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第3節 第1話 8年の歳月

「テンチョー、テンチョーってば……。テンチョー!!」

「うわぁ?!」


ガタガタガタン


 突然の女性の声に少年は驚きのあまり、登っていた脚立から滑り落ちてしまった。

 傍にいた女性もびっくりして声を出せずにいた。


「いたたたたぁ~。」

「ダイジョーブですか~?」


 少年は痛む体をいたわりながら、ゆっくりと体を起こす。

 目の前には大きな姿見があり、その中にはびしっとした黒のギャルソンベストに身を包んだリヒテルの姿があった。


「マリアさんいきなり声をかけないでくださいよ。」


 あの事件からもうすぐ8年の歳月が経とうとしていた。

 リヒテルは15歳となり、今では食堂兼酒場の店長を任されるまでになっていた。

 身長も大分伸び、今では170cmまで届こうとしている。

 これまでの8年の間、リヒテルは狩猟者ハンターになる為にいろいろなことを試した。

 15歳になると、職業は確定されてしまう。

 そうなる前になんとしても狩猟者ハンターに必要な技能スキルを身に付けたかったのだ。

 適性診断ジョブダイアグノースの結果はあくまでも15歳までの猶予期間。

 それまでに別の技能スキルが発現した場合に限り〝例外〟が認められる。

 リヒテルはその〝例外〟にかけたのだ。

 剣術や体術、棒術に槍術。

 出来るものはすべてこなした。

 どれも道場の師範からお墨付きをもらえるまでに成長するものの、目的の技能スキルが発現する気配は全くなかった。

 狩猟者ハンターの後方支援も考え、支援業務にも手を出すが、どれもこれも技能スキルとはならなかった。


 そしてそれもあと2週間で終わりを告げる。

 2週間後はリヒテルの15歳の誕生日。

 全てが確定するのも目前だった。

 リヒテルは心を落ち着けるために店内の磨き上げを行っていたのだった。


「もう、テンチョーはそうやって集中すると周りが見えなくなるんだから。もう少ししっかりしてください!!」


 女性の名前はマリア・アルフォート。

 リヒテルの同僚であるとともに、この店の副店長でもある。

 見た目は少しぽっちゃり気味で、ボブヘアーが良く似合う女性だ。

 どうやらもうすぐ開店の時間となるので、リヒテルを呼びに来ていたらしい。


「ごめんごめん。じゃあ、みんなを集めてもらっていい?」

「すでに集まってます。あとはテンチョーだけですからね?」


 リヒテルは苦笑いをするしかなかった。

 それほど時間を忘れるくらい集中していたらしい。




「それじゃあ今日も笑顔でおもてなしをお願いしますね。」

「「「はい!!」」」


 リヒテルのあいさつに店員が元気よく答える。


狩猟者連合協同組合ハンターギルド直営店〟【Survive】の開店だ。


 もともと店名は無かったが、リヒテルがそれだと味気ないと店長へ就任した際に無理言って付けたのだ。

 そしてその意味を問われたら必ずこう言っていた。


狩猟者ハンターの皆さんが無事に帰って来れるように。って俺の願いです。」


 それを聞いた狩猟者ハンターたちは目に活力が戻り、また一人また一人とこの場所を旅立っていく。

 どうしても狩猟者ハンターになったとしても燻ってしまう人たちがいた。

 リヒテルの資格が無くとも狩猟者ハンターになりたいと願う思いや、店名の意味を聞いて、〝もう一度立ち上がろう〟と気持ちを新たにした狩猟者ハンターが大勢いた。

 その中でも数人の狩猟者ハンターは腕利きと言われるまでに上り詰めた者たちもいた。

 リヒテルにとっても、それはとても誇らしい事だった。


 だからと言って自分が狩猟者ハンターになる夢をあきらめるかと言えばそうではない。

 出来る事は全てやる。

 それがリヒテルの行動理念なのだ。




 低く響くウッドベースの重低音と、優しくもあり時折激しくもあるピアノの旋律が店内に流れる。

 そんなクラシックなジャズの流れる店内に、シャカシャカとシェイカーを振る音が小気味よく響く。

 リヒテルは今日もまたいつもと同じようにカウンターに立ち、酒の提供をしていた。


「なぁ、マスター。マスターって本当に14歳か?どう見ても肝が据わり過ぎじゃないか?」


 そうリヒテルに話しかけてきたのは、30も半ばに入りかけた一人の狩猟者ハンターだ。


