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王子と修道女の逃げられない夜①

ブックマークしてくれた方、ありがとうございます!

誤字報告してくれた方、助かりました!ありがとうございます。

 ガチャ、っと、ドアの取手が回る金属音が響いた。


「先に寝ていてもよかったのに」


 リシャールはベッドに座り、彼を待っているマリーを見て、微笑んでいた。


「……待っていろ、って殿下が言っていたんじゃないですか」


 そうだ。リシャールがマリーの住む屋敷を突然訪ねてきて、待っていろと言って寝室に誘導したのだ。

 雨の中、王子であるリシャールを追い返すわけもいかず。

 いや、今までなら、何ふり構わず逃げていたのかもしれない。マリーはずぶ濡れになってでも、夜でも構わず飛び出していた。

 しかし、今日は油断していたからか、寝る前だったからか頭が働かなかったのか、……マリーは逃げるまでもなく、リシャールに部屋まで追い詰められた。

 要は今日のリシャールは抜けていて鈍過ぎるマリーが考える時間を与えてくれなかったのだ。

 リシャールの湯浴みはあっという間だったのだ。


「まぁ、そうだが。いつもは言いつけを守らない貴様が大人しく待っているとは……期待してもいいのかな」


 よく言う。考える時間すら与えなかったくせに。

 リシャールは、この屋敷の寝室に窓も出口もないのを知っていて、言うのだ。


「き、期待ってな、な、な、なんの事でしょう?」

「惚けるのが下手過ぎて哀れだな」


 リシャールの色素の薄い髪が濡れていて金の糸のように美しく、頬は風呂に入って血行がよくなったのかほんのり赤かった。

 リシャールはゆったりとしたガウンを羽織っていた。

 いつもはきっちり隙がないような服装の彼を見慣れているせいか、着崩している格好は妙に色っぽく、マリーは動揺させるには十分だった。



(どうしよう、どうしよう! 結婚もしてないのに、夫を寝室のベッドで待つような、この自然な状況。まるで、平民の夫婦みたいじゃない)


 いつか読んだ物語にそっくりな状況だ。

 こんなシーンのあとは必ず愛のシーンがはじまるのだ。

 ようは、夜の営みというやつだ。


「そんなに、緊張しないでもいい。何もしてないだろう、まだ」

「まだ?」

「貴様だって、抵抗もなく私といるだろう。つまり、同意ということだ」


 リシャールは綺麗な人だった。マリーの大好きな顔で、性格で。その彼と今から何をするか。その身体に抱かれるのか。刻まれるのか。

 そう考えるとマリーはもう言葉が出ない。

 ほんのり、石鹸の香りがする。

 マリーは、これからの展開を考えると、緊張し過ぎて、ボーっとした。

 本当はリシャールと今後についてしっかり話し合いたい。

 結婚できないと伝えたい。

 だけど、今日はそれを言うと、本気で彼を怒らせそうで、そしたら危ない展開になりそうで、マリーは逃げるしかないと確信したのだ。


「そんなに緊張するな。まるで悪い事をしている気がするじゃないか」

「だって……」

「いや、悪いのかもしれないな。先を思えば、今から謝っておこうか?」

「なんで謝るのですか?」

「そりゃ、私は今からいろいろするから」


 マリーはリシャールに引き寄せられるように肩を抱かれた。

 マリーの好きな綺麗な顔が頭上で妖艶に微笑んでいる。


(だめだ……)


 このままでは流されてしまう空気だ。

 今日のリシャールに温情はない。

 リシャールの気を逸らすためにも、何か話さなくては、とマリーは思った。

 万が一の事態の際は、一瞬の隙をついて、ドアから逃亡しよう。

 この頭の悪い計画くらいしかマリーには浮かばなかった。


(何を話そう……あ)


 すると、マリーは不思議に思った。

 何故、リシャールは着替えているのだろう。

 確かリシャールは手ぶらで訪ねて来たはずだ。


「殿下、そのガウンは……まさか魔法でしょうか?」

「まさか。ふつうのガウンだ」


 魔法でなければ、マリーはなぜリシャールが着替えがあったのか謎でならない。


「殿下……」

「どうした?」

「着替え、どこから出したんですか」 


 もしかして上衣に畳んで圧縮していたのか。

 リシャールは嫌そうな顔をした。


「気になるのはそこか? この状況で?」

「だって手ぶらでしたし……」

「荷物は届いていただろう」


 荷物、ああ、あの木箱か。

 そう言えば、今日、謎の木箱が届いたのを思い出して納得する。


「しばらく滞在する。仕事は終わらせてきた」


 リシャールは、ごろん、と横たわった。

 狭いシングルのベッドだ。

 リシャールが寝転がればスペースが限られている。


「狭いですね。私はソファで寝ますので……」

 

 そう言ってマリーは逃げようとしたが、リシャールはマリーの手を掴んだ。


「早く、来い。優しくするから」


 マリーは手を引かれ、リシャールの胸の中に閉じ込められた。

ありがとうございました。

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