第3節 第1話 探索者ギルドにて 1
「それにしても壮観ね……」
車両の上部から顔を出していたジェシカは、【富士の樹海ダンジョン】へと続く道の先に見える都市に目を奪われていた。
リヒテルたちが古代遺跡群【ボクスビルド】を出発してから約1週間が経とうとしていた。
道中特に変わったこともなく、順調そのものであった。
道も整備されており、【ジャポニシア】式の装輪仕様の車両に乗っているために快適に過ごすことが出来たのだ。
【富士の樹海ダンジョン】へと続く道は長い年月をかけて整備され、警備もまた狩猟者によって行われていた。
むしろ【ジャポニシア】本土ではほとんど機械魔の姿を確認することはほとんど出来なかった。
それもそのはず、本土は人類の手によって既に奪還されており、現在奪還作戦は本土以外の島へと移っているのだ。
そのせいもあり本土に残る狩猟者は低ランクの者がほとんどであった。
街道警備もその狩猟者たちの訓練の一環として行われているに過ぎない。
「ジェシカ、危ないから中にはいってってほら……」
若干の段差を拾い車両が軽く揺れた拍子に、ジェシカはバランスを崩してしまい、レイラに倒れ込んでしまった。
レイラもジェシカがケガをしないように支えてあげたのだがそれがかえってジェシカを暴走させる要因になってしまった。
ジェシカはそれに乗じてわざとレイラに覆いかぶさり強く抱きしめたのだ。
突然の行動を予測していたレイラだったが、この車両の中はさほど広いとは言えず、回避することはかなわなかった。
そのまま押し倒される形となり、恍惚としたジェシカの顔が近づいてくる。
そんなイチャイチャした空間にあきれ顔のギルバードだったが、行き過ぎてもレイラがかわいそうだと感じ、助け舟を出した。
「ジェシカよ、これ以上はやめるでござる。」
ジェシカの首筋にひんやりとした冷たい金属が触れる。
それにぞくっとしたジェシカは一瞬身震いをして、あきらめたとばかりにレイラを開放したのだった。
「ギルさん。さすがに刃物はどうかと思いましてよ?」
少し怒り気味のジェシカだった。
それもそのはず、首筋に当てられたのはギルバートの短刀だったからだ。
そんないつものやり取りを見守っていたレイモンドは若干前かがみになっていたことに誰も気が付いては居なかったようだった。
運転席で後部の様子をミラー越しに見ていた劉のこめかみに青い線が浮き上がっていたが、助手席に座っていたケントは慣れたもので気にした様子は見られなかった。
その間にいたリヒテルは横目でレイモンドを視界に収め後ろの様子にどうしたものかと困り気味の表情を浮かべていたのだった。
それから程なくして【富士の樹海ダンジョン】の玄関口である【探索者】都市【シャービンシュライン】へとたどり着いた一行は、その足で|公営組織探索者支援組合《探索者ギルド》に向かった。
|公営組織探索者支援組合《探索者ギルド》はコンクリート製の5階建てであった。
中に入ると、狩猟者連合協同組合とは違い酒場などはなく、受付窓口もきれいに並んでいた。
さらには受付にはそれぞれに番号が振られており、その用途によって受付窓口が違っていた。
「あ、そこの札を取ってもらえるかい?」
ケントがリヒテルにそういうと、一つの装置を指さした。
装置には【探索者】申請窓口と書かれており、札を引き抜くと54と大きく書かれていた。
「これは?」
「これ?これは番号札。そこに54と書かれているだろ?その下にさらに小さな文字がない?」
リヒテルはケントに促されるように番号札を確認する。
すると54の数字の下に、201という番号の記載があった。
「201?」
「そ、それが受付窓口の番号。201の受付窓口で54番目に呼び出すよって意味さ。」
ケントに促されるように一行は201番の受付窓口前の椅子に腰を下ろし待つことにした。
「番号札54番をお持ちの方~。201番の窓口へどうぞ~。」
