第2節 第3話 世界の本質
「それとは別に今より強くなりたくない?」
怪しさ満点のケントの誘いに、またも訝しがるリヒテルたち。
普通に聞いたら怪しい薬でも飲まされるのかと思ってしまうほどだ。
「ケントさん、そろそろ本題に入ってもらってもいいかな?」
「おっと、ごめん。ついみんなの反応が良いもんだから興にのっちゃって。で、ここからが本題。ぶっちゃけ今の君たちだと、ゴールドラッドの足元にも及ばないんだ。だって、ランク4の機械魔にも集団戦闘挑まないといけないんだから。ランク5をソロで狩れるならワンチャン戦えるんだけどね。というわけで、君たちには俺と一緒に【富士の樹海ダンジョン】に潜ってもらって強くなってもらう。そのために俺の正体を明かしたってところだね。」
ザックの催促に申し訳なさそうにケントはさらに話を続ける。
リヒテルはケントの指摘に左手を強く握りしめ、悔しさをにじませる。
ケントの指摘通り、リヒテルはランク4に苦戦する程度の実力しか今のところない。
しかもランク5の魔砲を開放してのことだ。
今後ランク3までも魔砲しか使えないと考えると、到底戦えるとは思えなかった。
そんな悔しそうなリヒテルをケントは満足そうに眼をやった。
「で、君たちには俺の権限で【探索者ライセンス】を発行させる。これで名実ともに君たちは【探索者】となり、堂々とダンジョンアタックができる。」
ケントがそう言い終えると、ジェシカが手を挙げた。
「一ついいかしら。どうしてその【探索者ライセンス】が必要なの?」
ジェシカの質問はもっともで、普通に考えれば入っていけそうなものであった。
実際ザックは知っていたが、今いる古代遺跡群【ボクスビルド】の地下にも元始天王が安置されている。
つまるところ、ダンジョンと化しているのだ。
しかしそこに行くために【探索者ライセンス】が必要かというとそうではなかった。
許可さえ下りれば誰でも入ることが可能なのである。
ただ、許可がなかなか下りないというよりも、重要閣僚以外に降りたためしがないのだ。
「そうだね、それはダンジョンの成り立ちの説明が必要になるんだが……。ぶっちゃけ最初にダンジョンをこの世界に誕生させたのがゴールドラッドだ。それを俺たちが攻略したってわけなんだが……その際に世界がダンジョン資源に依存している状況になってしまってね。俺が魔導具でレプリカの元始天王を作って各地に配置したってわけだ。まともに稼働しているのは今では【ジャポニシア】の元始天王だけなんだ。そしてその際に元始天王の守護者……【魔王】が許可した人間しか入れないように設定を変えたんだ。その許可証の一つが【探索者ライセンス】というわけだ。」
何かを思い出したかのようにケントは一瞬顔を曇らせたが、それに気が付いた者はいなかった。
「でもおかしいわ。今は普通に……ではないにしても資源が取れるわ。機械魔からも回収できるし。ダンジョン資源に依存していたとは到底思えないわ。」
またも疑問を呈したのはジェシカだった。
その瞳は真剣そのもので、自分の知りえない情報を一つ残らず拾い上げようと必死であった。
「そう、それが問題になる部分なんだ。俺はダンジョンを攻略した際に二つの未来を提示した。一つはスキル【世界遡及】。もう一つはダンジョンとの共存。君たちが本来生きていた世界はスキル【世界遡及】を行った世界なんだ。だからダンジョンというものが存在しない世界のはずだった。だが、ゴールドラッドがいらない忘れ物……ってよりも悪意だろうな。魔石を地中に隠していっていたんだ。もともとの世界では世界の遡及のおかげで俺もそのことを完全に忘れ去っていて、時すでに遅しで暴走が起こった。で、機械魔の台頭ということになったんだ。」
ケントは説明し終えると皆の顔を見回して、さらに話をつづけた。
「そして今ダンジョンがあるということは……もう一つの世界ダンジョンとの共生を選んだ世界と交じり合ってしまっているってことだ。本来であればダンジョンとの共生を選んだ世界には機械魔の台頭などは存在しなかった。まあ、スキル【世界遡及】を行った世界だって本当は機械魔の台頭なんて起こるはずじゃなかったんだけどな。まぁ、そんな感じで二つの世界は混ざり合い、混とんとした世界が誕生してしまったってわけだ。」
「つまりはその奇怪な状況の解消がケント殿の目的であるわけだな?そしてそれに手を貸せと……」
ギルバードはそういうと一度目をつむり、しばし考えを巡らせ答えが決まったのか、カッっと目を見開いた。
「拙者は手を貸そう。」
ギルバードの目を見つめ返したケントは軽く会釈をする。
それを皮切りに、全員が手を貸すことに同意した。
「というわけで、ザック。彼らを借りていくから。佐々木隊長にもよろしく伝えておいて。」
軽いノリでザックにそう告げたケント。
それまで口を閉ざしていたタクマとタケシは、やっと話が終わったのかと召喚されてから部屋の端でずっと行っていた将棋の手を止めた。
「じゃあ改めて自己紹介かな?多田野武と言います。主に魔導具師と射撃手が担当。あとは車両運転かな?まずはよろしく。」
ミリタリー服に身を包んだタケシはそういうと一人一人と握手を交わす。
その柔らかい物腰に、先ほどまでタクマといがみ合っていたのがウソのように思えた。
「吾はタクマ。種族は誇り高き一つ目巨人族。ギルバードとやら、この後一手願えるかの?」
獰猛そうに笑うタクマ。
どうやら同じ匂いを感じたのか、ギルバードも同じようにニヤリと笑みをこぼした。
「僕はラー。」
そういうとテーブルの上でポヨンポヨンと跳ねて見せるラー。
それを見ていたジェシカはもう我慢できないとばかりにラーを抱き寄せた。
不意を突かれたのかラーは反応できずジェシカに捕獲され、今はジェシカの膝の上でポヨンポヨンと撫でられていた。
だが、ラー的にも居心地が良いようで特に嫌がる様子は見受けられなかった。
これまで口を開かなかった劉がかけていた眼鏡を直すと、ケントに何かを耳打ちしていた。
その言葉にケントは軽く笑って見せて、劉の事を再評価したのだった。
「劉さんさすがだ。君がいなかったら彼らは野垂れ死んでいただろうね。」
ケントの言葉にザック以外の面々が頭にはてなマークを浮かべた。
それを見たケントは深くため息をついた。
「それと、ザックから事前に説明があったと思うけど、君たちは今日をもって防衛隊を退役。ただの一般人になるんだよ?」
ケントの話を聞いたレイラは一瞬何のことか分からなかった。
しかし、すぐのその意味を理解して青ざめた。
「どうしよリヒテル。私たち……無職だ!!」
あ、っと気が付いたようで、全員の顔が青ざめた。
そう、劉がケントに耳打ちしたのはまさにこのことであった。
隊を抜けるということは【探索者】として身を立てなければならないということに他ならなかった。
さらに物資関連も自前で用意する必要があるため、その分の軍資金も必要となるのだ。
今まで隊からの支給があったため完全に抜け落ちていたのだ。
「そう思いまして、皆様に提案です。物資の補給については私の方で試算し金額を提示します。その後それを頭割りで皆で出すということでどうでしょうか。ダンジョンでは素材の買取等も行っているみたいですので、軌道に乗るまでは持ち出しで。その後は売却益から調達いたします。いかがですか?」
劉が行った提案が最善であると考えると、それに納得せざるを得ず、満場一致で賛成となったのであった。




