半人
「お金ですか・・・ある程度の額なら貸すといわず贈与させていただけますが、一体どういった目的のものでしょうか?」
「実は奴隷を買いたいのです。」
え、奴隷? 真面目なピエールにしては予想外の目的だ。
「実は道を歩いてるときにたまたま奴隷商の前を通ったのですが、魔族らしき女の子を引き入れてる最中でして。」
「魔族?」
詩織が鋭い反応をする。
「僕たちの国では奴隷は認められていないので、それ自体は凄く嫌な気にはなるんですけど、それでもこの国にもこの国の在り方があるだろし、奴隷って言ってもいろいろな在り方があるだろうし、なるべく気にしないように努力してたんですけど、余りにも扱いが酷いので声をかけたんです。そしたらこいつは『半人』だから、人権なんてないから問題ないと言われました。助けたいなら買い取れとも・・・。」
「なるほど、この国の奴隷制度は人に対しては非人道的な扱いは禁止しています。それを違反するならば罰金や逮捕といった罰が課されますが、半人には適用されませんからね。魔族にも適用されませんが、魔族の奴隷化自体珍しいので・・・。」
「すみません、半人というのはどういう人たちなのですか?」
真二が元大臣に質問する。
「簡単にいえば、人族と魔族の混血児というわけですね。」
「子どもが出来るんですか?」
「まぁ、そうですね。はい。」
元大臣の口が重い。
「それって、人体実験の一部ですか、例の研究所の?」
「お恥ずかしい話ですが、そういう実験も行われていました。ただ、街に出回っている半人は研究所とは無関係です。まぁ、おぞましい話には違いありませんが。」
「おぞましい?」
「ええ、実は半人は言葉を理解出来るのですが・・・。」
「僕らのスキルと同様な特性がある・・・と?」
「いえ、翻訳スキルは言語を習得しなくても話せますが、半人は習えば喋れるようになるという感じですね。魔族の言葉も習えばあるいは・・・。その特性に加えて法律で守られない。そのため奴隷商からしたら莫大な利益を生むんです。それで近年では魔族を捕らえて人工的に・・・その・・・。」
「半人を産ませてるってことですか?」
「そうしている奴隷商もいる・・・ということです。言葉を話せて人権がないとなると需要が高いらしく。」
「性奴隷ってわけか?」
「まぁ、そういう目的もあるでしょう。いずれにせよ、使い方を問われない半人は今や奴隷商の目玉商品でしょう。」
「蹴ったり、殴ったりしてた・・・。 同じ形で、同じ言葉を喋るのに、どうしてあんな酷いことが出来るの?」
「同じ形・・・とは、私たちが思わないからです。すみませんが、見解の違いです。耳があって目があって鼻がある。犬も猫もそれは私たちと一緒です。例えば犬が喋って、『僕もあなたも対等だから偉そうに飼うのをやめてくれますか』と言ってきたら、あなたは全ての犬を解放して人と同じ権利を与えますか?」
「彼らは犬や猫じゃない!!」
「しかし人でもない。すみませんが、この議論をするつもりはありません。そして、そういう目的ならお金を差し上げることも出来ません。すみませんが、これで失礼します。」
温厚に思われた大臣が少し感情をあらわにして去って行った。奴隷問題は歴史背景や魔族への憎悪など、いろいろな要素が絡んでいる問題なのだろう。ラースとサルジオーネもその会話には触れずに礼をして去って行った。
「汚わらしい血が入ってるなら、どんな扱いを受けても仕方ないじゃない。」
詩織がピエールに向かって吐き捨てる。
「え? 汚わらしいってどういうこと?」
「魔族の血が入ってるなら、受け入れろってことよ。」
「魔族だって、僕らと少し違うところがある人間だ!!」
「違うわ。あいつらは私たちの友達を殺した獣よ!!」
「王国の奴らだって彼らに同じような、いや、もっと酷いことをした!!」
「それは私たちが償わなきゃいけないこと? 獣だから誰がやったかもわからなかったんでしょ?」
