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街外れのパン屋②

 シャープな輪郭に、額に裂傷痕、長い黒髪を無造作に後ろで纏めた体格の良い男は、まさしくレイだった。

 可愛いハートのロゴが刺繍されたエプロンをつけている。

 確かこのパン屋は異国語で、『もう一度会えた君を離さない』、というロマンチックな名前だった。


(なんで、レイはパン屋さんに? 失礼だけど、似合わないわ)


 レイは生き返ったのだから、生活するために職業も必要だろうし、どこかで働いていてもおかしくはない。

 しかし、どこかの用心棒なら納得ができたものの、パン屋という平和的な職業が意外すぎた。

 額の傷といい、悪役面といい、殺伐と裏社会で生きていくのが似合っているのにパン屋。

 元は目玉が落っこちていたゾンビ。数日前まで身体が腐って墓の中だったのに。


 今やパンをこねくり回していい汗かきながら、パンダの顔したクリームパンや、ハートの形をしたクッキーなんか作っている事実は、奇怪だった。

 煉瓦造りのメルヘンな、かつバリアフリーの店で働いているなんて。世の中わからないものだ。


 なぜマリーが甲冑を深く被ったレイの素顔を知っていたかというと、この前リシャールが行方不明になった時に街でレイに声をかけられたからだ。

 マリーが深夜までリシャールを探していたので、たまたま通りかかったレイに呼び止められ、レイは『リシャールさんそのうち帰ってくるだろうけど、暇だし手伝ってやるよ。あんたの様子からすると、居ても立ってもいられない感じだしな。それに……あんたさ、うろちょろしてると、絶対変な男にお持ち帰りされそうだし、人助け的な?』と深夜の捜索を一緒にしていたのだ。

 

 その時にリシャールのことや、修道院の事を話していた。 

 リシャールとは婚約はしているが、形だけで修道院に帰る予定だと言う事。

 好きだけど身分が違うし、お互いのために綺麗にお別れする予定な事。

 レイは静かに最後まで話を聞いてくれたのだ。

 レイは粗野なようで案外聞き上手、かつ繊細な部分もあった。


 レイもマリーの視線に気づいたらしく、スタッフらしい杖をついた若い女性に声をかけた。

 女性は20代半ば頃の纏めた赤毛が美しい、フォークより重い物を持った事がないようなか細い体格で、陽を浴びた事がないようなくらい肌も白くて、可憐な人だった。

 要は、この人もパン屋が不似合いなほど貴族じみた雰囲気だったのだ。


(こういう人が令嬢らしいというのかな。パン屋で働いているから、平民なんだろうけど)


 そのスタッフらしい女性に連れられ、マリーは別室に通された。


 しばらくして、レイがやってきて、パン屋のエプロンを外して向かいのソファに腰掛けた。


「お店大丈夫ですか」

「ああ、今は、落ち着いているから」


 レイはにかっと笑って、商品に並んでいたバタークッキーをマリーに出してくれた。

 紅茶もさり気なくいれてくれた。


「最近、パン屋はじめてさ。ずっと店をもつのが夢だったんだ。実家はパン屋でね。戦争さえなければ、死ぬまでパン屋をしていたはずだったんだよ。……あ、さっきの店員は嫁さん」


「お嫁さん?」


 杖をついていた可憐な女性はレイの妻だという。

 生き返ってから数日で結婚して、パン屋を開いていたので、マリーは驚いたのも無理もない。


「リシャールさんは太っ腹だよな。私に買えないものはないって真顔でいってたよ、あの人最高だわ」

「殿下が……もしかしてパン屋を?」

「そうそう。物件も、住居も嫁さんも用意してくれたんだ」

「嫁さん用意って……人身売買的な……」


 マリーは言葉が出なかった。

 もしそうなら、リシャールは本当に世間で言う悪党でしかない。

 しかし、レイはマリーが青くなるのを見て、大笑いした。


「あはは。いや、売買じゃなくて、生き返らせてくれたの。実はあんたに言わなかったけど、あのニコルっていうやつの事件の後、リシャールさん自ら血を垂らしながら墓荒らしして死人蘇生してくれたんだよ。一番大切な約束はすぐに叶えてくれてさ」

「殿下が……?」


 人身売買も墓荒らしもさほど変わらず、どっちも悪徳だ。

 マリーは反応に困った。

 死人を生き返らせるは、自然に反しており、してはならないことに間違いはない。

 でも、すぐに約束を守るところや、自分の身を顧みず血を流しながら無理するところはリシャールらしい。


「そんな顔するなよ。確かにリシャールさんのする事は、倫理にはそぐなわないかもしれないけど、感謝しているよ」


 レイは、生きていた頃、身分が違う幼馴染を恋い慕いながら、戦争に時代が突入し、死んだ事を話した。

 時代だから仕方がない、と思いつつも、もう一度彼女に会いたいと願い死んだらしい。

 彼女も生まれつき足が不自由で身体が弱く、レイがパンを届けていろんな話をしてくれることだけが楽しみに生き、レイが死んだ数年後に、やはり同じ事を願い、死んだそうだ。

 リシャールと契約する時、生き返る条件として彼女も蘇らす約束をしたそうだ。

 リシャールがしたことは確かに悪行かもしれないが、それだけで片付けていいほど、簡単なものではなかった。

 事実、レイは愛しげに彼女との無かったはずの今を愛しげに語る。

 パン屋の物件はリシャールに手配してもらって『この店、激しく俺に似合わないけど、メルヘンな店で嫁さん喜んでいるからおっけー』とか、『2階は住居で愛の巣ってやつよ? 意味わかるだろ、あ、いやらしいこと考えたな?』と言って笑っていた。


 帰り際、マリーはレイに『リシャールさんと食べて』と、たくさんのパンをもらい、さらに変なものをもらった。


「なんですか? 枕、にしては形がちょっと違いますが」

「あんたら、体格差があるからな。これはプレゼントだ。この前のお礼にリシャールさんに渡そうと思っていたんだよ。気が利くだろ?」


 その枕を見て彼の妻は顔を赤らめていたが、マリーにはその用途が分からなかった。

 レイ曰く、夜の大事な時に身長差を埋めるために腰の下に敷くらしい。はて。


(大事な時?)


 レイがその枕がないと、身長差でリシャールの腰がつらいとか回数こなせないとか、深く入れにくいとか、なんとか言っていたら、嫁に小突かれていたので、詳細が聞けなかったのだ。

 とりあえず、マリーは次にリシャールに会う事があれば、渡すつもりで持ち帰った。

 それが何かも知らずに。


 マリーは用途のわからない三角錐のクッションを手に入れた。


 数日前にリシャールが生き返らせた死人とその恋人はマリーの目の前にふつうに生活している。

 マリーは自然すぎて驚いた。

 ふたりは恋叶わぬまま死んだから、幸せなのだろう。

 仲良くパン屋を営み、愛しい人と同じ時を過ごす、夢のような暮らしなのだろう。

 そこには愛が滲み出ていた。


 レイは、一度死んだから目立たず、人知れずに生きていくと、笑っていたのが印象的だった。



ありがとうございました。

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