第1節 第2話 差
狩猟者連合協同組合へ戻ったリヒテルは、早速ラックアップの試験を受ける為の手続きをすることにした。
手続きは特に難しい事は無く、依頼をこなす度にポイントがたまり、試験を受けられるというものだ。
ランク1~3についてはポイントが溜まれば随時試験を受けることが出来る。
しかし、ランク4と5については年に2回だけの試験日が設けられている。
これはランクアップ試験には試験官が付くのだが、ランク4と5についてはその試験官に限りがある為に制限が付いているのだ。
「と言う訳でリヒテル君、君への試験なんだけど……。正直困っているんだよ。リンリッドさんに鍛えられた君ならランク2なんて楽勝過ぎるでしょうし……。かと言って無理な課題にしても意味が無いからね。というわけで立入禁止区域ランク2の討伐試験ですが、試験官が決まり次第開始します。基本的には数人で受ける試験ですが、君なら問題無いでしょう。内容が決まり次第報告しますので、それまでは立入禁止区域ランク1で調整時間です。」
「わかりました。では連絡をお待ちしています。」
説明を聞き終えたリヒテルは会議室を後にして狩猟者連合協同組合ホールへと向かった。
待っているか分からなかったガルラを探してみたが、案の定ホールにはいなかった。
そしてふと、【Survive】に目を向けると、すでに出来上がっているガルラの姿があったのだ。
同席していたリンリッドもその姿に呆れており、店長のマリアも心配そうに水を差しだしていた。
「お待たせしました。って状況じゃなさそうですね。」
「おそかったのぉ~。こ奴既に撃沈しておるぞ?」
「みたいですね。」
リヒテルはガルラの姿に苦笑いを浮かべると、マリアにコーヒーを頼んでいた。
さすがに酒を飲む気分にはなれず、かといって何も頼まないのもという気分からだった。
「あれだけ動きまわった後じゃぁ~、そりゃ酔いがまわるだろぉ~に。こ奴はどこまで行ってもあほぉ~が抜けんの。」
大いびきをかいて既に夢の中のガルラの頭を愛用の銃で小突きまくるリンリッドをよそ眼に、リヒテルはマリアの入れたコーヒーを堪能していた。
いつ飲んでもうまい。
それがリヒテルの感想だった。
それからリヒテルはリンリッドに試験についていろいろとアドバイスを受けていた。
リンリッド曰く従来通りであればランク2に生息する中型機械魔もしくは小型機械魔の群れの討伐であろうとの事だった。
リヒテルとしては小型機械魔の群れであれば問題無いだろうと考えていたが、さすがに中型機械魔は難しいだろうと思っていた。
少し暗さを帯びた表情を見てリンリッドは愛用の銃でリヒテルの額を軽く小突いてきた。
「何を不安がる必要があるのだ?リヒテルの坊主は既に中型機械魔を倒しているでは無いか?」
「え?」
ふいに告げられたリンリッドの言葉に、リヒテルは思考が付いていかず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
今までの訓練を思い返すと、小型機械魔のスタンピードもどきを裁く事ばかりしていた気がする。
そしてよくよく考えると、何体か倒しにくい個体がいた事を思い出した。
そしてそれに気が付くとジト目でリンリッドを睨み付けるリヒテルであった。
リヒテルがそれに気が付いたことを感じたリンリッドはリヒテルからそっと目をそらし、手にしていた酒をちびりちびりと呑んでいた。
「こんの……くそじじぉ!!表出ろ!!」
あまりの態度についに切れたリヒテルは、リンリッドに喧嘩を吹っ掛けた。
リンリッドもそうなるであろうと思っており、ニヤリと顔を歪ませていた。
その険悪な空気をぶち壊すのが狩猟者たちである。
「お!!喧嘩か?!喧嘩か!?よっしゃ、お前らどっちにかけるよ!!」
即始まる賭博。
これぞ荒くれ物と言われるゆえんなのかもしれない。
