愛の力
入口から宿舎棟に入ると鉄の臭いが鼻につく。急いで食堂に駆け込む。
「その手を放せ!!」
俺より一足先に食堂に到着していた晴彦の叫び声がこだまする。と、同時に食堂の真ん中にいた大男に晴彦が特攻する。
バンっ!!
大きな音と共に、晴彦が大男の持っていたこんぼうの様なものの一撃で吹き飛ばされる。
「晴彦!!」
遅れて食堂に到着した俺の目に飛び込んだのは吹き飛ばされた晴彦と目を覆いたくなり様な無残な光景であった。有り得ない方向に体が曲がった死体、真っ赤に染まった床、小さなうめき声をあげるクラスメートたち。真由子が言った『それ以外』の生命反応・・・それは瀕死のクラスメートだった。
「おいおい、楽しみの邪魔するなよ。」
そう言って振り返った大男の額には角、右手にはこんぼう、そして左手には足を掴まれて宙吊りになった詩織がいた。
「くそ!!」
そう言うと晴彦はもう一度突撃をかける。それを待ち構えていたかのように大男は今度は左手を振るう。
ドコっ
今度は鈍い音がして晴彦と詩織が一緒に吹き飛ぶ。
「あれ、手が滑って飛んでっちゃった。」
そう言うと、左手に残った靴をポイっと投げ捨てる。吹き飛んだ2人はうめき声をあげている。特に詩織の方は重症だ。右足がぐちゃぐちゃだ。二人が吹き飛んだ近くにクラスメート3人が隠れていたのが見えた。どうやら3人は無事らしい。しかし、3人は怯えて動くことが出来ない様だ。つまり、今、この状況で動けるのは俺だけだ。
「あれっ、そこにいたのか。やっと見つけたよ。」
どうやら3人が見つかったらしい。行くしかない。
・
・
・
行くしかないのに、体が動かない。
圧倒的恐怖に足がすくんでしまう。
「おいおい、そこのお兄さん、勢いよく入ってきた割に足が止まってますが、早く来ないとここの5人、殺しちゃうよ。」
「う、あ・・・。」
言葉を発せようとしても震えて言葉にならない。
「じゃあ、あと10秒だけ待ってあげるよ。頑張って。」
こちらを挑発し、弄ぶように笑い声をあげる大男。しかし、俺の足は動かない。
くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそおーーー!!
動けよ、動け、動け動け動け動け!!
「うあああああああああああああああああああああああ!!」
自分を奮い立たせる為か、恐怖から逃げるためか、俺は雄叫びをあげて突進する。習った剣術も足運びも戦略も全て忘れ去ったただの突進。
「おお、おお、良く頑張った。でも残念。」
大男の軽く振ったこんぼうに吹き飛ばされ、剣を手放す俺。全身の骨が砕けたような衝撃でピクリとも動けない。ゆっくりと近づい来る大男。
「おいおい、もうおしまいかよ。さっきの風の姉ちゃんの方が頑張ったぞ。まぁ、いいや、これ以上頑張る気がないならもう死ね。」
振り落とされるこんぼう。
ガキンっ
間一髪、助けに来てくれたのはラース。
「まだ生きてますか? 生きているなら隅で大人しくしていてください。」
声は聞こえるが、体が動けず、返事も出来ない。すると突然体に別の痛みが走り、晴彦たちの方に飛ばされる。
「おいおい、酷いな、仲間を蹴り飛ばすなんて。」
「獣の言葉を理解する耳を私は持たないので遠慮なく殺させてもらう。」
「あっ? 何だよ、こいつは言葉をしゃべれねぇのかよ。あいつらは話が出来て虐めがいがあったのに。お前面白くないからすぐ死ね。」
両者の会話は噛み合わないまま殺し合いが始まる。その場に巻き込まれないようにラースが俺を蹴飛ばしてくれたらしい。
ドコっ
キンっ
斬撃と打撃の音が交互に聞こえる。俺はボロボロの体を無理矢理動かし、顔を2人の方に向ける。どうやら戦いはほぼ互角の様だが、スピードで勝るラースが徐々に形勢を良くしている様に感じる。俺はこのまま押しきってくれることを神に祈る。
「よぉ、だぃすけぇ、ちょうぉしはどぉだ?」
大男から2撃を受けうめいていた晴彦が息も絶え絶え話しかけてくる。
「ちょっと、いや、かなり体が大変な事になってるけど、お前よりはマシだよ。」
これは本心だ。晴彦がくらった一撃目は明らかに俺の時と威力が違った。きちんと基本を守って特攻した晴彦と無様に特攻した俺で、相手の手加減が変わったんだろう。
「たぶ、ん、このまま、じゃ、ラぁスが、まける。」
『俺の直感がそう言ってる。』晴彦の真剣な目がそう物語っている。
「それで、俺はどうしたらいいんだ。」
長年の付き合いで、言葉を交わさなくても、晴彦が俺に何かを託そうとしていることはわかる。同時にさっきまでボロボロだった体に力が蘇る。
「ヘッヘッへ、さすがぁしん、ゆう、ぉれのあいずで、このやりを、あいつにぃつっこんで、ぶっさしてくれ。」
俺は槍は剣ほど上手く扱えないが、そんなことは晴彦も百も承知だろう。
「わかった。」
俺は晴彦から槍を受け取りいつでも飛び出せるように小さく身構える。
「しぃおり、つらいと、ぉもうけどぉ、おまぇもたのむ。」
詩織は言葉は発しないが微かに首が頷いた様に見えた。
ガキーン。
金属音が響き渡る。ラースの剣がこんぼうの力に耐え切れず折れた。ボコっという音と共にラースが血を吐きながら吹き飛ばされる。
「ああ、痛っかた、見ろよ、こんなに血が出てる。全く面白くねぇ、さっさと殺してまたゲームの続きをしなくちゃ気分が悪い。」
そう言ってラースに近づく。
「い、ま、だーーーーー!」
晴彦の号令で俺は無心で突撃する。
「待ってたよー。」
嬉しそうに振り向く大男。こちらの特攻を見越していたのであろう、大きくこんぼうを振りかぶる。
「しおりーーーー。」
ドンッ
再び晴彦の声。突風が後ろから吹き荒れる。俺の体は風で加速する。
「ハッハッハ、面白い。が、それでも俺の方が早い。」
大男の言う通り、奴の方が早い。晴彦の奴、最後の最後で『直感』を外しやがって、全く、最後まで『面白い奴だ』。不思議と感謝の気持ちが溢れる。今までの思い出がフラッシュバックする。走馬灯なんて、いよいよここまでか。不思議と世界がゆっくりに見える。一瞬が一分にも二分にも感じる。
『出来れば最後に麗奈を一目見たかったな。』
そんなことを考えていると、食堂の入口にいる麗奈の姿が目に飛び込んで来る。不思議な力が体を駆け巡る。
『例え大男の方が早くても、俺が死のうとも、こいつだけは道連れにしてやる。だから、麗奈。幸せにな。』
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
俺は再び咆哮する。
ボコっ
俺はこんぼうの一撃をくらい吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされながらも、槍の切っ先を見つめ続ける。
槍は大男の心臓を突き抜けていた。
「ああ、よかった。これが愛の力か。」
俺はそこで意識を手放した。