第3節 第2話 セーフティーレベル5解放
「LT時代には携帯用対戦車無反動砲って言われてたものらしいですよ。」
その筒状の物を手にしたリヒテルは緊張した面持ちはなく、むしろ落ち着いて見えた。
覚悟が決まった。
そう見えなくもなかった。
「で、その魔砲でどうしようっていうんだ?」
アドリアーノの質問は当然のことだった。
残ってみたものの、打つ手なしというのがアドリアーノの意見だ。
中隊で狩猟する【イレギュラー】に対して、一人で相手取ると宣言したのだから、何かしらの対策があるのだと思うのが普通である。
「何するも変わりませんよ。やることは一緒ですから。今はセーフティーレベル5まで解除しましたからね。魔弾も最終層まで使えます。それと並行して、【武装属性付与】も発動させますので、これでダメなら俺達には何もできませんよ。」
肩を竦めながらリヒテルはおちゃらけて見せた。
しかしよく見ると、身体がところどころ震えている。
怖くないはずはなかった。
今まで戦ったことのない大型種。
下手をすればランク4オーバーは、いわばリヒテルにとっては化け物クラスなのだから。
「じゃあ隊長。下がっててもらえますか。」
そういうとリヒテルは携帯用対戦車無反動砲型魔砲を肩に担ぐと、照準を大型機械魔へ合わせる。
「ターゲットを補足……ロック完了。」
リヒテルの耳に射撃管制補助装置からいつもの機械音声が聞こえてくる。
———第一層 属性指定……追尾を選択……了承しました———
———第二層 属性指定……拡散を選択……了承しました———
———第三層 属性指定……粘着を選択……了承しました———
———第四層 属性指定……電撃を選択……了承しました———
———最終層 属性指定……爆発を選択……了承しました———
リヒテルは立て続けに属性を選択していく。
すべての属性を指定終えると、携帯用対戦車無反動砲の先端に円環が移動し、魔砲陣を形成していく。
それはこれまでリヒテルが使用してきた魔砲陣よりもさらに長いものだった。
———魔砲陣展開完了……発射条件クリア……スタンバイ———
「【武装属性付与】……【消音】。」
「さぁ、デカブツ……。一発喰らいやがれ!!」
かちりと引き金を引くと、ドオンと激しい爆発音が魔砲から放たれたように見えた。
しかしアドリアーノには不思議な光景が目に飛び込んできた。
確かに衝撃波のようなものは感じた。
だがそれに伴った音が全くに超えなかったのだ。
光の帯と化した魔弾は視線で追う事叶わず、すでに先へ先へと進んでいく。
ぎりぎりの所で危険を察知したのか、機械魔は回避行動に移る。
前方に見える光の帯が避ける先避ける先へと襲い掛かる。
そしてさらにその光の帯は、10、20と分裂を始める。
太い光の帯から細い糸へと姿を変える。
その一つ一つはさしたる恐怖を与えなかった。
それが機械魔の油断であった。
一瞬抱いた恐怖が機械魔のプライドを傷つけたのだろうか。
恐怖を抱いた恥辱が昇華され、リヒテルへの怒りへと変わる。
GYOGYAGOGA~~~~~~~~~~~~~~!!
怒れる機械魔は突進を開始する。
先ほどまでの威厳すら感じさせる足取りはどこへ行ったことか。
大型魔獣をベースとした機械魔がその四本の足で地面を蹴り駆け出す。
この時機械魔は気が付いていなかった。
先ほどの光の糸がどうなっていたのかということを。
光の糸自体にはダメージは皆無だった。
しかしべたりと機械魔の躯体へと張り付いた。
表面を覆う擬態種の粘膜がブルリと震えながら、機械魔は加速をやめなかった。
次の瞬間機械魔に張り付いた魔弾が猛威を振るったのだ。
バリバリ音を響かせながら、電撃を放射する。
第4層に付与した電撃が発動したのだ。
さらに張り付いたほかの魔弾の粘着物とどんどん連携してさらなる大きな電撃へと変わっていく。
その電撃のせいで機械魔は身動きが全く取れずにいた。
擬態種の核となる躯体が電撃で誤作動を起こしたようだった。
表面を覆っている粘膜状の身体が電撃に耐え切れずバラバラと崩れていく。
ドコォ~~~~ン!!
