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小さな花屋の花瓶は割れない①

マリー目線に戻ります。

 リシャールとマリーのお別れはもうすぐだ。というか、巡りあったのが奇跡というものなのだろう。


 多分、マリーはコンクールが終われば修道院にフレッドと共に帰る。

 王都にいる用事はもうないのだ。


 マリーの昇進試験の課題だった『血抜き殺人事件』のほとんどはニコルが関与していたらしいし、後の数件は王都の教会関係者やリシャールが片付けるだろう。

 ニコルの件からすでに2件、リシャールが捕まえて他の修道院関係者の修道女が魔物を封印しているらしい。

 悔しい事に修道女としての役割はもうない。潜入捜査をしなくても犯人の目星がついているらしい。だから、マリーが潜入して社交界にいる必要もなければ、令嬢として過ごす必要もない。

 マリーの上司に当たるジャンもこの件からは降りて別件に取り掛かっているようだった。


 王都の奇妙な事件はもう終わるのだ。

 あとは魔本を盗んだと思われる貴族をあぶりだすだけらしい。

 

 それは王族としてのテオフィルの仕事だった。

 テオフィルの『君が心配しないでも、もう解決する事件だし大丈夫だよ。今までご苦労様』という焦っていない様子から、もう犯人のしっぽは掴んでいるのかもしれない。

 あとは有能な王子様たちに任せておけばいいのだ。


 要はこの事件はほぼ解決しているに等しい。

 マリーは帰還命令に背く意味もない。ありがたいことに昇進もリシャールのおかげでできた。

 快く、修道院に帰るべきなのである。でも。


 コンクールまであと一週間。

 事件が長引けば、夏までいたいと思っていた。

 いつの日かエマが話していた王都の夏の海を眺めてみたかったのだ。


 王都にいればエマにも会えるんじゃないか、という思いもあった。

 リシャールとも長く過ごせるという淡い希望も。


 なのに、こんなに早く片付くなんて。人生はそんなに甘くなく、いつも素敵な時間はいきなり終わるのだ。

 後に残されるのは平凡で地味な暮らし。

 それが自分の居るべき世界だとマリーは何の疑いもなく思っていた。


 マリーたちが話しているうちに、気がつけば目の前に花屋があった。


 思えば今日の予定は観光もお土産店巡りも終わり、もう帰宅途中だ。

 しかし、いつの間にか話に夢中で、大通りから離れて気がつけば、商店街の花屋の前だった。

 店先では以前街で会ったプラチナブロンドの少女が花の手入れを手際よくしていた。


(あの子は……この前、一生懸命花を売っていた女の子だ)


 彼女はマリーに気づいたようで、にこっと顔を上げた。


(覚えていてくれたのかな)


 以前、彼女が街で売る花のワゴンが強風で倒れてしまい、マリーがそれを直すのを手伝った事があった。


「あ……! あの時のお姉ちゃん」

「こんにちは。お店ここだったのね」


 彼女は愛想らしく笑って、マリーに駆け寄って来た。

 10歳くらいのあどけない少女だ。身なりは花屋のエプロンに簡素な黄色のワンピースだが、容姿はお人形さんのように整っている。

 そしてどことなく、その少女のエメラルドのような、深海の様な深い輝きの瞳に目が奪われた。

 誰かとよく似た色なのだ。

 王都にはもしかしたらこの色合いの人間が多いのかもしれない。

 エマもリシャールも、少女も同じような色だった。


「うん。ここは私の家なの」

「あ、そうなんだ。素敵な花屋さんだね」


 こじんまりしたレンガの花屋は規模は大きくないものの、新しいよく手入れのされた花が並び、どれも咲き誇るように並んでいた。


「あ、リシャール。今日は来てくれる日だったの?」


 少女がマリーの後ろに立つリシャールを見て、にこっと笑った。

 マリーは驚きのあまり、リシャールを見上げた。


(ん? リシャール? 呼び捨て?)


 一国の王子であるリシャールを呼び捨て。

 しかも悪名高い『氷華殿下』と巷で有名で、子供たちからも恐れられる名悪役のリシャールに。


 マリーですら、まだ呼び捨てなどした事が無いのに。

 リシャールは平民の少女の無礼に怒る事もなく、少しだけ口角を上げ、珍しく嬉しそうに笑った。

 そう。笑ったのだ。

 

「アリアナ、元気そうだな。会いたかったよ。また背が伸びたか?」

「そうかな? この前会ったのは冬だったね」


 少女はリシャールに抱き着いた。

 リシャールも無下にはせず、抱きとめている。とても、親しい模様。


(似た容姿。……もしかして) 


 マリーは嫌な予感がした。

 いや、まさかリシャールに限ってそんなこと。

 でも、少女とリシャールは他人とは思えないくらいよく似ていて。


「ローゼ。紹介する。アリアナは私の家族だ」

ありがとうございました。

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