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薔薇の街⑬

 再会を果たした彼女の姿形は以前と全く違えど、過去に諦めた初恋の人には間違いなくて、リシャールに迷いはなかった。


 それに、修道院の記録から彼女たちが同一人物であるとだいたいの確認が取れてからは、何事もスムーズだった。

 次に、リシャールは役所の記録から彼女の戸籍番号を探した。婚約する際に必要だったためだ。

 もはや自分は探偵だな、と笑いながら(実際には第一王子だったと思うが、もはや誰も私を王子なんて思わないだろう)懸命に捜査したのだ。

 

 彼女が社交界デビューに備えている中、リシャールは彼女の素性を知り勝手に婚約する為に戸籍を懸命に調べていた(役所の人間にはストーカーじみていてかなり引かれていた)。

 最早、リシャールの行為はら王子の所業ではなかった。言うまでもなく、正気ではなく、初恋にかける執念深さは国一だった。

 リシャールは自身を半ば狂っていると認めた。


(神とやらよ。私を甘く見るな? 私ほど、彼女を愛している男はいない。彼女の指先から内臓まで好きな気がする。自分でも、怖くなるくらい好きなんだ)


 話は戻るが、いくら修道院が一般役所に記録されている個人の記録までもを抹消しようとしても、すべては消しきれないものだ。

 こういう不正のために、王族が別に記録している場合があるからだ。

 要は、個人の記録は、役所と王家の2つある。

 ただ、王家の記録は膨大であり、余程の事が無い限り閲覧できない。

 一方、役所は、今生きている人間で王都にいるもの、所在地で簡単に知る事が出来る。

 ちなみに、王家の記録すら、何者かによって彼女は消されていたが、幸運な事に、過去のマリーローゼリーの記録はポールの記録から出てきた。


 そこには彼女の戸籍番号があった。

 その番号さえわかれば、王族の権力を使って戸籍をいじるのは容易かった。

 だからリシャールが修道院の戸籍から彼女を帰俗(出家から戻る事)させ、国民戸籍を戻すのも簡単だった。


 これにより、彼女の戸籍を修道院からもとの伯爵の娘に戻した。


 その時、リシャールは彼女の知らない所で彼女を戸籍上は一般人にした。

 よって、実は彼女はもう戸籍上は『市民』になったのだった。


(だって、修道女だったら、結婚できないじゃないか)


 リシャールはそれほど必死だったのだ。


 あとはリシャールが神とやらが持っている『契約書』を奪い破棄すれば、彼女は修道院から出る事が出来る。

 ちなみに今、彼女は、戸籍上は市民であり結婚はできるが、身分は修道女のままという立場だった。


 そう。その事実を彼女は知らないのだ。

 市民ならば、王族の命令には背く事が出来ない。

 彼女はその事実を知らないでリシャールから逃げて行こうなどと考えている、可愛い人なのだ。リシャールは彼女が何も知らない罠にかかった獲物のようで、愛しかった。


 そして彼女の社交界デビュー前に、リシャールは遠路はるばる彼女の父親であるミュレー侯爵に会いに行き、『私がエマだった事』も含めて全部話した。


 はじめは、『あのリシャール殿下が数年ぶりにまたやってきた! 戦争以外で何しに辺境地に来たのか?』 と驚いていたが、すべてを話し終えると、夫人は、嬉しそうに『エマ! あなたがエマなのね! ローゼがいつもあなたの事話していたの。ずっと、あの子のこと覚えてくれてありがとう』と泣いていた。

 その後も、リシャールたちはミュレー侯爵邸で仲睦まじく思い出を語りながら、婚約の話を進めた。


 夫人が今でもリシャールを『エマ、エマ』と呼んでいたから、『リシャールです』と訂正したが、直してくれなかったのが恥ずかしかった。

 夫人はリシャールたちの婚約(その時点で彼女は知らない)を大層喜んでくれて、『女の子が生まれたらエマにしましょう!』と先走っていた。

 ミュレー伯爵も『ぜひ修道女辞めさせて下さい!』『あなたは命の恩人です! ローゼと、ぜひ、結婚してやって下さい。お願いします。もらってください』と泣いて喜んでいた。


 ライアンはエマが男だと知り、物凄くショックを受けていたが、『エマは僕の中で永遠さ』と訳の分からないことを言っていた(それでも真面目な青年になっていた)。





 そして最後にリシャールは忠実な使い魔――人間だったり、鳥だったり、猫だったり様々だが彼らに、彼女が「素敵な場所」という修道院について調べさせた。


 もし、本当にエマに憧れているだけではなくて、修道院を気に入っているのならば、強引に結婚できないと思ったからだ。

 その時は予定通り婚約はするが、修道女を辞めるという事については、未練があるなら猶予をあげてもいいという考えだった。


 修道女たちは口々に使い魔に『絵描きのマリー』について容易く語った。


『ああ、マリーね。あの絵の上手な、万年下っ端の惨めな子』

『性格は良いでしょ、健気だし。特技は絵だけで、静かにいつも部屋にこもっているわよね。同期のマリアも出世しちゃったし話し相手がいないのかしら』

『貴族だったらしいのに、なんで修道院にきたのかしら? 制裁? まさかね』

『向いていないのに……まぁユートルナ様のお気に入りだからね』

『違うでしょう、同情よ。神様だから可哀想になったんじゃない。真面目にやっているから声くらいかけてやろうかな、って』

『無害そうだから、ま、マリーなんてどうでもいいけど。でもいつまで朝から晩まで下働きするのかしらね。身体もたないでしょ。あ、でもそれしか仕事がないのかな?』

『でも、マリーは嫌いじゃないのよ』

『いじめてなんか、いないのよ、私たち』




(だめだだめだ、もうだめだ)


 リシャールは思った。こんなところに清い彼女が1秒もいる意味がない。


 どこが素敵な場所なんだろうか。

 修道院のくせに空気すら澱んでいる。

 これにより、リシャールはもう絶対何が何でも彼女と結婚しようと思ったのだった。


 それが彼女の為。自分の為。利害一致、この結婚は正当性があるとリシャールの中で立証された。


(修道女なんて、今すぐ辞めてしまえ)


 それ以来、リシャールの目標は『彼女を仕事を陰ながら応援して時に助ける頼りになるボランティア』から『彼女に修道女を辞めさせる事』になった。

戸籍をいじくるリシャールにきっと役所の人は驚いていたと思います。


マリーが社交界デビュー準備をしている間、リシャールは無我夢中で婚約の準備を確実にしてました。抜かりはありません。

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