第4節 第2話 ガルラ・グリゴール
ガルラ・グリゴールは3ランク狩猟者で、リヒテルの父親であるロイド・牧村の後輩にあたる。
新人試験もまたロイドが行っており、それからは師匠として尊敬をしていた。
しかしロイドは、とある事故?に巻き込まれ狩猟者としての活動が著しく制限されるほどの重傷を負ってしまったのだ。
そしてその事故の際に一緒に行動していたのもガルラだった。
ガルラは当時の事をこう証言していた。
「あれは事故じゃない……。俺が……俺が原因だ……。だから事故じゃない、事件だ。」
当時の捜査関係者も事件性はなく、ハンティング中の事故として処理されることになったのだった。
それからと言いうものガルラはロイドに負い目を感じてしまっていた。
それから数年の時を経て、とある依頼を受けたのだ。
〝リヒテル・蒔苗の入会試験の試験官〟という依頼を。
その依頼を聞いた瞬間から楽しみで仕方がなかった。
それと同時に申し訳なさでいっぱいだった。
あれから自分はロイドと同じランク3まで上り詰めることが出来た。
しかし、ロイドはそこにいなかった。
だからこそ願ってやまなかったのだ。
その息子であるリヒテル・蒔苗の実力を。
しかし出会ってみてその期待が一瞬にして霧散してしまった。
いくら実力や素質が遺伝しないと言われていようとも、これはないだろうと。
自身が軽く発していた闘気に委縮してしまい、手足を震えさせているのだから。
ガルラは感じてしまったのだ。
自身の興味が一瞬にして失せてしまったことを。
だからこそこんな無駄な時間を早く終わりにしたいと思っていた。
早く次の依頼を受けて、ロイドの教えが世界に通用していると証明したかったのだ。
だが次の瞬間、それが一気に瓦解した。
しかもガルラが求める方にではあるが。
ギルドマスターであるマルコが発した言葉に反応するように、リヒテルの闘気が膨れ上がったのだ。
ガルラは喜びを禁じえなかった。
これほどの逸材だとは思わなかったからだ。
だからこそ願ってしまった。
リヒテルが自分を超える存在になる事を。
そして自分もまたリヒテルを超える存在である事を。
ガルラは気が付いてはいなかった。
自分の口角が吊り上がり、笑みを浮かべていることを。
それはどこから見ても獲物を前にした肉食獣そのものであった。
ガルラはおもむろに背にした大剣を抜き、構えもせず切っ先をリヒテルに向けた。
「俺はガルラ・グリゴール。さあ、試験を始めるぞ!!」
ガルラがそう宣言すると、その闘気はさらに厚みを増して大きな壁に変わっていった。
一瞬にして膨れ上がった闘気は、リヒテルにとって高く分厚い壁のように感じてしまった。
気おくれをしたわけではないが、それでも一歩引くには十分な闘気だった。
しかしここで下がったら今までの自分を否定しているようだと気持ちを切り替え、持参した鉄剣を構える。
リヒテルはここに至るまで幾多の道場に通い詰めていた。
剣術・刀術・武術・槍術・体術。
およそ術と呼ばれるもの全てにおいて、類稀なる才能を発揮していた。
リヒテルが構えに入ると、その雰囲気が一転した事をガルラは感じ取っていた。
こいつは舐めて掛かってはいけないと。
だからこそガルラはいつものスタイルで戦う事にしたのだ。
構えという構えはない。
戦場で構える暇などないのだから。
だからこそ、切っ先を相手に向けいつでも戦えるとアピールしているのだ。
「来ないのか?」
ガルラは不敵に笑みを浮かべると、リヒテルを挑発する。
その挑発に乗る様に、リヒテルはその場から一足飛びでガルラに切りかかった。
ガルラが感じた事は〝若いな〟であった。
今の挑発は挑発とも呼べないものだ。
ただ来いと言ったに過ぎないのだから。
ガルラはリヒテルの剣劇をひらりひらりと躱していく。
その姿はまるでダンスでも踊っているかのようだ。
だらりと下げれらた切っ先はいまだ動こうともせず、ひたすらにリヒテルが切りかかるという状況が続いていた。
既にリヒテルの呼吸は大きく乱れ、肩で息をするレベルまでに達していた。
一度二人は離れ、互いの様子を確認していた。
リヒテルは肩で息をし、荒くなった呼吸を整える。