それから程なくしてリヒテルの番号札が読み上げられた。
窓口に向かうと先ほどの声の主であろう女性が何かの装置を忙しそうに操作しているのがうかがえた。
一瞬声をかけていいのか迷ったリヒテルだったが、がんばって声をかけてみることにした。
「すいません。番号札54番はこちらでいいですか?」
「はい、間違いありませんよ。では札を出してください。」
事務的な口調で答えた女性に番号札を渡すと、それを確認した女性は改めてリヒテルに挨拶を行った。
「いらっしゃいませ。|公営組織探索者支援組合《探索者ギルド》総合窓口へようこそ。どのようなご用件でしょうか?」
「は、はい。あの【探索者ライセンス】の発行をお願いしたいのですが……」
少しどぎまぎしながらも何とか依頼を告げたリヒテルだった。
「では市民証の提示をお願いします。申請される方全員分を提出ください。」
女性から提示依頼されたものを持ち合わせていないリヒテルはどうしたものかと困り顔となってしまった。
それを見た女性が、またかというような表情となりめんどくさそうに話をつづけた。
「あなたもですか?【探索者ライセンス】は【ジャポニシア】市民にしか発行しておりません。市民でない方はお帰りください。この建物を出て左手を直進した先に狩猟者連合協同組合がありますので、身分証明書等の作成はそちらをご利用ください。」
女性はそういうと、すぐに装置を操作し始めた。
困りはてたリヒテルはケントに視線を送ると、ケントは懐から何かを取り出した。
それはケントの【探索者ライセンス】であった。
「ごめんねお姉さん。こいつらは俺のパーティーメンバーなんだ。仮登録だけでもしたもらえるかな?」
胸元から取り出した【探索者ライセンス】を提示すると、女性はそれをまじまじと眺め何度もケントと見比べていた。
「すみません。上司に確認してまいりますのでこのままお待ちください。」
少し慌てた女性はそう言うと足早に奥の部屋に向かっていった。
それから少しの間受付窓口で待ちぼうけを喰らっていたが、リヒテルは違和感を覚えた。
「ケント……なんだか囲まれているのは気のせいかな?」
「奇遇だな。俺も同じく感じている。」
ケントとリヒテルだけではなく、他のメンバーもその違和感に同意する。
念の為各々の武器に手をそっと添える……
その時だった。
奥から受付の女性とともに、一人の男性が姿を現した。
スーツをバシッと着こなし、杖を使いつつもその姿勢は凛とした空気をまとう。
「すまないな。この【探索者ライセンス】は君の物で間違いないかね?」
威圧感を込めた言葉を当の本人であるケントに投げかける。
ケントは特段機にした様子はなく、肩を竦めつつ首肯で返した。
それを見た男性が軽く顎を上げると、それを合図とばかりに複数人の【探索者】と思しき人間が姿を現した。
「嘘をついてはいけない。これはとある方の【探索者ライセンス】だ。その方は今はなくなられている。その方の【探索者ライセンス】は今は秋斗陛下が管理されている。君はこれをどこで手に入れたのかね?」
「その秋斗から返してもらったものなんだが……って信じないよな?だったら政府に連絡を取ってくれて構わないよ。」
ケントの返答に突然の殺気が降り注ぐ。
彼にとって秋斗は現人神であり、崇拝する対象だったのだ。
そうとは知らないケントは普通に秋斗と呼んでしまい、さらには政府に確認するようにと言ってしまったのだ。
彼が怒りを覚えるのも無理はないことであった。
「こ奴は……、もういい。すぐに謝罪するならば取り調べで終わろうと考えていたが、少し痛い目を見なければならないようだな。」
男性が手を挙げると同時に囲んでいた【探索者】たちが一斉に襲い掛かろうとした。
そう、襲い掛かろうとしたのだ。
しかしそれはかなうことはなかった。
一人……また一人とその動きを止めていく。
正確には動きたくても動けない。
自分の武器を持ち上げる事すらできなくなっていたのだ。




