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小さな花屋の花瓶は割れない②

(家族ってどういう意味だろう)


 マリーの中で不安がよぎる。

 もしかしたら、年の離れた兄妹というやつだろうか。

 そうだったらいいな、と思いながらマリーは膝を折り、怖がらせないように出来るだけ自然な笑顔を作ってアリアナに視線を合わせて訊いた。


「アリアナちゃんはお年はいくつ?」

「今、10歳だよ」


 リシャールの父である国王陛下は一途な方で側室がいないと有名だったから、考えられるとしたら年の離れた兄妹かリシャール自身の隠し子だ。

 リシャールは現在25歳。アリアナが10歳ならば、どちらでもありうる話だ。


(アリアナちゃん、すごく殿下に似てるわね……)


 マリーは彼らを兄妹だと思いたいが、アリアナとリシャールは物凄く似ていた。

 まるで親子のように色も目鼻立ちも似ているのだ。兄弟であるテオフィルよりも似ている。


 絵に描いたような王子様でるテオフィルはどちらかと言えば品があって爽やかである。瞳は淡い青、髪はきらめくハニーブロンドだ。人の良い雰囲気の人物である。

 しかしアリアナとリシャールは深い青の瞳に、色素の薄いプラチナブロンド、儚げな顔立ち。そして、どことなく影があり、色っぽい。

 アリアナとリシャールの方が血のつながりを感じずにはいられない。

 

(親子並みに似てるわね)


 いくらリシャールと言えども、一回の過ちで出来てしまった、という若気の至りもあるかもしれない。


(でも、殿下に限ってまさか……)


 女嫌いと有名なリシャールに限って、子供がいるなんて。子供がいるということはちゃっかりそういうことを早くから覚え、実行していたと言う事だ。


(あ、でも、決めつけはよくないわね。いくら殿下がいやらしいからって……さすがに隠し子はないよね?)


 マリーは一瞬前向きに考えてみてから、出来るだけ明るい声で言った。


「へぇ、殿下は3人兄弟だったんですね。年が離れた妹さんということでしょうか……?」


 マリーがリシャールを恐る恐る見上げると、彼ははっきり言った。


「アリアナは妹じゃない。兄弟はテオフィルだけだ」

「え……」


 それは言わずとも親子確定だった。はい。終了だ。


「ああ、そうなのですね。はい……」


 リシャールは首を傾げていた。


「貴様何が言いたい?」

「いいえ。別に、何もないですよ……」


 マリーは思い直した。

 まぁ、リシャールは王族だから隠し子がいてもおかしくない。

 今まで何故リシャールに相手がいないなんて思っていたのだろうか。こんなにかっこよくて王子様なのに、モテないわけない。

 相手ぐらいいくらでもいる。

 25歳ともなれば、結婚をしていて側室が何人いようが普通だ。

 恋人や恋人が何人いても、同時に愛を囁くのが王族だ。


 すると決定打になるように、奥で仕事をしていた少女が、リシャールに駆け寄って来た。


「パパ!」

「ぱ……パパ?」


 2人目だ。隠し子2。

 最悪だ。今後は青髪碧眼の少女だ。また容姿が違う少女が嬉しそうにリシャールに抱き着いた。

 隠し子オンパレードだ。


(いったい、何人いるんだろう……)


 マリーは若干涙目になりながら、俯いて声を絞り出した。

 初めて好きになった人には知る限り2人もこんなにも大きな子供がいたのだ。

 悲しくないわけない。


「子供がいたんですね。早く言ってくれればよかったのに」

「馬鹿か」


 リシャールはすごく嫌そうな顔をしてマリーをに睨み、傍の少女はあはは、と声を上げて笑った。


「この子は……青は、貴様の虫だ」

「え、嘘。青ちゃんなの?」


 リシャールの話によると目の前の少女は、マリーが10年前に描いた青蝶を魔法で人間仕様に具現化したものらしい。

 最近青ちゃんが全然帰ってこないと思ったら、マリーの知らない所で人間になって花屋でアルバイトをしていたらしい。そんな事って、あるだろうか。

 いつの間にかマリーの青ちゃんは、人の姿を手に入れることと引き換えにリシャールと契約しているようだった。


「青ちゃんなの、あなた……?」

「なぁに。ママ?」


 可愛い高い声でマリーをママと呼ぶ。


「青ちゃん、殿下と契約ってなにしたの?」

「それは言えないの。今の仕事が終わったら、また蝶になって帰るから待ってて。今日はアルバイトが忙しいから」

「あ、そう。ほどほどにね……?」


 青ちゃん。マリーの魔法で作った蝶は最早リシャールの忠実な僕だった。

 もともとはマリーの蝶なのに。


 マリーは青ちゃんの事はおいておいて(諦めて)、接客中のアリアナに聞こえないように小声でリシャールに言った。


「じゃあ、殿下。アリアナちゃんだけが、娘さんなんですね」

「貴様何言っているんだ。隠し子から一回離れろ」

「どう見てもそっくりですし。隠さなくてもいいですよ。初めての相手とか? となると、15歳の時の子供さんですね」

「想像力豊富で楽しい頭だな」

「どう見たってそうでしょう」

「……あのな、アリアナは」


 リシャールがいらだったような声で言おうとしたとき、花屋の奥から爆笑しながら男性が現れた。


「あはは、は。リシャール、隠し子だって。何人も隠し子いる設定、ウケるなあ……」


 ハニーブロンドの髪に、色素の薄い青瞳。そして、やけに目鼻立ちが整った中年の男がマリーにお辞した。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


 マリーもつられて挨拶を返す。


「いつもリシャールがお世話になってます」

「いえ、こちらこそ……?」

「えっと、なんて呼べばいい? マリーちゃん、いやローゼちゃん。いや、マリーローゼリーちゃん?」

「……!」


 マリーは絶句した。

 何故今までの人生で使ってきたすべての名前を知っているのだろうか、と。

 マリーは修道名、ローゼは仮の名前であり、マリーローゼリーは本名だ。


 マリーが話すよりも前に、その時強風が吹いて花瓶が揺れ、倒れた。


「また、倒れちゃった」と男は花瓶に駆け寄り、それを直す。

 今の世の中では使い手がなかなかおらず珍しい水魔法で水を出して、それの中をいとも簡単に満たして。

 硝子なのに割れない花瓶がとても不自然だった。


「このデザイン、好きなんだけど、安定性にかけるしダメだな」

「そうかな、素敵な形だったのに」


 無垢であどけない穢れのない麗しいアリアナは男を見て残念そうに言った。

 テオフィルによく似た中年男。

 男が造ったらしい割れない花瓶はまるで氷魔法だ。氷魔法が使えるなら、水魔法を使えるし、王族の血縁だということである。


 ただ、疑問なのは、何故王族の血縁がこんな小さな花屋を平民に紛れて営んでいるかということだ。

 理由はわからない。


(とにかく、みんな殿下の親戚ってことかしら?)


 もしかしたら、アリアナはこの男の娘で、彼はリシャールの親戚なのかもしれない。

 マリーがそう思った時、それを見透かしたように男は、「アリアナは僕の、娘でもリシャールの子供でもないよ」と言った。

 彼は綺麗すぎる微笑みを崩さずに、断言するようなはっきりとした声だった。


「アリアナは僕の全てさ」

「すべて、ですか……?」


 その言葉の響きはやけに重く、薄暗い。


「そう。家族という意味では、彼女はリシャールの母だった人で、僕の妻だ」

ありがとうございました。

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