第2節 第1話 ケント・中村
「ケントさん、これからどうするんです?」
一人離れた場所にいたケントに誰かが話しかけていた。
ケントも驚く様子もなく、その人物と会話を始めた。
「タケシ君……そうだね、とりあえず様子見だな。彼がどこまでできるのか見定めないとな。」
後ろを振り返ることもなくタケシと呼ばれた人物に答える。
「だぁ~~!!つまらんぞ主!!吾は早く戦いたいんだがな!!」
「うっさいぞ、筋肉だるま!!」
タクマと呼ばれた大柄な男性は、目をぎらつかせながら体を動かしていた。
だがタクマをよく見ると明らかに同じ人間であるとは思えなかった。
身体は筋肉質で青黒く染まり、背丈は4m近くあった。
しかし、一番注目する点はそこではなかった。
そう、目が一つしかないことであった。
そしてもう一つ気になるものがあった。
先ほどからケントの周りをうろうろとしている、水色の物体である。
ぽよんぽよんと跳ねたり跳んだり、時に静止しプルルと震えだす。
「主~。おやつ切れちゃった……」
「はいはい、じゃあこれでも食べてて。」
ケントは懐から袋を取り出すと、そのままその物体に投げ渡した。
するとどうだろうか、その水色の物体はプルプルと震えだしたかと思うと、人型に姿を変えたのだ。
そしてそこに現れたのは美少年といっても過言ではない少年であった。
投げ渡された袋を器用に受け取ると、少年はにこにこと袋を開ける。
「やった!!クッキーだ!!主~大好き!!」
そういうと少年はおいしそうにパクパクとクッキーをパクついていた。
その光景を見ていたタケシはあきれ顔を浮かべるも、いつもの光景であるかのように諦めの表情へと変わっていった。
「で、この後の行動はどうするんですケントさん。」
「そうだな、俺は遊撃として動くけど、タクマとタケシ君はさらに奥に回ってくれるか
?おそらく誰か糸を引いている奴がいるはずだから。あ、でも殺したりしないようにね。情報を聞き出したいから。」
タケシの問いに、ケントはすらすらと答えていく。
あたかもすでに答えは決まっているかのように。
「あくまでも史実通りにってことですか……、本当に面倒ですね。」
「そういうなタケシよ。これもこの世界を守ることになるんだ。愚痴ったところで変わるまいて。」
さらにため息をつくタケシにタクマは肩をたたいてサムズアップをしていた。
その行動にさらに疲れた表情を見せるタケシ。
そんな二人をよそのお菓子を食べる少年。
ここが戦闘領域であることを忘れているかのようであった。
もしくは彼らにとって敵ですらないのかもしれないが……
「さあ、接触するよ。二人ともよろしく。ラーは彼らが危なくなったら陰から干渉して。あくまでもばれないようにね。」
「主~、任せて!!」
ラーと呼ばれた少年は青みがかった髪をなびかせながら、力強く宣言するのであった。
ケントはその両手にショートソードを握りしめ戦場へと踊りだす。
まさにその動きは舞といってもおかしくはなかった。
止まることのない動きはそこに何も障害物など無いようであった。
リヒテルたちの前にオオカミに乗った緑の小人が姿を現した。
その手にはボロボロの剣や槍などの武器を携えていた。
この世界でもあまり見ない木製の丸盾を装備している個体も確認できた。
「どっせい!!」
接敵直後、リチャードがその大盾で騎乗していたオオカミもろとも先頭の緑の小人を吹き飛ばす。
ピンポン玉のようにはじけ飛んだ小人は後ろにいた数人の小人へぶつかり、一気に集団の勢いを殺すことに成功した。
「こいつら……ゴブリンという魔物か?」
リヒテルは事前に読んでいた資料と比較し、おおよそのあたりを付けた。
しかしその資料にはゴブリンは単騎もしくは数匹の集団であると記載されていた。
しかし、今目の前にいるゴブリンらしき小人はオオカミの背にまたがり戦闘をこなしていた。
勢いが落ちたからと言ってその機動力が0になったわけではない。