最後のダメ押しとばかりに最終層の属性が発動した。
連鎖爆発を起こした魔弾がその爆発規模を膨れ上がらせる。
ついには機械魔全体を覆うほどの爆発となったのだ。
そのあまりの威力にアドリアーノは声すら出なかった。
まざまざと封印される理由を見る羽目になってしまったのだから。
リヒテルもまた驚きを隠せなかった。
これほどまでの威力が出るとは思ってもみなかったからだ。
先ほどまで手にしていた魔砲はその威力の代償としてさらさらと形を失う。
チリチリと焼けこげる匂いが離れた場所にいたはずのリヒテルたちのもとへと到達した。
前方ではいまだ土煙が晴れず、機械魔の状況が確認できずにいた。
もしこれで機械魔が耐えきった場合、リヒテルたちに太刀打ちできる戦力は残されていなかった。
手と背に汗を感じながら、視線の先の土煙が晴れる様子を注視する。
そこにはうずくまるようにして耐えきった機械魔の姿があった。
表面を覆っていたはずの擬態種はすでに首元のみを残して朽ちており、素体であろう大型種の躯体があらわになっていた。
ヒョウガの頭部をぎりぎり支えている程度の擬態種と、陰に隠れていた寄生種もその姿を現していた。
「くそ!!あれだけやってもダメか。リヒテル全力で後退する!!」
「はい!!」
これ以上ここに留まるのは得策ではないと判断したアドリアーノは、一目散にその場を離脱した。
せめて機械魔が行動を開始する前に距離を取りたいと考えたのだ。
しかし世の中そんなには甘いものではなかった。
すぐさま傷ついた身体を起こし、機械魔は先ほど攻撃を仕掛けたものをその視界にとらえた。
苦々しいと思っているかリヒテルには分らなかった。
しかしその殺気が自分に向けられていることは背に感じるプレッシャーが十二分に伝えてきた。
「リヒテルもうすぐだ!!」
「はい!!」
出口まで残り10km。
リヒテルたちの足ならば10分はかからない距離だ。
しかしその10分がやたらと長く感じてしまった。
迫りくる機械魔。
すでに距離は先ほどの半分ほどまで迫っていた。
「くそったれが!!なんであいつあんなにはえぇんだよ!!」
「ん?アドリアーノさんしゃがんで!!」
愚痴るアドリアーノにリヒテルは慌てて声をかけた。
するとどうだろうか、ヒュンという風切り音とともに何かがアドリアーノの頭上を掠めていった。
カン!!
軽い金属音が聞こえてきたあと、一拍おいて激しい爆発音があたりを包み込んだ。
何事かと思い、リヒテルが後ろを振り向くと、先ほどまで追いかけてきていた機械魔の胴体が燃え上がっていたのだ。
その状況を理解できないリヒテルは走ることをやめてしまった。
アドリアーノも同じで何が起こったのかわからずにいた。
「隊長!!」
「エイミー?!」
姿を現したのは退避したはずのエイミーだった。
その手にはすでに次の矢が番えられており、すぐにでも発射できる状況になっていた。
「アドリアーノ、命令違反だぞ!!」
「佐々木中隊長、なぜここに!?」
さらにその奥から辰之進率いる第1中隊の面々が姿を現した。
手には各々の武器を携えて。
「隊長、間に合ってよかった。リヒテル君もありがとう。おかげでこうして中隊を連れてこれたよ。」
真剣な面持ちだがどこかおどけた口調でリヒテルに声をかけるエイミー。
そしてさらに一射。
空をかける矢は寸分たがわず擬態種の躯体へと到達する。
やはり先ほどと同じ爆発音が聞こえてきた。
リヒテルは先ほどの爆発音もエイミーによるものだと理解することができた。
「アドリアーノ。懲戒はこの戦闘の後だ。さっさと片付けるぞ。」
すると辰之進はいつの間にかライフル型魔砲を手にしていた。
いつ見ても不思議な光景だとアドリアーノは感じていた。
リヒテル然、魔砲使いはいつの間にかその手に武器を携えているのだから。
しかし同じ魔砲使いであるリヒテルはその精度に驚きを禁じ得なかった。
同じく魔砲使い特有の世界へと至れるとしても、魔砲の完成度については話は別であった。
「やっぱり佐々木中隊長はすごいや……」
それがリヒテルの紛れもない感想であった。




