第3節 第2話 技能習得(スキルエンゲージ)
飯塚との話から1週間が経とうとしていた。
それからもリヒテルの態度は煮え切らず、今まで引っ張て来た状態だ。
リヒテルはいつも通りの日常を過ごしていた。
日中は学業を、夜は【Survive】の店長を。
最近では【Survive】の店長として過ごすのも悪くは無いと思い始めてもいた。
気の許せる仲間や、飲みに来る狩猟者たち。
その狩猟者から教えてもらう武勇伝や裏話など。
話を聞くだけでワクワクしてくるのだ。
そのほかにも、燻っていた狩猟者が名を挙げて帰ってくると、自分の事のように嬉しくなった。
やれ小型の群れを殲滅した。
やれ大型機械魔に一太刀入れてやった。
そんな話を聞くうちに、どこか満足してしまっている自分がいたのだ。
カランコロンカラン
酒場の入り口の鐘が来店を告げる。
飯塚だ。
「マスター、いつもの。」
「どうぞ。」
飯塚の前に出されたのは、ただのウーロン茶だ。
リヒテルは飯塚の雰囲気に違和感を感じ、敢えてウーロン茶を出したのだ。
「何だ酒じゃねぇ~のかよ。」
「どうしたんです?なんか変ですよ?」
飯塚の目に力が無かった。
いつものようにからかおうにも、そういう雰囲気ではなかったのだ。
リヒテルは飯塚が自ら話し出すまで待つことにした。
店内に流れる緩やかなジャズを聴きながら、飯塚は出されたウーロン茶をゆっくりと味わっていた。
「なぁ、マスター。これを受け取ってくれないか?」
渡されたのは一つの大きな塊。
その塊は赤黒く、店内の光を吸い込み怪しい光を放つ。
紛れもなく魔石だ。
「どうしたんですこれ?明らかにランク3だと難しいサイズですよ?」
魔石は機械魔の大きさに比例してそのサイズを大きくしていく。
サイズが大きくなればなるほど、そこに蓄えられた魔素の量が跳ね上がっていくのだ。
今まさに出された魔石のサイズは、明らかに飯塚の狩猟者ランクに見合っていなかった。
どう見てもランク4相当は有りそうなサイズだったのだ。
「こいつは俺たちの最後の魔石だ……」
「え?」
リヒテルは自分の耳を疑った。
飯塚から聞いた言葉は〝最後の魔石〟……
それは狩猟者が引退を決意した時の物だ。
リヒテルはなんと声をかけて良いのかわからなかった。
それにそんな大事な物を自分に受け取ってほしいと言う飯塚の真意が理解出来ずにいた。
「こいつは俺たちがランク3の立入禁止区域で狩猟している時に出会った……。おそらく【イレギュラー】個体の機械魔だ。」
ここにその魔石があるという事は、無事にその【イレギュラー】個体を狩猟出来たという事である。
しかし、飯塚の言葉はなおも続いた。
「その狩猟中に俺の仲間は次々とその命を散らしていった。最後の最後、俺とアーチャーのゲーニッツだけが生き残ったんだ。」
そう言うと飯塚は、顔を伏せてしまった。
手にしたグラスがカタカタと震えている。
悔しさや無念さが痛いほど伝わってきた。
しかし狩猟者としては何ら珍しい事では無かった。
狩猟者とは自分の命をチップに、機械魔を狩り続ける職業。
死とは隣合わせなのだ。
「だったらなおさら受け取れないですよ。これは飯塚さんの小隊メンバーの生きた証です。」
「だからだ……。だからこのまま腐らせちゃいけないんだ。俺やゲーニッツが持っていてもこいつを見る事は……直視する事は出来ないんだ。だから、頼む……。リヒテル……。お前の最後の希望にしてくれないか。無理強いをしているのは重々承知だ。リスクも高い。だが、俺がお前にしてやれる最初で最後の送り物だ。」
そう言うと飯塚は席を立ち、【Survive】を後にした。
「ちょっと飯塚さん!!待って!!」
リヒテルが追いかけるも、そこに飯塚の姿は無かった。
さすがにこれは貰えなかったので、後日飯塚が来店した時に返そうとリヒテルは誓ったのだった。
それから二日後……
リヒテルのもとに信じられない知らせが届いた。
飯塚が自殺したのだ。
同じ小隊メンバーのゲーニッツと共に。
二人とも心に大きな傷を負い、ここから先生きる希望を見い出せなかったのだろう。