既に酸欠まで至り、今にも意識を失ってもおかしくはない状況だった。
一方ガルラは全く息切れ一つせず、始まりと同じ状況であった。
「なぁ、ギルマス。こいつのスキルってなんだ?」
ガルラはリヒテルがナンのスキル持ちで狩猟者になったか敢えて聞いてはいなかった。
楽しみにとっておこうと思っていたからだ。
ガルラとしては、リヒテルの動きから何かしらの攻撃術系のスキルだと考えていた。
しかしマルコの返答でその考えが間違えであることを知らされた。
「リヒテル君のスキルは【マスター】と【ブラックスミス】だよ。」
「マジかよ!?攻撃系スキルは無しか!?」
ガルラは驚きを隠せずにいた。
先程から見せる攻撃の片鱗は、片鱗ですらなかったのだから。
これから先、剣技で狩猟者をしていくのだと勝手に思い込んでいたのだ。
しかもメインスキルが【ブラックスミス】という事は近距離戦闘ではなく【魔砲使い(ガンナー)】という事だ。
「おいくそギルマス!!むしろそっちを先に教えてから連れてこいよ!!」
ガルラが怒るのも無理はない。
そっちの戦い方を一切使わずに試験に挑むという事は、試験の意味をなさないという事だからだ。
「魔砲使い(ガンナー)としての試験は別日で行います。今リヒテル君を見れる魔砲使い(ガンナー)が出払ってますからね。ですからそれ以外を君に見てほしいんです。これは事前に話していたはずですよ?」
マルコはガルラを一睨みすると、大きくため息をついていた。
恐らくガルラはそれどころではなかったという事は良く分かっているからだ。
「良く分かった。つまりこいつの基礎部分を見極めろってことだな?」
「はい、それでお願いしていましたよ……」
なんとも言えない空気が、二人の間に流れていた。
その間もリヒテルはじっと回復に努めていた。
数分にしか満たないインターバル。
それでも僅かではあるが回復するには十分の時間だった。
「マルコさん。戦闘中の武器チェンジはありですか?」
「ありです。」
リヒテルはマルコの答えにニヤリと笑みを浮かべる。
するとおもむろに右手に持っていた鉄剣を、左腰に下げた鞘に戻した。
それを見たガルラはその行為をいぶかしんでいた。
「武器をしまってどうしようっていうんだ?」
「すみません。試験中だとは重々承知で少しだけ時間をもらいますね。」
そう言うとリヒテルは左腕にしていた腕輪を操作していた。
するとリヒテルのそばに複数の武器が姿を現す。
先程の鉄剣よりも巨大な質量を誇る大剣。
リーチが極端に短い単槍。
3mに届かんとする長槍。
鎌に斧に打ち刀。
そのほかにも多種多様な武器が並べられていく。
その異常な状況に若干頬を引きつらせるガルラ。
その表情は呆れというよりも、怒りが勝っていた。
そんなもの使える訳が無いと思っていたからだ。
あまりにも馬鹿げている。
そして余りにも馬鹿にしている。
所詮は子供。
子供の浅知恵。
だからと言ってガルラは油断はしていなかった。
ガキン!!
それが功を奏したのか、いきなりのリヒテルからの攻撃に対応出来たのだ。
そしてリヒテルの腕が、高々と上空に向けられていた。
「やっぱダメか……。じゃあ次。」
リヒテルはそう言うと、打ち刀を手に突進してきた。
何がダメなものかとガルラは愚痴りたかった。
油断していたら、腕にナイフが刺さっていたかもしれないのだ。
それに気が付いたガルラは、咄嗟に大剣でガードをしていたのだ。
ガルラが自分から意識を放したことを感じ取ったリヒテルは、一本のナイフを手にすると、下から投げるようにナイフを投擲したのだ。
音もなく投げられたナイフはガルラの利き腕である右腕に吸い込まれるように飛んでいった。
しかし寸前のところで気が付いたガルラは、大剣でガードしたのだった。
キン!!
ガルラの大剣とリヒテルの打ち刀が、火花を散らしてぶつかり合った。
「ガルラさん!!俺は絶対にあなたに認めてもらいます!!」
「はっ!!小手先だけで狩猟者になれるんだったら、誰だってなれる!!舐めるな小僧!!」
ガルラが激しい闘気と共にリヒテルの打ち刀を打ち上げる。
直ぐに手放した打ち刀を諦めた
第二ラウンド開始である。