オオカミを駆って縦横無尽に駆け回るゴブリンたち。
その動きに翻弄されてリヒテルたちは攻撃をなかなか仕掛けることができなかった。
「こいつら動きが良過ぎないか?」
「リチャードもそう思うかの、わしもその意見に賛成だ。こうもすばっしこいとあたるものも当たらん。」
どっかいらだちを隠せないクリストフ。
それもそのはず、クリストフの持ち味はその手に携えた戦斧による一撃必殺だ。
だがこうも動きが良過ぎるとその一撃を与えることもままならなくなっていった。
「みんなしゃがんで!!」
後方からアレックスの声が響く。
その声を合図に全員が地面に低い姿勢をとる。
アレックスは手にした小瓶を数本周囲にばらまいた。
その小瓶はパリンパリンと音を立てて次々に割れていく。
中から紫色の液体が漏れ出たと思うと、もやもやとした煙が立ち込めてくる。
するとどうだろうか、先ほどまで勢いよく動き回っていたオオカミがもがき苦しみ始めたのだ。
「くっさ!!」
その気体を少しだけ吸い込んだリチャードは鼻を抑えてせき込んでしまった。
少しだけ吸い込んだリチャードがこれなのだから、嗅覚の優れたオオカミが嗅いだならばそれは悪臭という名の化学兵器に他ならなかった。
「今のうちにとどめを!!」
倒れたオオカミを放置してゴブリンたちが襲い掛かってくる。
しかしそのゴブリンたちもモロに煙を浴びており、すでに涙目になっているのが見て取れた。
なんとなくいたたまれない空気の中、リヒテルったちは一匹一匹魔物たちを処理していったのだった。
「どうやら向こうはうまく片付いたみたいだね。」
「こっちはこっちで片付いたが……どうする主よ。」
タクマが手に引きずっていたのは一人の男性だった。
黒いフードをかぶり、素性がわからないようにしていたが、さすがにこの領域でこのような格好をしていれば否が応でも目立ってしまう。
それでもこの出立なのは、ある意味彼らの矜持なのかもしれない。
「情報を持ってなかったし、生かしておいてもこっちの行動がばれるから、そのまま処理していいよ。」
「だそうだ、ラーよ。」
「は~い。」
タクマはその男性を片手でひょいと空中に投げ捨てる。
ラーはうまい具合に空中でキャッチするとそのまま体に取り込んでしまった。
徐々にその原型をなくしていく男性を見て、ケントは驚きを隠せなかった。
なぜならば、本来人体にあるはずのない機械部品が現れたからだ。
「人型の機械魔……。だけどきちんと自我をもって行動していた……。これはあまりいい状況ではないね……。俺たちも行動を起こさないといけないみたいだな。」
「だったら早めのほうがいいかもですね。【煉獄・量産機】を国中にばらまいて情報を集めてるけど、どこの対機械魔防壁もガタガタだね。しかも虫型機械魔が着々と作業を進めてる。遅かれ早かれこの国は終わりを迎えるね。」
上空に待機していたタケシは【煉獄】を足場に周囲を警戒していた。
そして逐一送られてくる【煉獄・量産機】の情報をゴーグル型PCを使って処理していた。
「プロメテウス……吾が主神はここでもまた人類に試練を課していくのか……」
「まあ、自称神だがな。」
タクマは深いため息をつきつつも、どこか嬉しそうにしていた。
それはこれから起こる戦乱に心躍らせているかのようだった。
ケントはそんなタクマを横目に、皮肉を漏らしていた。
「じゃあ、俺はいったん彼らと合流する。みんなは各自警戒を続けてくれ。さすがにタクマは目につくだろうから戻って。」
「つまらんの……」
タクマはそういうとモワモワと煙となって消えていく。
残されたタケシはそのまま上空に待機し、周辺警戒を続けていた。
ラーは満足したのか、すでに青い物体に戻っており、小さな宝石状にその形を変えていく。
そしてケントの腕輪の装飾の一部へと変わっていったのだった。
「さて、これからが本番だな……」
ケントの言葉は誰にも聞かれることはなく、ただただ深い森へと消えていったのだった。