復讐者
「まずは、今回の件を謝らせて頂きたい。本当に申し訳ありませんでした。こちらの不手際で魔族を研究所から逃がし、そちらに尋常ではない数の犠牲者を出してしまった。」
「謝罪してくれたところで僕らは受け入れることは出来ませんよ。もともと僕らはこの世界に連れて来られたことだって納得してませんから。」
「もちろん全てこちらの不手際が原因です。謝罪を受け入れていただけないのもわかっていますが、ケジメとして、謝らせてください。申し訳ありませんでした。」
サルジオーネと一緒にラースが頭を下げる。
「そんなのただの自己満足だろ。」
晴彦が小さい声でつぶやいたのを真由子にたしなめられる。
「それで、謝罪はともかくお願いというのは?」
「その本題に入る前に、私からある程度、今回の件を説明させてもらえないだろうか。」
入口からもうひとり騎士団・・・の格好をした元大臣が現れた。
「ああ、こんな格好で申し訳ない、如何せん謹慎中なので自由に出歩けないんだ。」
「それで変装を?」
「まぁ、ばれてはいると思うが、形式的にでも謹慎しとけばある程度は目をつぶってもらえるだろう。それより私にも謝らせて欲しい。本当に申し訳なかった。召喚したことも、犠牲者を出したことも、無責任にあなたたちを放り出そうとしてることも・・・。」
「いくら謝って頂いても許すことは出来ませんよ。でも、お気持ちはわかりました。それで、今回の件の説明というのはどういうことです?」
「ああ、事件後に少しお話させていただいたのですが、処理に追われてきちんと深い説明をさせてさせていただけなかった部分がありましたので、こうして謹慎中ではありますがお会いさせて頂こうと参った次第です。」
「そこにサルジオーネさんが同行させる必要はあったのですか? 正直、僕らが持っている情報ではあまり歓迎出来そうな人物には思えないので。」
本人を目の前にしても真二は遠慮せずに言い切った。
「それは少々誤解されている部分もあるかも知れません。まぁ、かく言う私も誤解してた口ですが。多分あなたたちはサルジオーネが召喚反対派の筆頭であると私から聞いていたため悪い先入観を持ってしまっていると思うのですが、これは私の完全な過ちです。いえ、実際彼は召喚に反対はしてたのですが、その理由は騎士団の権威の失落などや、召喚されるものたちが『闇をもたらす』と、思っていたわけではないらしいのです。彼は純粋に自分たちの世界の問題を異世界の住民に託すということを嫌ったようです。もっと言えば、こちらの世界の都合で関係ない人たちが傷つくのを避けたかったのです。」
「それが本当だとしても、結果は変わらない。結局俺たちは召喚されたんだから。」
「もちろんです。ですが召喚を進めた私たちは彼以上に罪を背負うべきと思っています。」
「それで、僕らの彼へ対する評価を改善する目的はなんでしょうか?」
「真二君は本当にいい洞察眼をしている。でも、もう少し本題は待ってください。まずは今回の事件の発端なのですが、研究所の管理ミスで大量に脱走者が出たと思われていたのですが、どうやら一匹の魔族が最初に脱走し、サターナ様を殺めた後何故かわざわざ研究所に戻り、他の魔族を脱走させた様なのです。どうして、わざわざ一旦離れた場所に戻ったか真二君はわかりますか?」
「王女様を殺すことが優先すべき目的だったからじゃないんでしょうか?」
「ええ、私もそう思ったのですが、その魔物はサターナ様と面識もなければサターナ様の存在を知らなかったと思われるので、その線が揺らいでしまって。」
「どうしてそう思うのですか?」
「実はあの魔物は研究所に捕らえてから5年経っています。その間一度もそこから出ていません。サターナ様は幼少期から優秀ではありましたが、王族として活動し始めたのは2年前です。ですからあの魔物がサターナ様を殺すことを優先する理由が思いつかないのです。」
まぁ、普通に考えたら自分を拷問してた研究所の連中に復讐するのが優先だよな。
「確かに不思議ですね。でも、そこに今回の事件の真相が隠れている気がしますね。」
「おっしゃる通りです。そしてこの魔物はお伝えづらいのですがいまだに逃亡中です。」
魔族に殆どが死んでいたので勝手にその魔物も死んだものだと思っていたが、魔物が一人が死亡していないのは情報としては確かにあった。まさか今回の事件の元凶が生きてるとは思わなかった。
