第1節 第4話 第一小隊隊員
「うるさいよ、筋肉だるま!!」
リヒテルでひとしきり遊んでいたエイミーに、別な一人の男性が声をかけてきた。
その男性もまた身体的特徴が色濃く表れていた。
身長はおおよそ150cmは無く、エイミーが〝筋肉だるま〟といったように全身鋼のような筋肉の鎧で覆われていた。
そして驚くことにその背に背負う武器は、その男性の身長と同等くらいの戦斧であった。
両刃の戦斧は明らかに人間が扱うには無理がありそうであった。
リヒテルも興味本位で一度持たせてもらったが、地面に置いて何とか支えるのが限界であった。
そんな超重量の武器を軽々と振って見せたのがこの男性だ。
「筋肉だるまとは失礼な。儂にはクリストフ・デル・ロドリゲスという立派な名前があるわ!!」
「筋肉だるまに筋肉だるまと言って何が悪い。」
「なにおぉ~~~~!!」
なぜこれで連携がなされるかといつも疑問に思うリヒテルだったが、ひとたび戦闘となれば二人の息はぴったりであった。
エイミーの正確無比な射撃センス。
クリストフの豪快な一撃。
お互いの視覚のすきをカバーしあうような位置取り。
長年組んできたからこそできることである。
「二人ともやめないか。」
二人とはやや対照的などこか落ち着いた声が聞こえてくる。
その声に反応した二人はいがみ合うも背を向けあいそっぽを向いてしまった。
それを見た男性は深い溜息をついていた。
彼の名はアレックス・バリー・モーガン。
この第一小隊唯一の回復職である。
彼が手にした技能【手当】は当初全く役に立たないと言われていた。
その名の通り、アレックスが触れた傷を治癒するものだった。
つまり触らなければ回復すら出来ないものだった。
しかもその回復力はさほど高いものではなく、期待された効果も実証出来ずにいた。
そもそもアレックスの実家は名門の医家であり、技能【診察】や【解析】といった医療に役立つ技能が望まれていた。
しかし、長男である彼に与えられたのは【手当】。
傷の治療以外出来ないとまで揶揄されたほどだ。
モーガン家もそんな彼を疎ましく思い、ついには勘当同然で家を追い出したのだ。
そんなアレックスを拾い上げたのは他でもないロイドであった。
ちょうどロイドもパーティーメンバーを募集しており、狩猟者連合協同組合で燻っていたアレックスに声をかけたのだ。
帝都でも役立たずと噂になっていたアレックスと組もうとするものはおらず、戦闘能力に欠けるアレックスはランク1の立入禁止区域ですら苦戦する始末であった。
しかしロイドはそんな彼を仲間に引き入れた。
のちにアレックスがロイドから聞き題した話では、アレックスが必要だと思ったからだとあっけらかんと答えていた。
「すまないねリヒテル。彼らも悪気はないんだが……。こら、やめないか。」
アレックスのすきをついていがみ合う二人を強制的に引きはがすアレックス。
きっとこの人は気苦労が耐え無い苦労人なんだろうなとリヒテルは感じていた。
「あの3人、いいだろ?」
「そうですね。なんていうか息が合うっていうか……。あの3人ならどんな時でも乗り越えていくって思えます。」
リヒテルの答えを聞いて少し嬉しそうにしていたアドリアーノの表情は、少しだけ綻んでいた。
そんなアドリアーノを見てリヒテルはパーティーっていいなと改めて思っていたのだった。
「そろそろ出発するぞ。」
しばしの休憩を終え、アドリアーノの掛け声にメンバーたちが動き出す。
表情を見る限り、リチャードも持ち直していることを確信したアドリアーノは周辺の捜索を再開することにした。
散らばった補給品や遺留品、遺体を確認するも明らかに数が少なすぎたのだ。
普通に考えれば持ち去られた可能性が高く感じられた。
リヒテルもまた嫌な予感を感じていた。
リンリッドからさんざん口酸っぱく言われていたことは、〝嫌な予感に逆らうな〟だった。
