第1節 第4話 辰之進の無茶振り
「ちょっと待って、なんでケントが頭を下げるんだ?俺は何もされていない。だから頭を下げられても困るんだ。」
リヒテルはケントの行動にどうしていいか困惑していた。
確かにいろいろ聞いていれば違った行動を起こせたかもしれない。
それによって未来が変わっていたかもしれない。
しかしそれはすべてたらればの話。
それでも頭を上げようとしないケントに困り果てたリヒテルは、助け舟を求めるように辰之進に視線を送る。
辰之進もこのままではらちが明かないと、話題を先に進めることにした。
「ケント、リヒテルの戦力アップの件は了解したが、メンバーをどうするつもりだ?」
「それについては総隊長にお任せするしかないです。出来れば口の堅いメンバーを集めてください。もれなくその人たちも強くなりますから。」
そういわれると、辰之進は顔を引きつらせるほかなかった。
軽くケントが言ってのけたが、今いるメンバーですら防衛隊の中でもトップクラスのメンバーだ。
それがダンジョンアタックで強くなるのだから、これまでの努力は何だったのかと思いたくもなってしまった。
「分かった、人選はこちらに任せてくれ。」
深いため息とともにソファーに深く座りなおす辰之進。
思考を埋め尽くすのはやはり祖国を守れなかったことだった。
コンコンコン
危うくマイナス思考の沼に入りかけた辰之進の耳にドアをノックする音が聞こえた。
「辰之進、俺だ。」
「ザックか……ちょっと待ってくれ。」
そういうと辰之進はケントとリヒテルに視線を送ると、ケントは話は終わったので問題ないと返してきた。
リヒテルはすでに蚊帳の外で、自分の意見を聞くことなくダンジョンアタックが決まってしまったことにため息を漏らしていた。
「どうぞ。」
辰之進が声をかけると、入り口ドアが警護員によってゆっくりと開けられた。
「お疲れ様辰之進。それと、おかえり二人とも。無事の帰還を歓迎するよ。」
ザックは部屋に入るなり、辰之進への挨拶を簡単に済ませてリヒテルとケントのもとへ歩み寄った。
そしてリヒテルとケントはソファーから立ち上がり、頭を下げた。
「さて、堅苦しい話は終わりかな?」
「なんだ、外で待っていたのか……」
少しの驚きを見せた辰之進に、ザックは冷ややかな視線を送る。
「いや、来いって言ったのそっちだろ?」
「いや、俺は呼んでいないぞ?レイラが慌てて呼びに行ったが……」
辰之進の言葉である程度状況を察したザックは手を額に当てて天井を仰ぎ見ていた。
去来する感情を押し殺しているかのようであった。
「あぁ~、あれだ。レイラが慌ててたもんで、なんかあったのかと思ったんだが……確かにこれは慌てるわな。」
ザックは改めてリヒテルとケント向き直り苦笑いを浮かべていた。
レイラが慌てて呼びに来たために、詳細を聞かされていなかった。
ただ二人が無事帰還したとだけザックに伝えると、レイラはこうしては居られないと他の隊員たちにも声をかけに走り去ってしまったのだ。
「ザックさん。無事帰還しました。」
リヒテルはザックにそうあいさつするとザックにも笑顔が戻り、お互いに交わした握手にそれぞれの年月を感じ取っていた。
リヒテルはザックの手がさらに固く巌のような力強さを感じた。
ザックはリヒテルの手から伝わるドロドロとした何か違和感を感じてしまっていた。
「あ、しまった……。」
リヒテルはやらかしたとばかりにポリポリと左手でほほをかく。
リヒテルの身体はすでに7割を機械魔に置き換わってしまっていた。
そのためか、普段から機械魔に触れている人間にとっては違和感でしかなかったのだ。
それを機敏に感じ取ったザックの感覚はリヒテルも舌を巻くほどであった。
「そうか……さらに進行してしまったんだな……」
「はい。ですが、今は平所長のおかげで薬も手に入りました。これ以上の侵攻は無理をしない限りはないはずです。」
ザックはリヒテルの返答に納得を見せる。
確かに手からは違和感を感じ取ることが出来たが、それが無ければ何ら自分と変わらない人間がそこに居る。
リヒテルは自分と同じ人間であると改めて自分の心に刻み込んだのだった。
「そうだザック。お前に頼みがあるんだが良いだろうか?」
話がひと段落したところで、辰之進が話を始めた。
「どうした?何か問題でも発生したのか?」
ザックは訝しがりながらも辰之進に向き直り、辰之進の表情が真剣みを帯びていることに気が付いた。
そのためかザックは居住まいを正し、改めて話の続きを促した。
「端的に話をすれば、リヒテルとケントを一度除隊させる。ケントの伝手でリヒテルを【富士の樹海ダンジョン】へ行かせることにした。それでだ、リヒテルの小隊……この場合は【探索者】に倣ってパーティーか、そのメンバーを4名。ほかにサポーター1名を選出してほしい。」
「いや、いきなり言われてもだな……って、よく伝手を見つけられたな。あそこはそれこそ鎖国まっしぐらだろうに……」
ザックはあまりにも端的すぎる話についていけず、リヒテルはこのまま隊に復隊するものだとばかり思っていた。
その為かケントの伝手についても訝しがっていた。
するとケントは先ほどと同様に狩猟者ライセンスを提示して見せた。
それを見てザックも納得したようで、何か考えるそぶりを見せた。
「すまんな、数日もらってもいいか。本人にも確認しなきゃならんが、そいつらも除隊してもらうってことでいいんだよな?」
「そうだな。ある意味これは極秘任務に近い性質を帯びている。だから、書類上除隊という形をとるが、将来的には復隊についても書面に残そう。」
ザックと辰之進は条件に付いてケントと話を詰めていく。
ザックの表情を見る限りあらかた絞られたとみたケントは深く頭を下げた。
ザックとしては頭を下げられる理由が見つからず困惑の色を示したが、辰之進は苦笑いを浮かべるだけであった。
しかし、自分の事のはずなのに蚊帳の外に置かれっぱなしのリヒテルは、あきらめの境地に達したのか出されたお茶を優雅に楽しんでいたのだった。
「それじゃあ、明後日までに人員を見繕ってくる。」
「頼んだ。」
「お願いします。」
そういうとザックは足早に執務室を後にし、目当ての人間のもとへと向かっていった。
辰之進とケントはソファーに座りなおすと、冷めたお茶を軽く啜り
この会はお開きとばかりに立ちあがった。
リヒテルは半分寝ぼけているかのように目をこすると、ゆっくりと立ち上がる。
「ではリヒテルは引き続き狩猟者連合協同組合での手続きを進めてくれ。ケント、リヒテルを頼む。」
「分かりました。」
辰之進はそういうとケントへと手を伸ばす。
ケントもそれにこたえるように手を伸ばし、二人は固く握手を交わしたのだった。
この数日後、リヒテルの意見を聞くことなくパーティーは編成され、今来た海路を王都へと引き返すこととなったのだった。