第1節 第2話 ロレンツィオ・ウェイチャン
クーデターの成功後、ロレンツィオは皇帝の右腕としてその手腕を発揮していた。
もとは武門の家の出とはいえ、長兄としてたくさんのことを学んでいた。
そして戦闘の矢面に立つよりも、各分野の勉強をしていることのほうが楽しいと感じるようになっていた。
しかし、長兄として己が家を守るために己を殺し、総隊長という地位まで上り詰めていったのだ。
総隊長として任務に就くにあたり、皇帝から下される命令に辟易としていた。
その命令は、臣民の為ではなく、己の欲望の為に下されるものが多かった。
議会がそれを何とか臣民の為の命令に少しづつ修正し、帝国の体裁を保っていたのだ。
だが、そんな政策など必ず破綻が来る。
立入禁止区域を長いこと押し込めることに成功していた皇帝は、ついにその決断を下したの。
〝対機械魔領域の管理縮小〟というやってはいけない悪手を。
議会からも批判の声が上がった。
しかし、一部の皇帝付き官僚がその声を全て潰してしまったのだ。
確かに帝国が予算として挙げていた対機械魔領域の管理費は尋常ではなかった。
国防予算の約三分の一はその管理費に充てられており、残り予算から防衛隊の維持費や狩猟者連合協同組合への依頼費用が発生していた。
その予算を削ることが出来ればプール金が増えると考えたからだ。
そしてそのプール金は最終的には国庫となり皇帝の懐へ入る。
己の自由になる金目当てに愚行を行おうとした皇帝。
そしてそのおこぼれをもらおうとした愚かな官僚。
その言い分はロレンツィオからしたらあきれてものが言えないものであった。
〝ここまで抑え込んだのだから、問題ない。それに問題が発生したら狩猟者どもを集めて投入すればいいだけのこと。奴らは金さえ払えば依頼を受けるしな〟
国政を預かるものとしてあまりにも愚かな考えであった。
その考えに賛同したものの中に、ロレンツィオの愚弟、リシャースも含まれていた。
リシャースは快楽的なことになると見境がなかった。
何度も諫めてきたが、治る気配は全くなかったのだ。
上に立つ立場になれば少しは変わるかと大隊の隊長へ就任させたが、それでも変わることがなかった。
佐々木 辰之進たち中隊長が何とか纏めてくれていたおかげで、大隊としての体裁を保つことが出来ていたのだ。
そんな困り果てていた時接触を図ってきたのが、狩猟免許証5まで上り詰めた元狩猟者のゴールドラッドだった。
ゴールドラッドは初めからあのような暴挙を起こす人間ではなかった。
当時のゴールドラッドはコツコツと下積みをこなし、地道な努力の末ランク5まで上り詰めたのだ。
当時防衛隊大隊長であったロレンツィオはそんなゴールドラッドを気に入り、何かと目をかけるようになっていた。
だが、ロイド・蒔苗の登場で歯車が狂い始めてきた。
地道に努力を積み重ねたゴールドラッドは当初天才ともてはやされていたが、それを鼻にかけることはなかった。
しかし、ロイドはゴールドラッドの努力をあざ笑うかのようにとんとん拍子にランクを上げた行ったのだ。
そこには確かに本人の努力が必要であった。
しかし外から見える範囲でロイドは努力を見せることはなかった。
後に分かったことだが、ロイドは努力している姿を人に見せることを極端に嫌っていたようであった。
ただ一言〝恥ずかしいだろ?〟というはにかんだ笑顔とともに。
そんなことを知らないゴールドラッドは、ここにきて嫉妬心が芽生えていったのだ。
おそらくこの時からだろう、ゴールドラッドがおかしくなっていったのは。
はじめは少しの苛立ちだった。
徐々にエスカレートし、パーティーメンバーにもあたり散らすようになっていった。
そして最終的には、ロイドを罠に嵌めるという暴挙に出てしまったのだ。
今にして思えば、人が変わったかのように思える。
この時にはすでにゴールドラッドとなっていたのかもしれない。
