第2節 第3話 これから
「報告書は読んだ。まさかこのような事態になっているとはな。リズもありがとう。これで少しは対策が進みそうだ。」
リヒテルとリズから報告書を受け取った辰之進は、手早くその報告書に目を通した。
しかし、いまだ理解に苦しい状況であることを思い知らされたのだから、疲れが出てもおかしくはなかった。
疲れた目をいたわるためか、目頭をもみほぐすしぐさをする辰之進。
その疲れ切った表情にどこか申し訳なさがこみあげてきたリヒテルであった。
「さてどうする辰之進。」
「正直これ以上は打つ手なしですね。今打てる対策はスタンビードが来たら全力で迎え撃つくらいです。可能であれば国外退去も視野に入れますが、今の現状は推測でしかないですからね。さすがに陛下にも進言しずらいです。」
困った困ったと天井を拝む辰之進。
その視線はリンリッドへ向けられていた。
その視線に気が付いているリンリッドもあえてそれにこたえようとしなかった。
「とりあえず、狩猟者連合協同組合との連携を軸に調整します。老師にはこの件を陛下に伝えていただきたいですね。」
「……わかった。それについてはこちらで手配しよう。」
リンリッドは辰之進にそう告げると辰之進の執務室を後にしたのだった。
「で、リズ。君の意見が聞きたい。これから先どうなると思う?」
「私見で良ければ……。正直なところ分からないわ。楽観視すれば、このまま出てこないでくれるといいのだけれど。最悪を考えた場合、〝市中の虫がすべて魔物化〟。その先にあるのは〝機械魔化〟でしょうね。」
リズはため息をつきながら辰之進に答えた。
リズとしては最悪になる可能性が一番高いと考えていたからだ。
辰之進も同意見だったようで、異論をはさむことはなかった。
二人の間に重苦しい空気が漂う。
辰之進はそれを打ち払うべく、リヒテルにも意見を求めた。
「そうですね。〝虫の魔物化〟とゴールドラッドが起こした〝魔物の創造からの機械魔化〟が同一の事象なのかどうなのか。そこが問題だと思います。もし〝虫の魔物化〟が自然発生的なものであるならば、それは止められるものではないです。しかし、同一の事象だった場合は手の打ちようがあるのではないでしょうか?」
「ゴールドラッドを止める……か。」
ソファーに深く腰掛けた辰之進は、天井を見やる。
リヒテルとしてもそれが一番の近道だと直感がささやいていた。
「止められるのかしら?」
「止めないとならんだろうな……。亡霊は亡霊のままで終わってほしかったと思う。」
それが辰之進の本心だったのかもしれない。
「リヒテル小隊にはゴールドラッド討伐を依頼することになるだろう。だが、作戦自体は第1大隊として行う。間違っても先走るんじゃないぞ?」
辰之進がリヒテルの目を見て何か不安を感じていた。その眼には何か黒いものが見えたからだ。
リヒテルはそんなつもりはなく、なぜ念押しされたのか分からなかった。
しかし、自分を心配しての言葉であることは確かであったので深く頭を下げると、リヒテルも執務室を後にした。
残された二人は、去っていくリヒテルの背を見つめていた。
年の離れた弟を見る、そんな感じであった。
「リズ……リヒテルの身体のことは知っているな?」
「えぇ、景虎さんから聞いているわ。でも不思議なのよね。もし機械魔化しているのであれば対機械魔領域の中にいられるはずがないもの。でも彼は平然としていた。機械魔化しているとはいいがたいわね。」
「そうか……」
リズの意見を聞いて少しだけ安心した辰之進。
それほどまでにリヒテルの存在は異形といっても過言ではない状況であった。
リヒテルの骨格のすべてが機械魔化しているなどと思うものはいないだろう。
だが現実にそれが起きていた。
そしてそれが公になればリヒテルは機械魔として討伐対象になる。
体内の魔石の成長はいまだ継続しており、景虎が定期的に検査を行っていた。