「では、『その魔物を捕まえる為に僕らに協力を求めに来た。』と、いうことですね。」
「今更と思われるかも知れませんが、その魔物は言わばそちらにとっても憎むべき相手だと思います。どうか、お力を貸していただけませんか?」
「力を貸すというか、こちらもその魔物を捕まえたい気持ちはありますよ。みんなの敵ですし、ひょっとしたら先生殺しにも加担してるかもしれないので。ですが、具体的に作戦はあるのですか? 事件から今まで見つかっていないってことはもう遠くに逃げてるんじゃないですか? こちらとしてはリスクが高い行動は取るつもりはありません。」
「それが、かたきを取るためでもか?」
今まで黙っていたサルジオーネが口を開く。
「そうです。僕はこれ以上仲間を危険に晒す行動は取らないと決めています。」
「そうだな。いや、すまなかった。実はその魔物に昔婚約者を殺されてな。むきになった。すまない。仲間を大切にするのは素晴らしいことだ。」
「だからって拷問みたいな真似をするから魔物が暴れ出したんじゃないのか?」
晴彦がサルジオーネに噛み付く。
「例の噂を聞いたんですな。晴彦君。その噂はデマです。サルジオーネは足繁く研究所に通い、非人道的な実験や拷問を止め、即時に魔族を殺すように提言していたそうです。研究所の職員がそれを疎ましく思ってその噂を広めたというわけです。『即時殺す』という行為が正しいとは言いませんが、彼の言うことを守れば今回の惨事は防げていた。」
「いや、俺が研究所に出入りしたのはただ単にあれを殺して復讐したかっただけで、結果論でその行為を肯定するのはやめてください。そして今回の特殊部隊結成も俺の復讐の為の個人的な理由です。参加を直訴してくれた者たちも俺と同じ復讐者です。ここの皆さんももしくはと思い、協力してくれる気になっていましたが、私のはやとちりでした。この人たちは私と違い守るものがある。それなら、こちらサイドには来ないほうがいい。」
どうやらサルジオーネは復讐に取り付かれているらしいが、一応分別はつく人のようだ。
「・・・そうですね。サルジオーネの言う通りですね。すみません、今回私たちが新設する特殊部隊、魔族討伐隊への協力を要請させてもらおうと思ったのですが・・・諦めます。」
「軽く話を聞く限り、そうして頂いた方が良いですね。」
「私はその特殊部隊の話を聞かせて欲しい。」
真二が話を打ち切ろうとしたときに、詩織が思いがけない言葉を発する。
「詩織・・・深入りしないほうがいい。」
「晴彦、ごめん。でも、私もたぶん復讐者・・・だから。ごめん、みんな、私は殺されたみんなの声が耳から離れない。」
詩織が毎晩うなされているのは気づいていた。が、そこまで追い込まれているとは・・・。 詩織は最初からあの場にいてクラスメートが次々に殺されるのを見た。その数、実に26回。現場に遅れて到着した俺たちとは精神的に受けた傷の深さが違う。わかってはいたつもりだが、俺たちにも余裕がなかったので、きちんとケアをしてあげれていなかった。まさか自分を復讐者と呼ぶとは・・・。
「詩織さん、すみません。一度、今回の件は白紙にさせてください。」
「どうしてですか? 元々は協力要請で来たんでしょ? 私は協力したいと言っています。」
「すみません、お嬢さん、私が言うのはおこがましいですが、やめた方がいい。あなたはまだ戻れる。」
「戻れる? どこに? もといた世界? 戻れるならあの幸せだった時間に戻してよ!!」
「それは・・・すみません。」
「じゃあ、私にも復讐のチャンスを頂戴!!」
「みんな、すまないが話だけでも聞かせてあげてくれないか。そっちの皆さんも俺たちに対して思うところがあるなら、詩織に話をしてあげてください。詩織、俺たちはお前をその特殊部隊とかを手伝わせて、魔族狩りを行わす気はない。それで良いなら話だけきいてみろよ。」
普段はふざけている晴彦がみんなに頭を下げる。俺と同じように詩織の状態に気づけなかった罪悪感か、もとからの好意ゆえか、助け舟を出す。
「ごめん、晴彦、みんな。取り乱した。でも・・・。」
「約束できないなら、俺も後押しできない。皆さんにはこのまま帰ってもらう。どうする?」
「わかった。私は話だけでも聞きたい。」
「約束出来るな。」
「約束する。」
晴彦が取り持ってみんなで特殊部隊の話を聞くことになった。