ロレンツィオはそう思わずにはいられなかった。
それからゴールドラッドは裏で指名手配犯となった。
狩猟者連合協同組合と防衛隊の暗部に狙われてしまったのだ。
目にかけていたゴールドラッドを闇に葬るのは忍びないと考えたロレンツィオは、とある計画を実行した。
それが遺体のすり替えである。
そのためには指揮権を自分で取らなければならなかったロレンツィオは、コネというコネをフルに活用しそれを成し遂げたのだ。
後はタイミングを見計らい、ゴールドラッドを討伐したように見せかけて闇に潜らせたのだった。
改めて接触を図ってきたゴールドラッドは当時よりもさらに闇を濃くしていた印象を受けた。
その笑い顔はどことなく悪意を孕んでいるようにも思えた。
しかし、狩猟者連合協同組合に一泡吹かせたいゴールドラッドとクーデターを画策していたロレンツィオの思惑はくしくも一致してしまったのだ。
それからは計画が一気に加速していく。
そして訪れたスタンビード。
ロレンツィオはこの時始めた自分が掌で踊らされていたことを知ったのだ。
しかし後には引けないという思いもあった。
そんなロレンツィオの後を押したのが、ほかでもないリンリッドであった。
リンリッドとしても、現皇帝には何も期待していなかった。
その息子である第一皇太子の人柄を知るリンリッドは、現皇帝に早急に退場願いたいと思っていたのだ。
ここでもロレンツィオの思惑がリンリッドと一致してしまった。
ロレンツィオはリンリッドの後押しを受け、クーデター計画を発動させた。
ロレンツィオの計画に賛同していた第一皇太子と議会議員とともに、現皇帝を軟禁し政権の奪取に成功したのだ。
この時も第一皇太子と議会との思惑の一致。
事ある毎にロレンツィオの思惑がそのまま通ってしまっていたのだ。
そのことに気が付いたロレンツィオは、誰かが糸を引いている世にしか思えなかったのだ。
今にして思えば、すべてが誰かの筋書きで動いている。
全ての人がそのものの駒なのではないかとさえ思えてしまっていた。
「ロレンツィオ総隊長……いえ、ロレンツィオ総隊長軍務卿。私はあなたを許したくはありません。しかし、あなたが起こしたクーデターによって数多くの臣民が救われたのは事実です。おそらくあなたがクーデターを起こそうとしなくても、このスタンピードはゴールドラッドの手によって引き起こされていたでしょう。被害は今の比ではないほど拡大していたに違いありません。」
苦虫をかみしめたように顔をしかめる辰之進。
正直お礼など言いたくもないといった様子であった。
そんな辰之進をみてロレンツィオは、どこか申し訳なさそうにしていた。
「例は不要だ。それに君に……違うな、民に負担をかけたのは紛れもない事実だ。ならば私はその責を一生背負って生きてゆかねばならないだろうな。」
ロレンツィオから語られる言葉は覚悟に満ちていた。
辰之進はこれ以上文句を言っても何もならないと感じていた。
命を落とした部下に対して申し訳なく思えてしまった。
「それでは軍務卿、私はこれで失礼します。いまだ後始末が山積みですので。」
「そうか……。皆によろしく頼む。」
辰之進は無言で頭を下げると足早にロレンツィオの執務室を後にしたのだった。
辰之進を見送ったロレンツィオはソファーに座りなおすと、深くため息をついていた。
自分の部下を犠牲に街を守った辰之進の心情を考えれば、文句の一つや二つ言いたかっただろうにと。
それを言わなかった辰之進の心の強さを羨ましく思ってしまったのだ。
「そういえば……リシャースはどこへ行ったのだろうな。あの混乱の中姿を消した様だが……。何もなければいいのだがな……」
外は日が落ち始め夕暮れ時を皆に告げていた。
カチカチとなる時計の音が開け放たれた窓から入り込む風の音に飲み込まれていく。
そしてロレンツィオの予感は悪い意味で的中することとなったのだった。




