第5節 第2話 白フードの集団サイド 修行中
「うんうん、予定通りこちらのリヒテルは【富士の樹海ダンジョン】にアタックしたみたいだぁ~ね。」
〝協力者〟の手によってもたらされた情報を精査していたリンリッドは、手元にある資料に目を落としていた。
何やら少し喜びを表すリンリッド。
その陰で表情を曇らせる者もいた。
「このままでは史実をなぞってしまうな……。それではまずい。このままでは……」
「リヒテル……」
怒りにも似た感情をあらわにする白フードのリヒテル。
エイミーはそんなリヒテルになんと声をかけていいか迷っていた。
ここまで一緒に活動していて、確かに情は沸いてきた。
彼の生き方に同情もする。
しかしなぜか今を生きるリヒテルと、白フードのリヒテルが同一人物とは思えないでいた。
それがなぜかとはエイミーにもはっきり言語化できなかった。
それはなんとなくとしか言いようがなかったのだ。
「で、俺たちもいくつか野良ダンジョンを攻略してみたが……ありゃなんだ?明らかに俺たちの世界と法則が違うぞ?」
変な空気になりそうなところに、頭をガシガシ掻きながらガルラが話に入ってきた。
その為かどこか不穏な空気は霧散していった。
「野良のダンジョンだから……というわけじゃないよな。その辺はどうなんだリヒテル。」
アドリアーノは代表してリヒテルに問いかける。
リヒテルもまた正確な答えを持ち合わせているわけではなかった。
「すまない。俺が知っているのはゴールドラッドによってもたらされたダンジョンを中村剣斗が模倣して世界にばらまいたってことくらいだ。それと前も言った通り、この世界は闇鍋だ。適当な具材を歴史という鍋に適当に放り込んでごちゃまぜにした、法則などクソ喰らえな世界だ。だからこそ、俺はこれを止めなくてはいけないんだ。そう、俺が止めなくてはいけないんだ……」
アドリアーノは話を振ったことを少しだけ後悔した。
リヒテルがまたも思考の海に飛び込んでしまったからだ。
いくら考えたところで答えなど出るはずもない問いに、リヒテルは思考を巡らせていた。
リヒテルが言うようにこの世界は闇鍋であった。
複数の世界が歪められ、混ぜ合わされ、蹂躙された。
そしてアドリアーノの家族もまた、その蹂躙に巻き込まれていた。
アドリアーノ・ルイジ・ロッシ。
ロッシ家は【エウロピニア帝国】にある槍術の武門であった。
しかしアドリアーノが小さかったころ、当代の皇帝の命により無謀な立入禁止区域解放作戦に参加。
門下生をはじめとした大多数の者がその命を散らしていった。
当主であった父が戦死したことにより後継者争いが起こり、アドリアーノも巻き込まれる形となった。
しかしアドリアーノの得た技能は槍術ではなく魔法系の技能であったがために、無能者の烙印を押されていた。
致し方なく家を出たアドリアーノは辰之進に拾われ、そして今こうして世界の存亡の危機に立ち向かうという数奇な運命を歩いていた。
アドリアーノとしてはそれについて全く不満はなかった。
自分たちの世界をおかしくした現況。
そいつらをぶちのめせるのならば、無駄に命を散らした父親たちの無念を晴らせるのではないか。
そう考えていたからだ。
むしろ今一緒に行動している者たちの大半は似たように、この機械魔と呼ばれる化け物たちによって人生を捻じ曲げられていた。
だからこそ未来のリヒテルの話に乗ったのだ。
だがここ最近のリヒテルの様子がどうもおかしく思えた。
当初はリヒテルのもとの世界のようにこの世界をしないようにするための戦いだと言っていた。
その為各地のランク5の立入禁止区域を攻略したり、身分を伏して街などを助けたりもした。
最近になっていろいろな街で〝白フードの集団〟などとも呼称されるようにもなってきていた。
しかし、時間がたてばたつにつれてリヒテルの言動が独善的というか、自己中心的というか……
〝怒り〟が全ての原動力となっている節があったのだ。
ギラギラとした刃物のような空気を纏う時も稀に見られていた。