リヒテルはなんで自分に相談してくれなかったんだと、本気で悔やんだ。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれないほど後悔した。
なんであの時必死で探さなかったのか。
なんであの時もっと話を聞いてあげなかったのか。
齢14のリヒテルに、それほど大きい力や影響力は有りはしない。
それでもなお、何とか出来なかったのかと自分を責め続けていた。
「テンチョー……」
訃報を聞き、気落ちしているリヒテルにそっと寄り添うマリア。
今にも泣き出しそうになるのを、リヒテルは必死に堪えていた。
今ここで泣いてしまったら止められないと思ったからだ。
「テンチョー、意思を引き継ぎませんか?」
マリアの言葉にリヒテルは涙した。
今リヒテルの手元にある魔石は飯塚の〝最後の魔石〟だ。
飯塚の小隊メンバー全員の命の塊だ。
それを前にしてリヒテルは大いに泣いた。
止めど無く溢れ出る涙に抗うことが出来なかった。
マリアはそんなリヒテルにずっと寄り添い、抱きしめていた。
「マリアさん……。これから役所に行ってくるよ。」
「はい。」
「この店を任せてもいいかな?」
「そのために私がいます。」
マリアはそっとリステルの背中を押した。
そしてリステルは涙を拭い、今一度自分の両頬をバチンとたたき気合を入れなおした。
「行ってきます!!」
「行ってらっしゃい。」
リヒテルはついに動き始めた……
自分の夢に向かって。
市役所の奥には一つの施設がある。
それは厳重に管理された施設だ。
その施設は、リヒテルが7歳の時に受けた適性診断の装置に酷似した装置が設置されている。
至る所にむき出しの配管があり、たくさんのモニターが設置されている。
配線も複数張り巡らされており、いかにもという感じを醸し出していた。
「君が今回の挑戦者かな?確か魔石の持ち込みだって聞いたけど?」
男性職員がリヒテルに話しかけてきた。
白衣に身を包んだ男性職員は、いかにも研究者然としていた。
「俺がそうです。そしてこれを。」
リヒテルは飯塚から託された魔石を男性職員に手渡した。
その魔石を見た男性職員の目は輝きに満ちていた。
まさに宝石を見つけたと言わんばかりだ。
「これは君が手に入れたのかな?」
興奮を何とか抑え込んだ職員はリヒテルに問いかける。
リヒテルは一瞬迷ったが、正直に話す事にした。
「そう、知人の形見ね……。うん、これなら大丈夫。だって【イレギュラー】の魔石で失敗したことないからね。」
細身で無精ひげを蓄えた男性職員は、胸を張って答えていた。
しかしその風貌も相まって、なんとなく信用が置けない気がしてならなかった。
「そうそう、名乗り遅れたね。僕はここの主任研究員をしているコードリック・コーネリアスだ。よろしく頼むよ。」
差し出されたその手を、リヒテルは握り返す。
リヒテルの手は若干だが、カタカタと震えていた。
おそらく緊張からだろうが、本人は気が付いていなかった。
それに気が付いたコーネリアスは、リヒテルの頭を軽くなでつける。
いきなりの行為に驚いたリヒテルは、その場から瞬時に飛び退く。
その素早い反応に二マリとコーネリアスは微笑んでいた。
「うん、いい反応だ。その分だと大丈夫そうだな。それじゃあ始めようか。」
コーネリアスは受け取った魔石を、祭壇の様な装置に設置する。
ガコンと音がすると、魔石は怪しげな光を放ち始めた。
漏れ出る光に気を取られていると、コーネリアスから次の指示が飛んでくる。
「それじゃあ、中央の円の真ん中に立ってくれるかい?そうしたら開始するよ。」
ゆっくりと歩みを進めるリヒテル。
約8年前の出来事が思い出される。
今回も失敗するのではないのかと……
だが、受け取った思いを紡ぎたいと本当に願った。
飯塚から繋いだ思いを自分が次に届ける。
リヒテルの心はただそれだけになっていたのだった。
「技能習得開始。」
コーネリアスの合図と共に、唸りを上げて稼働する大型の装置。
至る所から赤黒い煙が噴き出し、激しく動作していく。
リヒテルの足元には光の円が出来上がり、リヒテルを包み込んでいく。
「さぁ!!さぁ!!さぁ!!!!此度、新たな技能ホルダーの誕生だ!!」