第7節 第3話 懸念
しばしの静寂の後、危機が去ったことを理解した者たちは、歓喜の声をあげた。
これでひと段落出来ると思うと、誰しもそうなってしまう。
本来であれば、きちんと準備できていれば討伐は問題なかった。
しかし連日の戦闘で疲弊した隊員たちからすれば、ランク4の機械魔襲来など絶望するに安くはなかった。
「作戦終了。総員一時撤退する。すまんが後処理を任せる。」
「はっ!!」
ザックがその場の代表となり防衛隊の指揮を執った。
どうやら通信を聞く限り、各門も何とかこの波を退けることができたようであった。
『みんな朗報だ。補給部隊が帰還した。これでまた一息つける。』
無線を通して聞こえてきた辰之進の声が、若干であるがほっとした様子がうかがえた。
「だとさ。さっさと帰ってゆっくりしようぜ。そのあと交代で後処理班も休憩とってもらわないとな。」
リヒテルの肩を強くたたき歩き出したガルラ。
リヒテルも皆の顔を見やり、一つ頷く。
「リヒテル小隊、これより帰還する。」
「了解。」
「なあ、辰之進。リヒテルのやつは化け物なのか?あれは同じ人間だとは思えない。セーフティーロックが限定的だが全開放されているせいか、歯止めが利かない感じになってるぞ?」
第一大隊大隊長執務室のソファーに腰かけたザックは、どこか疲れた様子で辰之進へ話しかけた。
辰之進も配給手配等の指示を終えて、ひと段落したのかやはり疲れをにじませていた。
「リヒテルは俺から見ても規格外だ。お前から預かった時はまさかここまでだとは思わなかった。」
「あいつはこれからどうなるんだ?」
ザックは胸元から煙草を取り出すと、心を落ち着かせるためか一服を始める。
そして辰之進にも勧めた。
普段はあまり吸わない辰之進だったが、事の時ばかりはすんなりと手が出てしまった。
それほどまでに疲れていたのかもしれない。
二人の沈黙を時計の秒針が色を添えていく。
「これは景虎からの報告書だ。」
辰之進はおもむろに立ち上がると、机から一束の報告書を取り出した。
それを受け取ったザックは何だろうと訝しがりながら読み進めていく。
そしてその内容に驚きを隠せなかった。
「なぁ辰之進。これってまさか……」
「あぁ、リヒテルの魔石の話だ。」
ザックは何度も報告書を読み返し、深いため息をついた。
「これは上に報告をあげたのか?」
「いや、これを知っているのは俺とザックと景虎だけだ。おそらく老師は感づいているはずだ。」
二人の間に沈黙がまたも流れた。
そしてもう一度深いため息をついたザックからはどこか焦りにも似た雰囲気があふれ出てきていた。
「まさに機械魔じゃねぇかよ。」
「そうだな。だが半機械魔とも言えない。おそらく技能習得の影響で本来であれば魔素汚染が起こるはずだったんだ。だがそれがなぜか起こらなかった。いや、起こっていたんだろうが、変化が起こらなかったといったほうがいいのかもしれないな。」
その時パサリと一枚の紙が床に落ちた。
その紙に書かれていたタイトルは……
〝人体の機械魔化及び、その特異事例〟
そこには景虎が診察した際に得た情報が記録されていた。
リヒテルの身体の2割がすでに機械魔化していたのだ。
本人はそれに気が付いてはいない。
見た目としても普通の人種であるからだ。
しかしリヒテルの骨という骨は金属に置き換わっており、臓器も徐々に変質を開始していたのだ。
「景虎が入隊時に診察したときにはそれがなかった。つまり、入隊後にその症状が激しく出てきているという事か……」
「おそらくここ最近のセーフティーレベル5の解放も要因の一つになっていると景虎は推測している。あながち間違いじゃないと考えている。そうでなければあれほどの魔素を扱って平然としているのがおかしい。6つ目の属性を魔弾に付与したらしいじゃないか。あれは到底人間が扱えるものじゃない。同じ魔砲使いだから言えるが、そんな魔素を扱えば、その不快音から精神がくるってしまう。5つ目を付与した時点で俺は音を上げたんだからな。」
