第2節 第2話 希望から絶望へ
「リヒテル!!リヒテル!!おいしっかりしろ!!」
リヒテルを抱き抱える両親は、懸命に呼びかける。
それでも息は有るものの、反応が全くないのだ。
目は虚ろとなり、どこか虚空を見つめている。
明らかにおかしい状況だった。
すぐに本部救護班が担架を持ってやってきた。
リヒテルを担架に乗せると、すぐに最寄りの病院に搬送された。
適性診断のイベント自体は、装置の不具合を理由に中断となった。
未診断の子供については別日に開催する旨がアナウンスされていた。
技師たちは懸命に異常を探してみたが、異常は一切認められなかった。
結論としては不慮の事象ということで決着がつけられた。
ピピッ
ピピッ
ピピッ
何かに反応するように電子音がうっすらと聞こえる。
「う、うぅ。」
リヒテルは搬送された病院に収容され、現在はICUで治療を受けていた。
精密検査の結果は良好で、特に何か異常が見付けられるという事は無かった。
診察結果を聞いた両親は心底安堵し、隣の部屋でリヒテルの回復を神に祈る様にして待っていた。
「うぅ、こ、ここは……」
リヒテルが目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
リヒテルは体がうまく動かせず、全くと言っていいほど力が入らなかった。
何とか顔は動かせたので周りを見渡すと、何か良く分からない機械の様な物に囲まれていた。
腕には管が繋がっており、自分が今何処にいるかも分からなかった。
あたりには両親の姿もなく、不安がどんどん押し寄せてきた。
ガラガラガラ
リヒテルが一人不安と戦っていると、リヒテルの病室のドアのがゆっくりと開く音が聞こえてきた。
そしてリヒテルの視界の中にカラカラと音を立ててカートを押してくる女性の姿が映る。
その女性は白衣に身を包んでおり、よく見ると胸元には赤い十字架が掲げられていた。
その胸元の赤い十字架が示す事、それは看護師の職業に就いている証拠だ。
「どうやら目が覚めたみたいね。どこか痛いところとかあるかな?」
不安そうな表情で女性を見つめるリヒテルに対し、女性は心配そうにそう問いかけてきた。
しかしその手は止めず、リヒテルに繋がる管を確認しながら何かを操作していた。
時折手元の時計を見ていたが、リヒテルには何をやっているのかは分からなかった。
「はい、痛いところは有りません……って、そうだ!!看護師のお姉さん!!適性診断は!?僕の結果は!?」
リヒテルは自分が適性診断の途中である事を思い出し、慌てて起き上がろうとする。
しかし体に全く力が入らずに、まともに起き上がる事さえ出来なかった。
起き上がる為についた左手に力が入らず、そのままがくりとバランスを崩してしまった。
リヒテルは自分の身に何が起こったか分からず、さらにパニックの度合いを増していく。
「僕の!!僕の職業は何だったんですか!?」
リヒテルはそれでも諦め切れず、その女性を問いただした。
しかし女性はその答えを知るはずもなく、困った表情を浮かべていた。
女性はそっとリヒテルの頭を撫でながら、優しく声をかける。
「ごめんなさいねリヒテル君。私には分からないわ。でも安心して、適性診断は終わったはずよ。ご両親にでも確認してみたらどうかしら?」
そういうと女性は、胸元から通話機を取り出し、ボタンを何度も押してから誰かと話をしていた。
少しすると、外からバタバタと慌てた足音が聞こえて来る。
「リヒテル!!」
「父さん!!母さん!!」
足音の正体はリヒテルの両親だった。
問答無用とでも言えば良いのか、二人はリヒテルを強く抱きしめていた。
その表情には安堵が見え、母親は涙を流して喜んでいた。
父親もまた、涙を堪えて喜んでいる。
しかしリヒテルの関心は両親の安堵と涙には無かったようだ。
「父さん!!僕の……僕の結果を教えて!!」
リヒテルの言葉に二人の表情が固まってしまった。
