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第4節 第2話 佐々木家

「で?俺に用ってなんだ。」


 ドカリとソファーに腰を下ろすと、おもむろに足を机に放り投げた。

 ザックは佐々木の態度に少しだけ呆れを滲ませるも、いつものことだといわんばかりにため息をついた。


「大隊長に見られたらどやされるぞ?」

「はん。あんな油豚に何ができる?コネと金と女にしか興味ないクズだぞ?それにな、俺たちがまとめてなかったらこの場所だって総崩れ確定だ。あいつだってなんも言えねぇよ。」


 自分の上司を小ばかにしたような態度を見せる佐々木は、隊服の胸ポケットにしまっていた煙草を取り出しプカリと一服を始めた。

 さっきまでの威圧感は鳴りを潜めたが、いまだに隙らしい隙は全く無かった。

 それこそが隊長であるといわんばかりである。


「そうだ、辰之進。今日からこいつを預かってくれないか?リンリッドさんの頼みだ。」


 机の上の一通の封筒を佐々木に渡すと、ザックもまた煙草に手を伸ばした。

 一瞬香る煙草の燃えるにおいに、いまだ慣れないリヒテルは顔を顰めていた。

 パラリパラリと手紙をめくる音が応接間に響く。

 何度も読み返す佐々木は、そのつと驚きを見せ、何度もリヒテルと手紙に視線を移した。

 そしてばさりと手紙をテーブルに落とすと、目の周りをもみほぐしだした。

 その表情は疲れと困惑と諦めといろいろな感情が入り混じっていた。


「なぁ、ザック。一回あの人絞めたほうがいいんじゃねぇ~か?」

「出来たらやってる……」

「だよな……」


 二人は顔を見合わせてため息をついていた。

 しばしの間沈黙が流れる。

 カチりカチリと時計の針の音だけが応接間に流れる。

 二人がどう考えていたのかはリヒテルには分らなかった。

 ただ、二人のその様子に、リンリッドがここでも自由人をしていたのだと改めて理解させられたのだった。


「で、改めて俺に用ってなんだ?」

「こいつを引き取ってもらいたい。あいにくこいつに指導できる奴が俺たちの隊にはいないからな。お前が適任だと思ったんだ。」


 ザックの軽い話し方に少しイラっとしたのか、佐々木の態度が少しだけ雑になった気がしたのは気のせいではないだろう。

 リヒテルに向き直ると改めて品定めをするかのように全身をくまなく見まわしていた。


「お前がリヒテルだな?」

「はい、リヒテル・蒔苗です。」


 改めて確認するまでもなくわかっていたが、佐々木はあえてそう質問をした。

 リヒテルは佐々木から醸し出された威圧感に、少しだけひるむも何とかこらえて見せた。

 その様子を何か確信めいた表情で見つめるザック。

 またも無言の時間が流れるのだった。


 それからしばし無言の時間が続くと、ふむと言葉にならない言葉を発した佐々木はおもむろに立ち上がると、リヒテルに握手を求めてきた。


「改めて自己紹介だ。帝都防衛隊第1大隊第1中隊隊長の佐々木(ささき) 辰之進(たつのしん)だ。期待している。」

「よろしくお願いします。」


 リヒテルは佐々木の手を取ると、驚きを隠せなかった。

 その背丈や体格からは想像できないほどの修練を重ねたような手だったからである。

 ごつごつとした岩のような手のひらに、無数に見える傷跡。

 それがどれだけ過酷な修練だったのか否が応でも理解させられたのだった。

 それもありリヒテルは期待感からかにやりと笑みがこぼれてしまった。

 それを見た佐々木は訝し気にしていた。


「気持ち悪い奴だな。男の手を握ってにやつくなんてな。俺はそっちのけはないぞ?」

「違います!!」


 若干その身体を引き気味にしていた佐々木に、リヒテルは慌てて否定するも、なぜが誤解が解けそうにないと思ってしまったのだった。


「辰之進、そのくらいにしてやれよ。じゃあ、リヒテル。俺はこれで失礼するよ。」


 ソファーをゆっくり立ち上がると、ザックは二人の肩をトンとたたきつつ部屋を後にしたのだった。

 残された二人にはなんだかよくわからない空気が流れていた。




「取り合えずメンバーを紹介する。と言っても人数はそれほど多くはない。おおよそ人数は30名。6名一組の5小隊が所属している。基本的には3小隊が詰めて残り2小隊が休暇だ。緊急時は問答無用で招集がかかる。ここまでで質問は?」


