな穴だった。
小柄なリヒテルでもぎりぎり通れる大きさだ。
いったい誰が開けたかは不明だが、今までよく見つからなかったものだと感心していた。
その穴から先を除くと、ジリジリと音を立てる赤黒い光の線が何本も見えていた。
その光の線に触れると、途端に衛兵がやってきて身柄を拘束されると言われている。
そしてその光の線こそが二つの区域を隔てる要……ADWなのだ。
リヒテルそっと穴から這い出て、その光に触れないように慎重に移動する。
一瞬ヒヤッとする場面もあったが、何とかADWを越える事に成功した。
「よし、中に入れた……。あとは機械魔を退治すれば……。ここはどうせランク1区画。僕だって戦えるはずだ……。」
そう自分に言い聞かせて、あたりを見回した。
ADWの中は一種異様な空気が流れていた。
手付かずの原生林を思わせるほど木々が生い茂り、植物もリヒテルと変わらないくらい大きく成長している。
魔素の影響からか、新種の植物も日々誕生していると植物学者が言うくらいに生態系がめちゃくちゃになっていた。
そして辺りから聞こえるのは鳥の囀り……
しかしその囀りでさえも、本物の野鳥とは限らない。
機械魔はその進化の過程で二つのルートに分かれた。
自らが生命体として進化を遂げるもの。
もう一つが別の生命体に寄生するもの。
寄生型の機械魔は半機械魔と呼ばれ、ある意味で機械魔よりも恐れられていた。
いくら宿主を攻撃しようとも、その本体である寄生型機械魔を倒さない限り活動し続けるのだ。
「いた……。植物型の機械魔……」
リヒテルが見つけたのは背丈が20cmくらいの植物だ。
よく見ると植物の半分以上が機械で構成されていた。
それでもなお、風が吹くとそよそよとその体を揺らしている。
まさに植物を模しているとしか思えない生態系だった。
リヒテルはADW内に入る前に入手していた鉄の棒を、その小さな手でしっかりと握りしめる。
その手は緊張からか、汗ばんでいた。
「大丈夫。植物型の機械魔は初級狩猟者が難なく倒すレベルだったはず。ぼ、僕だってやれるはずだ。」
リヒテルはそう自分に言い聞かせ、植物型機械魔との距離をジワリジワリと詰める。
その間も植物型機械魔は風に揺られ、気持ちよさそうにしていた。
後10m……
リヒテルの手に力が入る。
握りしめた鉄の棒を上段に構え、さらに距離を詰める。
あと少しで届くと思ったその時だった。
突如植物型機械魔はむくりと地面から本体をのぞかせた。
その本体は野犬を思わせる姿で、その胴体は筋肉らしきものや皮で覆われており、どう見ても強敵だった。
その機械魔は擬態種だったのだ。
植物型機械魔に擬態した動物型機械魔。
そしてその体には長さ1mの砲身を構え、その赤黒く光る両目でリヒテルを睨み付ける。
リヒテルは何が起こったか分からなかった。
今の今まで植物型機械魔だと思っていたのが、脅威度が一気に跳ね上がる動物型機械魔に変貌したのだから。
カチャリという音共に、リヒテルに向けられる約20mmの砲口。
リヒテルは自分の死を覚悟した。
今までの人生を一気に遡る。
おそらくそれは走馬灯と呼ばれるものだったのかもしれないが、リヒテルにそんな余裕などなかった。
迫りくる死の恐怖に全く動けなかったのだ。
ドキュン
一発の弾丸がリヒテルの頬を掠め、後方の大樹に弾痕を作る。
左の頬が焼けるように痛い……
後数ミリずれていればリヒテルはその短い人生にピリオドを打つことになっていた。
しかし、現実そうはならなかった。
「う、う、うわぁ~~~~~~~!!」
リヒテルは走り出した。
死にたくない一心で。
それはまさに無我夢中。
どの方向に、どのくらいなんて考える余裕などなかった。
少しでも遠くへ、あの機械魔から少しでも離れる。
たったそれだけしか考えられなくなっていた。
「いやだ……僕はこんなところで死にたくない!!僕は狩猟者になるんだ!!」
深く暗い森の中に、リヒテルの悲鳴が木霊する。
必死でリヒテルは逃げ続ける。
木々を盾にして少しでも長く生き延びる事だけを考えて……
「ん?やっと霧が晴れたな……」
一人の中年男性は、あたりを見回しながらゆっくりとした足取りでその歩みを進めている。
どこか疲れた様子も見られ、全身泥だらけだった。
おそらくどこかで戦闘を終えた後なのだろうと推測される。
「それにしてもレイラの奴本気でけりくれる事ねぇ~だろうによ。おかげでこちとらまだ頭がいてぇ~ぞ。」
その男性はぼやきながらも歩みを止めることは無かった。
さすがに少し疲れたのか、近場の岩に腰を下ろし煙草を取り出していた。
慣れた手つきで煙草に火をつけると、紫煙を燻らせゆっくりと楽しむ。
大人の嗜みとでも言いたげに、ゆるりとしていた。
しかし男性が今いる場所は、ADWの内側……立入禁止区域である。
そんな場所で街中と変わらないように振舞えるだけの実力をこの男性は持ち合わせているのだろう。
ドキュン
しばらくゆっくりと男性がくつろいでいると、一発の銃声が男性の耳に届く。
近くは無い……しかし遠い距離でもなかった。
何発も聞こえてくる銃声は次第にその男性に近付いてきていた。
「ん?あれは……動物型機械魔……擬態種か?またどっかの初級狩猟者がやらかしたのか?」
危険を感じたのか男性は煙草を消して携帯灰皿へ押し込む。
手には長年連れ添った相棒……ハンドガン【形式名称:DF320】が二丁握られていた。
この男性の相棒は魔導機械と呼ばれるもので、新世代機械技術の産物である。
カートリッジには加工された魔石が格納されており、その魔素を利用して銃弾を強化し射出する。
念の為と今まで使用していたマガジンとカートリッジを取り外し、新しい物へと取り換える。
しかし、機械魔の様子がおかしい事に気が付いた男性は、様子を窺うように身をひそめる。
そしてその異変を理解した。
「くそったれ!!なんでこんなところにガキが居やがるんだよ!!衛兵は何やってんだ!!」