第3節 第4話 三首の守護者《ケルベロス》ゴールドラッド
「お前は何もんだ?」
辰之進の魔砲の照準は既にその先頭の人物を捉えていた。
すぐさま放てるように準備は完了していた。
「なにをそんなに熱くつなっているんだ?俺のペットが壊れたんだから、怒りを露わにするのは俺のほうだろう?」
皮肉るように嘲笑いながら、フードの男は話を続ける。
口元のみ見え隠れするが、その口元はニヤニヤと笑いをこらえている、そういった感じが受け取れた。
何も警戒などしていないとばかりに、その黒いフードの一団はゆっくりとした足取りでリヒテルたちへと近づいてくる。
あまりの警戒感の無さにリヒテルは不気味さを感じていた。
「ん?おぉ、見知った顔がいるじゃねぇか。久しぶりだな、クリストフ。」
「誰じゃ貴様……」
一団の中から小柄な人物が前に出てきた。
クリストフを見るや懐かしそうにそう話しかけてきた。
クリストフは何か嫌な予感がしていた。
自分を知る人物。
そしてその背格好。
まさにクリストフそっくりだったのだ。
「誰じゃとは連れないなぁ……血を分けた兄弟じゃねぇかよ。」
「兄者か!!」
血相をかけて叫ぶクリストフ。
その表情には怒りがにじんでいた。
殺気が漲り、その男へと向けるのだった。
「アゼリエス、そのくらいにしてやれ。お前の弟が血管キレて倒れちまうぞ?」
「そうじゃったそうじゃった。クリストフ、後で話をしようじゃないか。両親の話をな。」
「貴様が親父たちを語るな!!」
クリストフは頭髪を逆立てながら、己の血が沸騰していくのを感じていた。
あまりの怒気にリヒテルは驚きを隠せずにいた。
その怒りたるや尋常ではなかったのだ。
今にも飛び出しそうなクリストフを辰之進が制止する。
明らかに挑発だと感じたからだ。
「おちつけクリストフ。今突っ込むのは得策じゃない。だろ?」
ぎろりとアゼリエスをにらみつける辰之進。
ゲラゲラと笑い始めたアゼリエス。
「なんぞそこの若造のほうがわかってるじゃないか。全くつまらんなぁ……。」
「で、いったいお前たちは何を企んでいる。」
一通り笑い終えたアゼリエスは、さらに挑発を続けるも辰之進は取り合う気はなかった。
先頭を歩く男に視線を移していた。
アゼリエスはこれ以上は意味がないと分かったのかフンと鼻で笑うと、そのまま下がってしまった。
そして辰之進から話を振られた男は、フムと考え込むそぶりを見せる。
それもわざとらしく顎に手を当てて。
そしてポンと一つ手をたたくと、にやりと笑い話し始めた。
「そうだな……。お前たちが優秀であることは理解した。ならば伝えようではないか!!」
これまたわざとらしく、仰々しい身振り手振りで会話を続ける。
「今ここに地獄の番犬が護りし地獄の門を開け放とうではないか!!」
その宣言と同時に、後方に控えていた人物が辰之進たちとの間に何かを投げ入れた。
それは数個ではなく、見た目数十個はありそうであった。
きらきらと光るそれはまさに魔石である。
いったい何がと不思議がる隊員をよそに、リヒテルたちは理解した。
リンリッドが発見した秘匿技術の機械魔製造を発動させたのだと。
地面に落下した魔石は一瞬にして砕け散った。
そして空気中に漂う魔素がゆらりゆらりと漂い始める。
危険を察知したリヒテルは自身の魔砲を最大出力で発動させる。
周囲に不快音がばらまかれる。
辰之進は自分では体験していない領域の不快音にその表情をしかめた。
黒フードの集団にも不快を示すものがいたことを辰之進は見逃さなかった。
リヒテルは準備が出来次第即時発動させる。
「これはこれは面白い!!実に面白い!!まさかこのような方法で防がれるとは!!」
フードの男は手をたたいて楽しんでいた。
自分が想定していないことに直面し、楽しくて仕方がないといった様子であった。
「実に興味深いな……。本当に興味深い……。」
一転してリヒテルに向ける嘗め回すような視線。
その気持ち悪さにリヒテルは寒気すら感じていた。
リヒテルを庇う様に辰之進が前に出ると、今一度自分の魔砲をフードの男へと向けた。
「で、貴様らは何を企む!!」
「企むも何も……復讐だ。世界に対する復讐だ!!」
絶叫とともにフードを取り払った男。
辰之進たちはその顔に見覚えがあった。
しかし、ありえないと……
「貴様は……三首の守護者のゴールドラッドか?!」
「おや?何を驚く?俺は地獄の番犬だぞ?俺が死ぬわけがないだろ?」
驚きのあまり照準を外してしまう辰之進。
それを狙ってか、フードの集団から一筋の閃光が解き放たれる。
辰之進が気が付いた時にはすでに弾丸が解き放たれた後であった。
ガギン!!