 リヒテルと佐々木は【帝都防衛隊駐留所】内の隊舎の廊下を歩いていた。

 いくつもの部屋や修練場があり、コンクリート造りの建物が傷だらけの様子から、ここも昔の戦場になったであろうことが見て取れた。

 佐々木の話を聞きつつキョロキョロとあたりを見回していると、突然何かにぶつかってしまった。


「きゃ!!」

「うわっ?!」


 ぶつかる瞬間にとても甘くて軽やかな香りがリヒテルの鼻孔をくすぐった。

 次に感じたのは柔らかな手に伝わる感触だった。

 後頭部を強くぶつけてしまい、いまだ目を開けられずにいた。

 そして最後に感じたのは重く何かがのしかかる重量感だった。


「あいたたたぁ……って、どこ触ってるのよ!!」


 バチンと激しい破裂音が隊舎の廊下に響き渡った。

 リヒテルはいきなり左のほほに衝撃が走り、ついには意識を失うまでに至っていた。


「あ、あれ?ちょっと……だいじょうぶ……」

「メイリン……またお前か……」

「タイチョウ~~~~~~どうしよう……。ねえ、起きてよ、ねえってば!!」


 メイリンと呼ばれた少女は慌ててリヒテルを介抱するも時すでに遅し。

 リヒテルは目を覚ますことはなかったのだった。




「あれ……?ここは……?」


 リヒテルが見たのは見たことのない場所の天井であった。

 周囲はカーテンでおおわれており、自分がベッドに横たわっていることは理解できた。

 しかし、なぜそうなったかがはっきりとはわからなかった。

 カーテンの外からは誰かの話し声が聞こえてくる。

 リヒテルはのそりのそりと体を起こし、いまだはっきりとしない頭を振り意識を覚醒させる。


「あのすいません。」

「はいは~い。今行きますよ。」


 返事とともにカツカツとヒール音を響かせながら、誰かが近づいてくる気配がした。

 リヒテルは視線をそちらに向けると、カーテン越しに見えた影が女性であることを知らしめていた。

 シャッっという音とともに開け放たれたカーテン。

 そこから見えた女性はいかにも女医であるかのように、こなれた感じで白の白衣を着こなしていた。

 その間から見えるくびれに目が行き、その次にそこから延びる足へと視線が下がる。

 するとどうだろうか、くすくすと笑い声が聞こえてくる。

 リヒテルははっと我に返り、とても恥ずかしい思いをしていた。

 その笑い声に顔を向けると、きりっとしたメガネが似合う女性の顔があった。


「君も男の子なんだね。今度お姉さんと一緒にしてみる?」

「あ、え、えっと……」


 女性はベッドに腰掛けると、グイっとリヒテルの顔に自身の顔を近づける。

 ふわりと鼻孔をくすぐる香りは花束を連想させる。

 そのあとに訪れるすっきりとした後を引かない残り香が大人の女性をリヒテルに印象付けた。

 女性の行動に戸惑うリヒテルをよそに、またもくすくすと笑いだす女性。

 その笑顔をまじかで見たリヒテルは、自身の顔が赤く染まっていくのを感じていた。

 今までにない羞恥心が自分の感情をグラグラと揺さぶっていく。

 何を考えていいかもわからないほどリヒテルは混乱してしまっていた。


「初心な子は好きよ?それとその調子なら大丈夫そうね?」


 女性が視線を下げると、リヒテルはさらに羞恥心で死にそうになった。

 生理現象だとは言え、初対面の女性に見せるような状況ではなかったのだ。


「そうそう、佐々木隊長が呼んでたわよ?」


 我関せずとばかりに現実に引き戻す女性に、一瞬殺意を覚えたリヒテルは気を取り直してベッドから立ち上がったのだった。

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