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電話が繋がらない朝

 日が昇って随分経った後。

 起床してから、恒例である2度の祈りを捧げて、一息ついた頃。


 ユートゥルナは壁一面に広がる本棚の1番上にある年季の入った分厚い日記を取り出した。

 彼の仕事は歴代の彼、いや泉の神と崇められるユートゥルナという人物の記憶を守り、管理することだ。

 歴代のユートゥルナの著書や日記には、現在にない廃れた魔法や知識が詰まっており、教会や修道院の宝である。その記録物たちは世間に漏らせない重要書物だ。

 ユートゥルナは、ユートゥルナの生まれ変わりではあるが、何代も続くため、前世の古い記憶は曖昧である。だから、毎日、古い記憶を取り出し、読むのも彼のユートゥルナとしての大切な仕事だった。

 

 今日は雨の日に恋人と別れを決心した数代前のユートゥルナの日記だ。

 彼女は、神という仕事のために、恋人を捨てて、人柱になって無くなった人物だ。

 天災を鎮めるために生贄になった、ユートゥルナの中でもまごう事なき神の中の鏡。

 そんな彼女の日記、のはずだが。


「……なんか恋する女子の赤裸々日記って感じだな」


 今日は彼と目が合ったから運命だの、今日は押し倒されて激しくキスしただの、彼の手が身体に触れただの、そんな恋愛工程が事細かく、赤裸々に書かれていた。


「彼の汗の匂いがたまらなく好き……か。匂いフェチだったんだね。僕だったらオエってなりそうだな。なになに、一晩中ヤリタイ? ……無理だなぁ。ガテン系ガチ筋肉ムキムキな彼氏とやらと一晩は死ぬだろう……あーあ。全くこれは……」


 共感できない、に尽きる。

 出来れば読みたくない品物である。

 彼氏の筋肉自慢の描写も飽きた。


 ユートゥルナには、この日記を書いたユートゥルナの死に際の記憶は断片的にあった。

 しかし、その人物の日常などは全くと言っていいほど記憶がない。

 日記を読むと思い出すものもあるけれど、これは全く分からない部類のものだった。

 だから、ユートゥルナは、日記を静かに閉じて、部屋を後にした。

 結局、この日記のユートゥルナも神という役割を除けば、普通の女なのである。

 彼女は酔った拍子に出会った傭兵と恋に堕ち、まもなく関係を持ち、身分差の恋を諦め、真っ当な神として最期は綺麗に生涯を終えたのだ。


(時代が違えば、身分が同じなら駆け落ちでもしていたのかもね。まぁ、もう終わった恋の話だけど……。ああ、ミサまでまだ時間がある)


 ユートゥルナは自室にある通信機のダイヤルを回して、教会の管理するある一軒家に電話をかけた。

 しかしいくら待てど、その家にいるはずの彼女は出ない。

 フレッドから今日はマリーは休みだと聞いているから、もう朝の10時だし、起きていたら出るはずだ。

 もしかしたら、市場に行ったのかもしれない。


(あの日記のせいかな。今日は妙に……)


 何故か今日はどうしてもマリーの声を聞きたくて、30分毎に電話をかけたけど、出る様子がなく、一度通話がとれたかと思えば、ガシャン切られたから機械の故障だろうか。

 教会関係者なら、ユートゥルナからの電話を無視するはずがないのだ。

 あの一軒家は結界のため関係者しか入れないから、他の輩がいるはずもないし。


「まぁいいや。もうすぐマリーは帰ってくるし……」


 帰ってきたら、ちゃんと話そうと思ったところで午後のミサを知らせる鐘が鳴り、ユートゥルナは仕事に戻って行った。




********




 通信機が何度か鳴ったような気がしたが、すぐにその音は途切れた。


 昨晩のマリーの初めて?の夜は衝撃だった。

 マリーは、事後の翌日、昼まで死んだように寝ていたのは言うまでもない。

 体力の差というべきか。


 マリーはくちゃくちゃな状態ーーつまり身体だけじゃなく、あんな風に半ば襲われて、心もめちゃくちゃなのに。

 それなのに。あんな事したのに、リシャールは澄ました顔で淡々と食事を作っていた。

 リシャールは軍の時に自分で料理していたから、慣れているみたいだった。


「起きれるか?」

「……もう、私はダメです。構わないで下さい、ほっといて下さい」


 マリーはリシャールの声を聞くと、真っ赤になって、布団の中に隠れた。

 そして、昨晩の情事の香りがまだ残っており、なお恥ずかしくなってしまった。


(どう言う顔をして襲ってきた殿下と話せばいい?)


 被害者面も違う気もするけど、無理やりして来たのは事実だ。

 手を掴まれて、全て脱がされて、そして、いろんな所を暴かれた。

 最後の線を越えなかっただけなのだ。


 そんなマリーの気もしれないリシャールは布団をいとも簡単にマリーからもぎ取り、「いつまで隠れているつもりだ?」と不快そうな顔をしてマリーを見た。


 マリーは何も言えず俯いていたが、無常にもお腹の音が鳴り、降参した。

 マリーは軽々と横抱きにされ、階段を降りた。


 そして今、何も無かったように、遅い朝食を囲んでいたのだ。


「随分、優しいですね」


 リシャールの作った野菜スープを啜りながら、マリー言った。

 横抱きといい、朝食といい、いたせりつくせり。

 無理やりした事を除けば、気持ちよかったし、優しかったし、顔も身体もいいし……かなりいい男かもしれない。無理やりしなければ。


 リシャールは何でもない顔をして優雅にお茶を飲んでいた。


「最後までしてないのに……貴様がぐったりしていて心配になった」


 そりゃあ、あんなに長時間舐めわされたら、尋常の沙汰ではない。


 キスも身体中にされたし、甘噛みもちょっと痛かったし、恥ずかしい格好もしたし、様々な生理現象をまじかで体験、見学したのだ。


 疲労が半端ない。


「殿下は経験豊富なんですね、私には刺激が強すぎてもう無理です」

「経験等あるわけないだろう、馬鹿か」

「嘘! むぐ」


 反論しようとすると、リシャールにパンを口に詰め込まれた。


(じゃあなんであんな……)


 破廉恥な行為を何時間もできるのか。

 巧みに、飽きもせず、ひたすらできるのか。

 あんなに優しく、愛していると何度も囁いて、身体を余す事なく愛でるのか。

 マリーのじとっとした視線に気付いたのか、リシャールはため息をついた。


「貴様以外、そう言う事したいと思った事がない」


 マリーはまた赤くなる。

 さらっと、朝っぱらから言わないでほしい。本当に。

 マリーを見て、リシャールは少し満足そうに笑った。


「それって、本当に……」


 ベッドの中で何度も囁いたように、愛しているという意味なんだろうか。


 マリーは気づかなかったが、窓辺には昨日なかったはずの小ぶりな薔薇がひっそりと飾られていた。


ありがとうございました。

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