その報告によれば、リヒテルを人間として定義していいのか迷いが生じるレベルだとのことであった。
「それじゃあ私も戻るわね。隊長……無理はしないでくださいね。」
「わかっているよ。リズもな。」
見つめあう二人に何か独特の空気が流れた。
リズはクスリと笑みを浮かべるとソファーを立ち、執務室を後にした。
残された辰之進は深く息を吐くと、何か考え込むように意識を思考の海へと潜らせていくのであった。
「それで、総隊長はどうするって?」
第1中隊の宿舎のホールでくつろいでいたアドリアーノは、リヒテルが戻るのを待っていたようだった。
最近は一緒に行動することは少なくなっていたが、リヒテルにとっても良き相談相手であることは変わりなかった。
「基本方針は帝都の防衛とゴールドラッドの討伐。その2本柱だね。」
「まぁ、そうなるわな。」
アドリアーノとしてもおおむね予想通りだったことであまり楽しそうではなかった。
中隊長へ昇格したアドリアーノは苦手なデスクワークに追われ、なかなか息抜きができずにいたのだ。
特に第1中隊は曲者ぞろいもいいところで、アドリアーノとしては掌握するだけでも一苦労であった。
「もぉ~。辛気臭い顔しらいのぉ~。せっきゃくこうやってお酒飲んでるんらから……不味くなったらアドリアーノのおごりらからねぇ~?」
「ふっざけんな、エミリー!!お前飲み過ぎなんだよ!!」
隣の席で食事をしていたエミリーたちだったが、そのエミリーはすでに出来上がっていたようで、呂律がだいぶ怪しい状況であった。
それを介抱していたメイリンであったが、あまりのエミリーの酔いつぶれ加減に半ばあきらめの状態であった。
「ふん、酒に飲まれるとはだらしないのぉ~。これだからエルフ族は。」
そういうとエミリーの目の前で酒をあおり飲んでいるクリストフ。
この二人は仲がいいのか悪いのか。
中隊全員の意見としては、仲いいだろう?ということになっていた。
嫌味を漏らすクリストフに食って掛かるエイミーを抑えながら涙目のメイリン。
視線をリヒテルとアドリアーノに向けると、言外に助けてとアピールしていたのだった。
さすがのリヒテルもメイリンのあまりな状況に助け船を出し、なんとかその場を収拾することができたのだった。
「それでアドリアーノ。なんでエイミーがあんなに出来上がってたのさ?」
「それがな……」
アドリアーノから事のあらましを説明されたリヒテル。
その内容からうれしさと悲しさとさみしさと入り混じるエイミーの心情が読み取れた。
調査隊が発見したものはライガとヒョウガの遺品だった。
前回ゴールドラッドの出現の後、その周辺の調査が行われたのだ。
理由は突如として発生した地面から沸き上がった魔石について調べるためである。
辰之進たちも目撃していたが、ゴールドラッドが掲げた銀色の器からもたらされたどす黒い液体が呼び水となったことは間違いなかった。
その成分を解明できれば今後の対策になるのではないかという考えから調査することになったのだ。
その調査の過程で周辺を調べていた時に発見されたのがライガとヒョウガのドックタグと装備品の一部だったのだ。
調査隊も遺品として回収し、身内へ引き渡すつもりだったがあいにくライガとヒョウガには肉親がいなかった。
そこで生前親しかったエイミーにそれが引き渡されたのだった。
「じゃあ今日はとことん付き合うとしようか。」
「そうだな……」
リヒテルとアドリアーノは今宵ばかりはとエイミーの行動に目をつむることにしたのだった。
明後日にはまた任務へと出発することになるのだから……
エイミーの席の隣にはエイミーとともに笑いあう二人の姿が映された写真あった。
その中のエイミーとライガ、ヒョウガはとてもとても幸せそうだったとリヒテルは思ったのだった。
「ライガ……、ヒョウガ……。敵は必ず……」
リヒテルのつぶやきは、ホールにこだまする宴の音にかき消され、誰の耳にも届かなかったのだった……




