魔族
「魔族? 魔族って何ですか? 魔族が城の中にいるんですか。」
俺たち突然の事態に困惑して大臣を問い詰める。
「ええ、研究所の連中が魔族の生態を調べるために、騎士団が国境近くで捕らえた魔物が数十体います。厳重なセキュリティで管理しているので脱走など不可能なはずなのですが・・・私は状況の把握の為に上に行きます。無罪の件は任せてください。とりあえず宿舎の方に戻っておいてください。ラース、あとは任せたぞ。」
「お任せください。」
そう言うと大臣は急いで部屋を出て行った。
「では、まずは念の為、武器をお渡ししますのでついて来てください。」
「武器? 武器って、俺たちにも戦えってことかよ?」
「あくまでご自身を守って頂く場合の保険の様なものですが・・・。」
「晴彦、ここは言う通りにしよう。魔族が僕たちを狙う可能性だって少なくないんだし、そのために僕たちは訓練してきたんだから。」
「でも真二・・・。」
俺たちには戦う覚悟が出来ていない。きっと晴彦はそう続けようとしたに違いない。確かに俺たちは訓練を通して騎士団レベルの力は手に入れたに違いない。でも、心は違う。つい一ヶ月前までただの高校生だった俺たちに殺し合いをする覚悟はまだなかった。しかし晴彦が言葉を止めたのは、覚悟があろうとなかろうとそれが必要だと直感したからだろう。
「こちらから好きなものをお使いください。」
俺が剣を、晴彦は槍を持つ。訓練の中で自分にあった武器だ。真二、真由子、麗奈は戦闘訓練は受けていないが、護身術だけは習っているので棍を持った。敵を殺す為じゃなく制圧することを目的とするため、自傷しないものがベストだという。
「では、私の後ろからついて来てください。」
牢屋があった建物を出た瞬間、信じられない光景が飛び込んできた。地獄絵図、その言葉がこれほど当てはまる情景はないだろう。血、血、血。血の海、血飛沫、阿鼻叫喚、想像していた戦いというものを根底から覆される。何より魔族と称されていたものたちの姿に心が揺さぶられる。
「どうして人同士で戦ってる? 魔族はどこ?」
いつもは冷静沈着な真由子が取り乱す。
「鎧や制服を身につけず、手に鎖をつけているものたちが魔族です。」
ラースが答える。
「そんな、だってあれは、人間そのものじゃないの!?」
そう、ラースが魔族と言うそれは俺たちの目には人間にしか見えなかった。
「確かに姿は人間に似ているかもしれません、ですが奴らは角や尻尾、もしくは耳の形など人間とは異なる部分を持っています。何より奴らは言葉を・・・いえ、何でもありません。」
言葉を・・・話せない、多分、そう言いかけたのだが、俺たちの翻訳スキルを思い出したのだろう、それ以上言葉は続かなかった。つまり若干の差異はあっても俺たちにとって初めて遭遇した魔族は人間だった。
「良くも仲間を!」
「薄汚い魔族め!」
「拷問された仲間の敵!」
「死ね人族め!」
両陣営からの怒声を全て理解出来る俺たちは確かに異物なのかも知れない。しかし、これは余りにも・・・。
「俺たち、人と殺し合いをさせらるところだったのかよ。」
俺たちは余りの光景に一歩も動けない。
「さぁ早く行きましょう。」
ラースが俺たちを急かす。
「この状態だと、宿舎も襲われている可能性があります。お急ぎください!」
「それってみんなが危ないってこと?」
言われてみればその通りだ。急がないと、みんなが心配だ。
「くそっ!! みんな急ごう!!」
俺たちは止まった足を無理矢理動かす。走る走る走る。余計なことを考えないようにして、ただひたすら目的地を目指して。宿舎棟に近づいたとき、悲鳴の様な叫びが聞こえて来た。
「もうやめてよ!! 僕は君と戦いたくなんてないだから!!」
ピエールがまさに魔族と戦っている。戦っているという表現は適切ではないかもしれない。ピエールは土魔法を体に軽鎧の様に装備して防御に徹している。ピエールの防御力はクラスメートの中でも飛び抜けていて、今では誰も彼に攻撃を当てることは出来ない。魔族もそれは同様らしく、全ての攻撃をシャットダウンしている。
「五月蝿い小僧。お前の気持ちなど知ったことか、人族が我らにしてきたことを忘れたのか!」
「僕たちは召喚された異世界の住人だから、過去のことは知らない。だから僕たちが戦う理由なんてないじゃないか。」
「ほう、お前転移者か。ならば余計生かしては置けぬ、死ね。」
より一層の殺意と共に攻撃は荒々しさを増す。
「やめてよ、やめてよ!!」
慟哭の様な叫びが付近にこだまする。その瞬間、魔族の首が飛ぶ。ラースが疾風の如く駆け抜け、魔族の首を跳ねたのだ。
「え・・・。」
呆然と立ち尽くすピエール。
「戦場での迷いは死を招きます。どうか心を強く持ってください。」
そう、ピエールに伝えると他の魔族に切りかかっていくラース。宿舎の周りでは騎士団と魔族それぞれ約10名同士が戦っている。
「おい、ピエール、大丈夫か?」
ピエールの元に駆けつける俺たち。周りを警戒しつつ、ピエールに現状を尋ねる。
「真二たちが連れていかれてから僕たちは王女様の件もあるからって宿舎で一日待機を命じられたんだ。朝ごはんを食べて、みんなでこれからどうしようかって話してたらあの人たちが武器を持って入ってきて・・・。詩織が騎士団に助けを求めてこいって言うから僕が飛び出したんだ。そしたら、さっきの人が追いかけてきて・・・。」
「そうか、大変だったな。じゃあピエール、詩織たちはまだ中にいるんだな。」
ピエールの心情を思いやって優しく話しかける真二だが、顔色は真っ青だ。
「真由子、悪いけど建物内の生命反応を調べてくれるか。」
その言葉を聞いて、真二が最悪のケースを想定していることに気づく。頷く真由子も目から涙が溢れている。
「建物内の反応は10、強い反応が1、普通の反応が3、弱い反応が1、それ以外・・・5。」
それだけ言うと、真由子は座り込んでしまう。クラスメートの数は36、ここに6人いるから、30はいるはずだ。そこに侵入してきた魔族を足すことを考えると余りにも少なすぎる数だ。それ以外・・・と、言う表現も曖昧だ。晴彦が走り出す。
「待て、晴彦!!」
制止する真二を無視して建物の中に走る晴彦。
「真二、ピエール、後は任せたぜ。」
俺だって怖いし死にたくないけど、しょうがないじゃないか、頭では駄目だってわかってるど、体が勝手に走り出してるんだから。
俺は晴彦の後を追って、絶望へと自ら歩みを進める。