おそらくそう聞かれるであろうことは予想出来ていた。
しかし、いざ聞かれると返答に困ってしまった様子が伺える。
その二人の表情を見てリヒテルは不安に駆られた。
とても良くない結果だったのではないかと……
もしかしたら可笑しな結果になってしまったのではないかと……
「リヒテル、気をしっかり持ちなさい。」
父親はリヒテルに強く言い聞かせるように肩を抱いて話し始めた。
リヒテルはそんな父の態度に、一層不安を募らせていった。
「リヒテル……、お前の適性診断の結果はお前の望むものでは無かった様だ……。発現した技能は【器用】。適正は【職業:マスター】というものだった。市役所職員に話を聞いたんだが、今までかつてこのような職業に適性を示したものはいないそうだ。だからこれは推測になると前置きを言われた。おそらくだが酒場の店主という事だろうと。そして発行された証明書には〝狩猟者連合協同組合職員〟および〝酒場店主見習い〟と書かれていたよ。」
父親から手渡された証明書には間違いなく話通りの内容が記載されていた。
父親が恐る恐るリヒテルの表情をのぞき込むと、現実を受け入れられないということがありありと見て取れた。
適性診断で下された結果の記載された証明書は法的拘束力を持ち、その記載内容によってその後の人生が大きく左右される。
しかしながらこれにもいろいろ例外規定も存在している。
7歳の年に受けた診断はあくまで仮のもので、正式にその効力を発揮するのは15歳を迎えた時だ。
それまでは結果に沿って見習い期間とし、学校や職場で経験を積むことが一般的だ。
しかし、その期間中に何らかのきっかけで技能が開花した場合、例外規定としてその技能生かす職業に就くことが許されるのだ。
リヒテルは何も考えられなくなっていた。
これまで夢に描いていた狩猟者になる道が、問答無用で閉ざされた瞬間だった。
むろん狩猟者になるには、それ相応の技能が必要となる。
その一つが戦闘系技能。
これは剣や槍などの物理攻撃系統や、弓矢・重火器などの間接物理攻撃系統が当てはまる。
もう一つが魔法系技能。
これは魔素が世界にあふれた際に発現した、事象改編技能の総称だ。
この魔法系技能には様々なものが存在し、自然節理の改編、肉体の改編、精神の改編など多岐にわたる。
このどちらかが備わっていることが〝唯一の条件〟なのだ。
ただし、このスキルを保持しているからと言って必ず狩猟者にならなくてはならない訳では無い。
それぞれの技能が生かせると判断された職業であれば、申請後自由に就職する事は許可されていた。
リヒテルの場合、発現した技能は【器用】だった。
これはなんでもある程度はこなせるというもので、ごく一般的な技能である。
そのため適性の【職業:マスター】については、マスター=酒場の店主ということで確定してしまったのだ。
リヒテルの頭の中は絶望でいっぱいだった。
戦闘に使える技能さへ発現したらあとは努力と根性でどうにでもしてやると思っていたからだ。
しかし発言した技能は自分が思い描いたものとは違うものだった。
両親はリヒテルに寄り添い、強く強く抱きしめた。
リヒテルが絶望で壊れてしまわぬように。
人のぬくもりがちゃんと伝わるようにと……
病室には一種異様な空気が流れる。
悲しみと絶望と、怒りと憤り、そのほかマイナスの感情が渦巻いていた。
「そろそろいいでしょうか?まだ彼は静養が必要です。今日の面会はこれで終了としますね。」
経緯を見守っていた看護師の女性は、リヒテルの両親にそう告げると点滴の管に何かを注入していた。
するとある意味興奮状態になっていたリヒテルは、穏やかな表情に変わりそのまま眠りについたのだった。
「ごめんなさいリヒテル……」
母親は眠りについたリヒテルにそうつぶやくと、そっとリヒテルをベッドへ降ろしたのだった。
優しく優しくリヒテルの頭を撫でつける母親の目には涙があふれていた。
翌日、病院のベッドからリヒテルの姿が消えていた……