その規格外っぷりを説明した辰之進だったが、説明しているだけで頭がおかしくなってしまいそうになる。
その様子を見ていたザックは苦笑いを浮かべるほかなかった。
コンコンコン
そんな二人の空気を入れ替える音が聞こえる。
執務室の扉から聞こえるノックの音。
「たっちゃん、入るわよ?」
「辰之進だ。たく……、入れ。」
カツカツとヒールの音を立てながら、景虎がやってきた。
慣れた様子でザックの前に腰を下ろす。
そしてわざとらしく足を組み替えて見せる。
ザックも慣れたもので、若干見える嫌そうな顔に景虎は不満げであった。
「ほんとザックは面白くないんだから。リヒテル君を見習いなさいよ。」
「ほどほどにしてくれよ。若い奴を毒牙にかけるなよ……」
何か思い出したくない記憶を呼び起こされたのだろうか、ザックは肩を落としていた。
「で、たっちゃん。どうして私を呼んだのはどうして?」
「たっちゃんはやめろと言っているだろうが……。リヒテルのことだ。」
「リヒテル君のことね……。彼を人と呼んでいいのかは私には判断できないわ。ただ言えることは、彼は彼だってことくらいかな?どこまでも腐らずに、曲がらずに、まっすぐ育ってくれている。とってもいい子よ?ただ世界は彼にやさしくはないでしょうね。」
リヒテルを心配してだろうか、景虎の顔に影が落ちる。
笑顔が悲しみに変わり、歯を食いしばっているのがよく分かった。
それから3人はリヒテルについて話し合いを行った。
これまでのこと、これからのこと。
そして3人はこのことをこのままなかったことにすることにしたのだ。
ただし、リンリッドには協力を仰ぎ、問題があれば辰之進たちが解決にあたるということになった。
「おそらく老師はこれも考えていたんだろうな。」
「おそらくな、あの爺さん……って今は若返っちまったか。リンリッドさんの考えている事なんてわからないさ。」
リヒテルがランク4の大型機械魔を撃退してからしばらく機械魔の進行が収まり、つかの間の平穏が訪れた。
その間も避難民の流入は続き、帝都にはバラックが次々に出来上がる。
そのたびに治安の悪化が懸念され、狩猟者連合協同組合や防衛隊は対応に当たる必要があった。
むしろ機械魔が現れたほうが治安が良かったとさえ思えるほどに。
その間にも新皇帝の国の掌握は進み、ついには議会も抑えることに成功したのだ。
晴れてロレンツィオのクーデターは成功を収めたのだった。
それにより政策も滞りなく進み、治安の回復が一定レベルまで回復することができたのだった。
しかし街中にはいまだバラックが点在しており、物乞いや盗難・窃盗が多発していた。
いまだリヒテルたち防衛隊と狩猟者連合協同組合が協力して治安維持活動を行っていた。
そんなバラックが立ち並ぶ中、一人の男性がふらふらとバラックの中で歩みを進めていた。
来ているの物の素材はいいがすでに擦り切れ、汚れが目立つ。
細身であるが切るものは大柄だったようで、だぼだぼだった。
黒のフードを目深にかぶってはいたが、その中から見えるギラリとした瞳に恐怖を覚えたのか、道行く者たちが軽い悲鳴を上げて道を譲っていた。
「兄上……なぜ貴様だけがいい思いをしているんだ……。俺を追い出しておきながら……。あぁ、やっぱり世界は汚らしいなぁ~。あぁ、プロメテウス様……やはりあなたは間違っていない……。俺が……俺がこの国を終わらせる……。兄上……楽しんでくださいね……。」
バラックの壁を背にへたり込むと、その男性は何かをつぶやき始めた。
そして胸元から取り出したのは、怪しく銀色に光る杯であった。
「神よ……。我に力を……。この世界を浄化してください!!」
最後の力を振り絞ったのか男性は天高くその杯を掲げる。
そしてそれが引き金となり、未曽有の災害となったのだった。