そんな状況にどうしていいものかと慌てるマリアをよそに、二人は睨み合いながらギルド会館の訓練場へと移動した。
それに連なる様に野次馬たちもぞろぞろと移動を始める。
魔砲使い同士の喧嘩なんてなかなか見れないとあり、野次馬の数がさらに増えていくのだった。
「もう、のめねぇ~よ~。」
泥酔したガラルを一人残して……
「よ~し、ここでいいだろぉ~よ。さぁ、遠慮なく来るといいねぇ~。」
リンリッドはどこか余裕の様子を見せている。
さすがはランク5の狩猟者と行った所であろうか。
対するリヒテルはランク1。
赤子と像が対峙するくらい結果が見え見えである。
さすがにこれでは賭けにならないと感じた狩猟者たちはリンリッドに文句を言い始めるも、かけるお前たちが悪いと一睨みされ、一気に気落ちしていた。
「このくそじじぃ!!せめて説明くらいしろってんだ!!」
怒髪天を衝くとはこのことだろうか。
リヒテルのボルテージは頂点に達しており、言葉遣いも普段とは全く違うものになっていた。
その様子にさらにニヤリと笑うリンリッド。
どうやらこの状況がお気に召していたようであった。
「ほえ面かくなよ!!」
リヒテルはすぐに技能【ブラックスミス】を発動させる。
直後、リヒテルは一人違う時間軸へといざなわれた。
周りの時間がゆっくりと動き始める。
「来い!!」
手にしたいくつかの魔石が光を放ち始める。
次第にその光は強くなり、一つの塊へと変化していく。
手にした魔石と、体内の魔石が共鳴をはじめ、魔素満ちていく。
「目にもの見せてやる!!」
創り出されていく魔砲の形状はガトリング。
「付与【拡散】【帯電】!!」
作り出されたガトリング型魔砲が放電現象を始めた。
それと同時にキュイーンという何とも耳障りな音が鳴り始める。
周囲に充満した魔素がガトリング型魔砲に収束していく。
リヒテルがリンリッドへ向けて引き金を引こうとした時だった。
「やはりまだまだあまいのぉ~。この世界がお前ひとりの世界だと誰が言ったんだ?」
リヒテルはその声にぞっとした。
そして先程まで視界にとらえていたリンリッドの姿が無くなっていた。
「な?!」
驚きを隠せないリヒテルをよそに、リンリッドは愛用の銃をリヒテルのこめかみに押し付けた。
「ランク5を甘く見ないでもらいたいねぇ~。自分だけかその時間軸にいるとは限らないだろうに。それにしてもなかなかの魔砲だのぉ~?どうして修行の時使わなんだ?使えば楽出来ただろぉ~に。」
「使ったら絶対に機械魔の数増やしただろう!!」
リヒテルの答えに満足したのか、リンリッドはリヒテルのこめかみに押し付けていた銃をカチャリと下ろした。
リヒテルはそれに安堵したのか、手にしたガトリング型魔砲をガチャリと地面に落とし、両手を上げ降参のポーズを取っていた。
リヒテルとリンリッドが技能の発動を終えると、元の時間軸へと戻って来た。
それを見ていた野次馬たちは何が有ったのか良く分からない状況だった。
気が付けばリンリッドがリヒテルの隣で銃を手にしており、リヒテルは両手を上げて降参のポーズ。
ザワザワとした声が訓練場を包んでいった。
目でギリギリ追う事の出来た狩猟者は数少なかった。
その狩猟者は今のやり取りに満足したのかパチパチと拍手を送った。
その拍手は徐々に大きくなり、訓練場全体で拍手が起こるまでとなった。
その拍手の中、一人の青年がリンリッドの元へと歩み寄って来た。
「さすがです、リンリッド老師。まだまだ衰え知らずですね。」
「何じゃ、ヨースケではないかの。いつ振りか……、元気そうで何より何より。」
ヨースケと呼ばれた青年に向けるリンリッドの表情は、好々爺と言っても過言ではないように、やわらかであった。
ヨースケもまた、リンリッドを慕っているのか満面の笑みでリンリッドへと歩み寄る。
互いに握手を交わすと、互いを懐かしむかのように笑顔を向け合っていたのだった。