文字通りの意味合いで、〝嫌な予感〟は人間に与えられた危険センサーだというのがリンリッドの考えであった。
休憩中にもアドリアーノにその話はしており、アドリアーノも同じ思いを抱いていたようだった。
それからしばらく、襲撃地点より半径5kmを目安に捜索を続けた。
足取りを追えるものは機械魔がなぎ倒していった地面の跡くらいであったが、補給部隊の痕跡が見当たらないのだ。
アドリアーノが不安視していたのは、無線のやり取りで聞こえた【イレギュラー】種の存在だった。
先ほど戦った機械魔は【擬態】種ではあったが、【イレギュラー】種だとは思えなかったのだ。
「アドリアーノ……なんかやばい気がする。」
「エイミーもか……」
先行偵察を行っていたエイミーが慌てて戻ってきた。
その表情に余裕はなく、むしろ焦りの色が色濃くにじんでいた。
二人は顔を見合わせ頷き合うと、アドリアーノは小隊に行動中止の指示を出す。
それに合わせてリヒテルたちはアドリアーノのもとへ集合したのだった。
「これから密集形態で探索を行う。おそらく近くに機械魔がいる可能性が高い。しかも強敵の。心してかかれ。」
「アドリアーノさん……」
「気を抜くなよリヒテル。」
皆のいつもと違う真剣な表情にリヒテルは気後れをしてしまった。
それに気が付いたアドリアーノは真剣な面持ちを一転させて屈託のない笑顔で2度3度とリヒテルの頭をポンポンと叩いたのだった。
子供扱いされた気になったリヒテルは少し不満げな表情を浮かべるも、アドリアーノの気遣いであることは理解していたようで、すぐに気持ちを切り替えていく。
何かじりじりとした、一種異様な空気が周囲に充満していた。
リヒテルはのどの渇きを覚えるも、唾を飲み込むことさえ出来なかった。
「隊長……こいつはやばいぞ。」
「あぁ……。リチャード、すぐに防御態勢に入れるように準備してくれ。リヒテルも魔砲の準備を。できれば牽制重視で頼む。」
冷たい汗が頬に流れるのを感じたクリストフは、手にした戦斧をギチリと音がするほど強く握りなおす。
それだけで並々ならぬ緊張度合いが伝わってくる。
歴戦のクリストフですらのその空気にのまれかけていた。
ガサガサガサ
ガサガサガサ
ガサ!!
突如後方の藪の中から誰かが走り出してきた。
「た、た、助けてくれ!!」
「ライガ?!」
飛び出してきたのは20代後半の獣人の男性であった。
その姿を見てエイミーはとっさに声を上げてしまった。
ライガと呼ばれた青年はおおよそ180cmくらいの細身の筋肉質の肉体だった。
身体的特徴としてはワーウルフとでも呼んでも差し支えないだろうか。
全身を銀色の毛に覆われており、その後ろにはピンと逆立った特徴的なしっぽが見える。
リヒテルもライガとは面識があり、補給部隊の護衛を担っているのを知っていた。
しかし、ライガは全身傷だらけで、そのきれいな銀色の毛皮が真っ赤に染まっていた。
「ライガ!!何があった?!おいアレックスすぐに処置を!!」
「あぁ!!」
アドリアーノはライガの怪我に慌てたのか、すぐにアレックスに指示を飛ばす。
アレックスも即応し、ライガの傷に手を触れようとした時だった。
「離れろ!!」
大楯を構えたリチャードが突然飛び掛かる。
慌てたアレックスとアドリアーノはすぐに飛びのくも、怪我のせいで満足に動けなかったライガはその突進をもろに食らってしまった。
「ぐはっ!!」
ゴロゴロと激しく転がり、数メートルほど転がると、大木の幹に激突し苦しそうにもがいていた。
「リチャード!!」
慌てたのはエイミーだった。
すぐに弓矢を構えなおし、その矢じりをリチャードに向けた。
しかしリチャードは警戒を解くことはしなかった。
「いてーじゃねーかリチャード……」
いまだ大木の根元でうずくまるライガをエイミーは心配そうに見つめるのだった。