第2節 第4話 呼び出しと召喚
「そうだケントさん。陛下が執務室に来るようにと伝言を頼まれたいたんだ。この後行ってもらえるかい?」
一通り話し終えたザックはケントにそう告げる。
ケントも何のことか分からなずに首をかしげるか、用事があるから呼び出すのであって、何もなければ呼び出すはずがないと了承する。
「じゃあ、皆は準備に取り掛かって。劉さん、物資調達をお願いします。まずはこれを……」
そういうとケントは突如現れた虚空の割れ目に手を突っ込むと、一つの布袋を取り出し、劉へと投げ渡した。
劉は慌てて袋を受け取ると、その重さに驚きを隠せなかった。
「手持ちのお金があまりなくてね。とりあえず宝石類が入っているから換金して現地までの資金にしてほしい。車両手配や船の準備にもお金は必要だからね。」
対して気にしていない様子のケントに劉は恐る恐る中を確認する。
袋の中には眩いばかりの宝石が詰め込まれていた。
ジェシカも気になったようで覗き込むと、その輝きに顔を引きつらせていた。
「これは……さすがに引くレベルだわ……。ここまで多いとおそらく億単位になるんじゃないの?」
「いや、さすがにそこまではない……はず?」
ジェシカの指摘にケントは若干焦りを覚える。
ケントは全く宝石に興味がなかったために、その価値が高いであろうくらいにしか思っていなかったのだ。
しかしジェシカの態度を見て、若干やってしまった感が拭えずに苦笑いを浮かべるしかなかった。
「分かりました。知人の宝石商もこちらに非難しておりますので、彼と交渉します。量が量だけにおそらく値が落ちますがよろしいですか?」
劉は一つ一つ手に取って確認しながらケントへと確かめる。
ケントは問題ないと首肯したのだった。
しかしケントは全く違うことを考えていた。
実はケントのアイテムボックス内にはそれをはるかに凌駕した量の宝石がタンスの肥やしとなっていたのだ。
それを知られるわけにはいかないなと心に誓ったケントなのであった。
コンコンコン
「ケントです。」
「どうぞ。」
ひと際豪華な造りになっている宮殿とまではいかないが他よりも立派な造りの屋敷にケントは足を運んでいた。
門につき衛兵に声をかけると、そのまま使用人に案内され今現在この執務室の前に来ていた。
慣れた手つきでノックをしたケントに中から声がかかる。
ケントは入室の許可を得て中に入ると、そこには【エウロピニア帝国】皇帝シュトリーゲと宰相ロレンツィオが執務を行っていた。
ちょうど執務がひと段落したようで、二人はケントの入室に合わせてその手を止めたのだった。
「呼び立ててすまぬな。まぁ、掛けたまえ。」
シュトリーゲに促されてケントがソファーに腰かける。
それに合わせておくからワゴンを押して現れたのは宰相秘書官であり、ロレンツィオの妻の畑沢 舞であった。
舞は3人の前に慣れた手つきでお茶を用意し、一礼とともに部屋を後にした。
何度見ても美しい女性だなとケントは思うも、それがロレンツィオに伝わったのか若干不貞腐れて見えた。
それを横目で見ていたシュトリーゲは笑い出しそうになるのを必死にこらえている姿がケントの目にも留まり、それに気が付いたロレンツィオはさらに機嫌を悪くしたようだった。
「おっと、話がそれてしまったな。ケント、君の本国……【ジャポニシア】の宰相殿より手紙が届いた。今時珍しいものだと思うが……。」
そういうとシュトリーゲは一通の手紙をケントへ差し出した。
【ジャポニシア】の封蠟もされており、正式な文書であることがうかがえた。
ケントは嫌な予感がしながらもその封を切り、中を確認していく。
そしてその嫌な予感が的中したのか、ケントは深いため息とともにそっとその手紙を閉じたのだった。
「本国からの召喚状ですね。秋斗が寂しがってるからいったん帰って来いって。どんだけ寂しがりやなんだか
……」
やれやれといった様子のケントに、シュトリーゲもご愁傷さまと言わんばかりに困った表情を浮かべた。
シュトリーゲはすでにケントの正体を知っており、【ジャポニシア】もまた知っていた。
舞はその連絡役もかねて【エウロピニア帝国】に嫁いできたのだ。
「で、どうするのだ?」
「どうするもこうするも、数日中にはここを立って【ジャポニシア】に向かう予定でしたからね、旅すがら一度顔を出すことにします。」
そうか、とシュトリーゲが声に出すと、ロレンツィオに目くばせをする。
ロレンツィオもそれに合わせて懐から二通の手紙を取り出した。
一通は国王陛下宛てのエウロピニア家の封蝋がされた手紙。
もう一通は威張家の封蝋がされた【ジャポニシア】宰相宛ての手紙であった。
「ケントよ、すまぬが旅のついでにそれを届けてもらえるかの?」
シュトリーゲは軽く頭を下げると、ケントも併せて首肯して見せた。
「かまいませんよ。秋斗と宰相殿に渡せばいいんですね?中身は……って聞かないことにします。これ以上国に深くかかわるべきではないですからね。」
「確かにそうよな。そなたはこの世界の守護者。あくまでも中立の立場を貫きたいと申しておったしの。」
シュトリーゲの言葉にケントは少し驚きを見せた。
普通であれば仲間に引き込みたいと思うはずだ。
その方が有益だと判断する者も過去に存在していた。
しかしシュトリーゲはそれをすることはなかった。
あくまでも自分たちのことは自分たちで。
それがシュトリーゲの考えであった。
ならばケントに手紙を託すのはおかしいと思うものもいるかもしれないが、【エウロピニア帝国】もケントとつながりがあるとアピールする狙いもある。
それが【ジャポニシア】に対する牽制になるのだ。
その点についてはケントも気が付いており、このくらいならばと許容したに過ぎなかった。
「じゃあ、俺はこれで。あ、舞さん何か届け物はありますか?」
「ではお父様に言伝を。〝いい加減下の者にその席を譲りなさい〟と。」
舞の父親、畑沢 護は【ジャポニシア】の探索の中心地である【富士の樹海ダンジョン】の玄関口の都市の|公営組織探索者支援組合《探索者ギルド》の組合長についていた。
齢70を超えているが、いまだ現役の【探索者】と引けを足らないほどの体躯を保っていた。
舞はその年齢も加味して心配でたまらなかったのだ。
何か問題が発生すると、立場を考えずにそのまま突っ走って自ら解決に乗り出そうとしてしまうのだ。
何とか副組合長によって毎回止められるものの、やはり心配の種であった。
「分かりました。では畑沢殿にはきつく言っておきます。これ以上ごねるなら……舞さんが切れてくるぞと脅しておきますね。」
ケントは意地の悪い笑顔を見せると、舞もいつものことと気にする様子もなく、お願いしますと軽く頭を下げたのだった。
翌日、ケントは劉とともに行動をしていた。
必要物資の調達や車両手配、今後の行動計画など事細かく詰めていった。
一応パーティーリーダーであるリヒテルは蚊帳の外に置かれていたことにあとで気が付いたものの、本人がさほど気にしていなかったことから少しだけほっとしたケントであった。
そしてそれから三日後。
ついにリヒテル一行は南の【ジャポニシア】中心都市【イーストキャピタル】経由で【富士の樹海ダンジョン】へと向かって出発したのであった。