「いやいや、嘘ついてどうするんです?俺に何の得もありませんからね?それに飲み過ぎですよ、飯塚さん。」

「俺は飲みすぎちゃいねぇ~からな?それよりも、一昨日だって酔っ払い5人相手に全員制圧するって凄過ぎだからな?それに相手はランク2の狩猟者ハンターチームだぞ?」


 飯塚と呼ばれた狩猟者ハンターの名は伸晃・飯塚。

 飲兵衛ではあるが、本物のランク3の大剣使いだ。

 パーティーでは切り込み役で、いくつもの中型機械魔デモニクスを単騎で屠る強者だ。

 しかし今はただの酔っ払いで、飲み始めてからずっとカウンターでグダグダしていた。


「あれは酔っ払いですからね。足元もフラフラだし、バランスさえ崩せれば女性だって可能ですよ。」

「そのバランスを崩さすのが難しいんだって。」


 そんなくだらないやり取りを続けていると、突然飯塚は真面目な顔になっていた。


「マスター……。リヒテルももうすぐ15歳か……。時間が無いな。」

「はい……」


 飯塚はリヒテルの夢を知る人物だ。

 事ある毎に相談していた兄貴分でもあった。

 二人の表情が途端に曇っていく。

 リヒテルにはどこか焦りの表情も伺える。


「なあ、リヒテル。俺の弟子に……」

「ダメですって飯塚さん。それをやったら飯塚さんが禁固刑ですよ。仮にポーターだとしてもです。それは散々話し合ったでしょ?」


 飯塚はリヒテルの相談に乗るうちに、強い感情移入を抱くようになっていた。

 それは年の離れた兄弟と思わせる関係だ。

 しかしリヒテルは飯塚の申し出を毅然として断る。

 それをしてしまったら飯塚のこれからの汚点になるからだ。


 断れる事が分かっていた飯塚は、ふと何かを思い出した。


「そういやもう一つあったな……方法が。」

技能習得スキルエンゲージですか。あれはハイリスク・ローリターンの大博打ですよ?失敗したらシャレにならないですからね?俺この年で機械魔デモニクスなんてなりたくないですからね?」


 今話題に上がった技能習得スキルエンゲージは、リヒテルの言う通りハイリスク・ローリターンの博打であった。

 それは体内に魔石マナコアを取り込む行為で、専門の機関で行われている。

 後天的に技能スキルを得る可能性が高い手法ではあったが、得られる技能スキルはランダムなうえ、失敗した場合魔素汚染マナコンタミネーションを引き起こす可能性をはらんでいるのだ。

 魔素汚染マナコンタミネーションになった場合、軽度であれば日常生活に何ら問題は無い。

 公安当局の監視付きという但し書きが付くが。

 しかし重度の汚染が発生した場合は話が変わってくる。

 ただ死んでしまった場合はまだ良く、最悪の場合機械魔デモニクスに変貌を遂げてしまう。

 そうなった場合は機械魔デモニクスとしての駆除対象となってしまうのだ。

 それだけリスクが高い行為なのだ。

 しかし、そのリスクを背負ってでも技能習得スキルエンゲージに挑む者が後を絶たない。

 それは技能習得スキルエンゲージでしか得る事が出来ない技能スキルが存在しているからだ。

 その代表格がスキル【ブラックスミス】。

 リヒテルが一番夢見たスキルだ。

 この技能スキル狩猟者ハンターの花形である魔砲使い(ガンナー)になる為の必須技能スキルである。

 スキル【ブラックスミス】は魔石マナコアから魔砲を作り出し自在に操る。

 その威力は確認された技能スキルの中で群を抜いており、これを超える技能スキルは無いとさえ言われている。


「さすがにやらないか……」

「やらないですって。それにそんな金ありませんからね?一回500万とかぼったくりもいいところですから。」

「調べたんだな?」

「ノーコメントで。」


 そんな二人のやり取りを見ていたマリアは、何とも言えない悲しげな表情を浮かべていた。

 マリアもまたリヒテルの夢を応援していた一人だからだ。


「テンチョー……受けましょう、技能習得スキルエンゲージ。テンテョーなら大丈夫ですって。なんてったって今までこんなに頑張ってきたんです。神様だってきっと見てくれてますよ。」


 そう言うとマリアは胸元で手を組むと祈り始めた。


 リヒテルもまた迷ってはいた。

 時間がなく、これ以上の修練は実を結ぶとは到底思えなかった。

 だから最後の望みにかけてみたい。

 そう思えてならなかった。

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