甲高い金属の衝撃音があたりに響く。
「しっかりしろ中隊長!!」
間一髪で反応していたのはリチャードだった。
その対応力の高さによって防ぐことに成功したのだ。
「助かった。ありがとうリチャード。」
「俺はこの中隊の楯だ。だから気にするな中隊長。」
そんなやり取りになめ切った態度を崩さないゴールドラッド。
リヒテルはまだ嫌な予感がぬぐえずにいた。
体中にまとわりつく嫌な何かがそれを強調していく。
「さて、顔合わせも済んだことだ。そろそろ本題といこう。」
もったいぶったかのような態度にイラつきを隠せない面々をしり目に、ゴールドラッドは大げさな態度で高らかに宣言する。
「我が名はゴールドラッド!!三首の守護者がリーダーのゴールドラッドだ!!今ここに世界へと宣戦布告する!!地獄の番犬が地獄の門を開け放とうぞ!!」
ゴールドラッドは手にした杯を天へと掲げる。
どこからともなく現れた雫が天より杯へと滴り落ちる。
止まることを知らない雫は、杯から溢れ出し大地へ流れ出す。
そのどす黒い赤い液体は大地にしみ込んでいった。
「なにをした!?」
「見てわからないか?神より授かりし聖杯によって聖水が世界を満たす!!」
ドクリドクリと何かが胎動するように地面が脈打つ。
実際にはそのような現象は発生していない。
しかし、その場にいた全員が確かに感じたのだ。
禍々しい何かが動き出したと。
「さぁ、始まりの時だ!!地獄の門が今開かれん!!」
ゴールドラッドは聖杯にたまった液体を一気に煽り飲む。
すべてを飲み終えたゴールドラッドはその杯を地面へと叩きつけた。
パリンと音お立てて砕け散る聖杯。
そして次第に変化が訪れる。
突然苦しみだしたゴールドラッドにリヒテルたちは何が起こったかと注意深く観察する。
息も絶え絶え、立っているのもやっとという様に見えた。
そして変化は突如として終わりを告げる。
「悪くない……。やっと顕現できたというものだ。」
「どういうことだ!!」
ゴールドラッドは何か不思議なことでも言われたかのようにきょとんとしていた。
そして一つ思いついたとでも言わんばかりに突然けらけらと笑い始めた。
「すまんすまん。我が名はプロメテウス。神にして創造神の代理だ。この世界を面白おかしくするためにこうして顕現したまでだ。」
どこからともなく取り出した杖を上空に構えると、何かを唱え始めた。
その言語はリヒテルたちには理解不能であった。
すべてを唱え終えたプロメテウスは杖に魔力を流し込んだ。
するとどうだろうか地面がもこもこと動き始めたのだ。
先ほどまでとは違い本当に変化が起こっている。
そして大地から何かがせり出してくる。
それは見まごうことなき魔石であった。
それもかなり純度の高い。
おそらくランク3以上はありそうなものだ。
そして嫌な予感しかしないことにリヒテルは焦りを覚える。
辰之進たちも一緒であった。
「さぁ、再誕せよ。我が眷属たちよ!!過去の亡霊たちよ!!汝らが世界の覇者とならん!!」