「やめろよ、二人とも!! ピエール、一緒に外に行こう。落ち着いた方がいい。真二も来てくれ。」
止めに入ったは良いが、俺にピエールを落ち着かせる話術があるとは思えない。しかも俺にはピエールの気持ちに共感してしまっている部分があるから余計にたちが悪い。ここは万能、真二君の出番だ。
「わかったよ。晴彦、ちょっと出てくるからみんなを頼む。」
真二が晴彦に頼むといったのは『みんな』ではなく『詩織』のことはを頼むと暗に言いたかったのだろう。俺たちはそのまま外に出て広場に向かう。
「なぁピエール、あんまり詩織のことを悪く思わないでやってくれよ。あいつも混乱してるんだ。」
「わかってるよ。僕も悪かったと思ってる。止めてくれてありがとう。でも、僕も混乱してるんだ。」
「ああ、わかるよ。普通の学生だった俺たちがいきなり殺し合いの真ん中に落とされたんだ。混乱しないほうがおかしいだろ? 俺だってそうだよ。」
「うん、でも、僕は魔族を憎めないんだ。友達をいっぱい殺されたのに、それでも彼らも人間だって思ってしまう。」
「ああ。」
「どうにかしてさっきの子を助けられないかって思ってしまう。」
「お前は優しいからな。」
「そんなんじゃないよ。僕は目の前で斬られたあの人が忘れられないんだ。その罪滅ぼしをしたいんだ。」
「あの人はお前が殺したわけじゃないだろ。」
「同じことだよ。僕が引き付けてラースが斬ったんだから。」
「ま、お前がそう思うなら、そうなのかもな・・・。」
人を殺した俺がいくら言っても慰めにもならない。どんなに周りが正当防衛だって言ったって変わらない俺の気持ちと同じだろう。結局、本人がどう思ってるかだろうから・・・。
「で、真二先生。ピエールの思いを叶えることは出来るんですか?」
わざと明るいトーンで真二にふる。
「全く、無茶言うな、大輔。なんでもかんでも僕が解決策を持ってると思わないでよ?」
「え、ないの? 使えないな。」
「酷い良いようだな。じゃあ、自分でなんとかしろよ。」
やばい裏真二モードに入りそうだ。
「ピエールもピエールだよ。君はその子だけ助ければ満足なのかい?」
「・・・。」
「その子だけ助けたいなら協力するよ。お金を集めるために出来ることはしよう。でも、じゃあ他の人たちは? 元大臣の話だと奴隷商の売れ筋商品だ。つまり売れれば売れるほど、量産される。それが経済だ。つまりピエールがその人たちを買えば買うほど、新たな同じ境遇の人が生まれる。しかも数を増やしてね。それでも、ピエールはその子を助けたい?」
「助けたい・・・よ。わかってるよ、僕が思うほど簡単なことじゃないことだって、でも、助けたいんだ。」
「そうか、わかったよ。じゃあ、手伝うよ。でも2つだけ約束してくれる? まず僕たちが手伝うのは今回限りだってこと。同じようなことは起きても助けない。もう一つは詩織には何がなんでも隠し通すこと。」
「約束するよ。真二、大輔、ありがとう。」
正直、真二は上手いこと丸め込んで助けないという結論に達すると思ってた。それに、詩織には内緒って言うけど、本当にそんなことって可能なんだろうか? 俺は疑いの目を真二に向ける。
「大輔、言いたいことはわかるけど、その目はやめろよ。僕もこの行動が色々問題なのはわかってるから・・・。でも、良いじゃないか。ケセラセラだよ。」
「なんだケセラセラって?」
「なるようになるって意味さ。良い言葉だろ。」
「真二らしくないけどな。」
「っだな。なんだか、こっち来て色んなことがあって、ずっと張り詰めてて、でもさ、ピエールの純粋さに触れて、ああ、人間ってこうだったよなって、ふと思い出したというか、正直、救われたよ。だから、ありがとうピエール。」
「え? 僕? 助けて貰ったのは僕なのに、え? なんで?」
「良いんだよ、ピエール。お前はそのままでいてくれて。俺たちがお前を助けてお前が俺たちを助ける。友達ってそういうもんだろっ。」
困惑するピエールを横目に俺も真二も大きな声で笑う。俺もその時少し人間味を取り戻せた気がした。