だが、次の瞬間には何事もなかったかのようにいつもの人懐っこいリヒテルに戻っていたりもした。
何か二面性の様なものも感じられたのだ。
「リヒテル、考えすぎるな。今できることをやるって決めたんだろ?だったら俺たちがそれをフォローする。お前がこの世界を救いたいと思ってここまで来たんだ。だからこそ前を向け。」
アドリアーノの言葉にリヒテルは我に返った。
またも黒く濁った海に潜るように思考の海に飛び込んでいたのだ。
ここ最近ではその傾向が強くなり、おそらくそれも機械魔化の影響だろうとリヒテルは考えていた。
「すまない。そうだな。まだ時間はある。じっくりとやっていけばいいんだ。ありがとうアドリアーノ。」
「良いって良いって。いくらでも頼りな。」
アドリアーノはそういうと朗らかな笑顔を見せた。
リヒテルはその笑顔に何かを感じたようで、心にへばりついていたヘドロの様な感情がどこかへ行ってしまったように感じていた。
先ほどまでの針を突き刺すような空気は霧散し、緩やかな空気となっていったのだった。
「戻りました。老師、予想通りここのダンジョンは野良ですね。訓練にもちょうどいいでしょう。このまま元始天王を壊してしまいますか?」
「そうさなぁ~。リヒテルはどう考えるんだい?」
偵察から戻ったヨースケがリンリッドへ報告を行う。
リンリッドも予想通りで特に驚いた様子もなく、リヒテルに判断をゆだねた。
リヒテルたちが今いる場所は、ユーラシア大陸東部。
ちょうど先には【ジャポニシア】の領土がある場所であった。
古くは中国が存在した場所で、今は先のスタンビードで壊滅的打撃を受け、中心部以外は放棄されていた。
その際に中国も元始天王を稼働しようと試みたものの、なぜが暴走してしまったようだ。
本体である元始天王が突如爆発四散し、その破片が各地へと散らばってしまったのだ。
どうやらその元始天王の稼働の際に、偽情報によって暴走を引き起こされたという情報をつかんでいた。
その偽情報は恐らくゴールドラッドによってもたらされたモノだろうというのがリヒテルの見解であった。
さらにおかしなことにそのダンジョンからは定期的にスタンビードが発生し、なぜか中国の中心地を目指して進軍をしていたようだった。
そのせいもあり中国は自国を守ることで精いっぱいとなりダンジョン攻略へと進むことは事実上不可能な状態となっていた。
さらに戦死が後を絶たず、狩猟者の質も低下していき、滅亡も時間の問題だと【ジャポニシア】でも噂されたいた。
「野良ダンジョンはこれで12個目ね。」
「おねぇ、お願いだから先走らないで。」
ヨースケとともに出ていたリンダ、マリア、ユウキの三人も合流を果たした。
ただし、ユウキに至ってはなぜか疲れはてた様子で、順調だったかが危ぶまれる空気を纏っていた。
「第1階層は極低レベルのダンジョンだった。この様子だと、おそらく50層は無いと思いますよ。」
ユウキは少しだけ気の抜けた様子で話をつづけた。
「それと、【イレギュラー】種が確認できましたから、レベル上げには丁度いいでしょうね。」
「じゃあ、アドリアーノ隊のレベル上げをしようか。」
リヒテルはアドリアーノにそう告げると、アドリアーノも納得したようにうなずいた。
アドリアーノ隊はガルラ小隊とアドリアーノ、エイミー、クリストフ、アレックスの10名で構成されている。
ただしダンジョンはパーティーとして6名までしか認識されない仕組みとなっていた。
それがどんな仕組みなのかは不明で、〝そうだからそれに従うしかない〟というのが共通認識であった。
その為もう一つのルールである、【レイド】と呼ばれる方法を用いて攻略を進めていたのだった。
【レイド】は2つ以上のパーティーが共同で攻略をする際に設定される。
それがあることによってそれぞれのパーティー間で経験値等が共有されるようになっていた。
「それじゃあ、いつも通りに行ってみようかねぇ~」
気の抜けたリンリッドの声にどうも気合の入らないアドリアーノ隊は、ゆっくりと野良ダンジョンへと進んでいったのであった。




