舞踏会にて②
前回、ブックマークしてくれた方、ありがとうございました。
(みんな綺麗で、かわいいなぁ。外見だけじゃなくて、作法も身のこなしも一流だし、舞踏会って感じ。流石、王都だわ。……修道女の来る場所じゃないな)
マリーは自身を静観して、目を伏せた。
ワインの注がれた鏡みたいに姿を映す不思議なガラス製のグラスに移るのは、エメラルドグリーンの瞳に、栗毛色の巻き髪を束ねた、つまり、着飾ったマリーで、紛れもなく『令嬢』だった。
(誰だろう、この人は。……ああ、私じゃなくて、『ローゼ』か)
マリーは魔女みたいな紫瞳で、濡鴉色の漆黒の髪を持つ地味な修道女だ。
ローゼという人物はユートゥルナの少しの魔法と、教会の協力と、ブラン侯爵の見立てと、リシャールという王子様の婚約者という肩書きでできている。
ひとつでも欠けたら、もう王都にいることができる『ローゼ』ではないのだ。
マリーは、いつもだったら滅多に、いや、仕事でなければ一生参加することのない大規模な舞踏会が憂鬱だった。
いつもなら、『いい絵の題材になるわ、ラッキー』と言う具合に楽しめるはずの舞踏会も、味気なかった。
マリーは、王都で仕事がなければ、いつも髪を一つにくくるだけで、簡単な化粧すらせず、箪笥には修道服だけだったような女だ。
着飾るどころか、マリーの平生の毎日は、汗だくになりながら、野良仕事や家事だけをこなすだけの日々だった。
休日は顔に絵の具をつけながら、一人っきりの部屋、つまり静かな世界で人知れずに絵を描く。
それが普通の日常だった。
マリーは、はじめは半ば嫌々押し付けられるような形で、昇進の話に流されて、乗る気ではなかった王都に来た。
それにも関わらず、気がつけば王都の暮らしにも馴染んで、最近は楽しめていたと思う。
友達もできた。
人にも慣れた。
修道女としての仕事は失敗ばかりで、イマイチでも、それなりに日々に疑問など持たなかった。
ただ、リシャールの姿が見えないだけで、目に見えるすべてが変わってしまったようだ。
一瞬で魔法が解けてしまったように、自分だけが場にそぐわないような気持ちだった。
マリーがぼんやりと着飾った令嬢たちを眺めている間に、先ほどまでテオフィルとともに来客の対応をしていたサラを見失ってしまった。
(あれ、いない……?)
会場内を見渡しても、サラの姿はどこにもない。
先程までサラがいたところには、テオフィルのみが会話に花を咲かせている。
マリーはサラを探すため、会場から出て、回廊を渡ってもサラの姿はなかった。
(ちょっと話したかったんだけどなぁ)
今更会場に戻っても、踊るつもりもないマリーはやることも無かった。
マリーはそのままどんどん歩を進め、会場から遠ざかっていった。
気付けばマリーは、中庭まで来ていた。
数日前まで死者で埋め尽くされていた中庭はその片鱗すらなく、春の中庭は薔薇で覆い尽くされており、上品な薔薇の香りがマリーの鼻腔をくすぐった。
(殿下の香りだ……)
この城に住むリシャールからも仄かな薔薇の香りがするのが思い出されて、マリーは一層切なくなった。
(いや、違う、殿下はもっと……)
リシャールの香りは薔薇よりも落ち着けて、いつまでも一緒にいたくなるような不思議な匂いがするのだ。
印のような紅い痕を身体につけられる時に抱きしめられたり、隣で食事をしていたり、ふとした時の残り香すら好きだった。
好きなのは、香りだけではない。
首元に顔を埋めてくるときについ触ってしまう、さらさらの金髪も糸のように綺麗で、肌も男性なのに透き通るくらい白くて、美しい。
どちらかというと背が高く細身なのに、腕や身体には適度に筋肉もあって、腰に手を回された時の力強さや、側にいるだけで感じる安心感は今までにない感覚だった。
マリーはリシャールの指先の爪の形も、澄ました横顔も、よく響く低い声も、すべて、違わずマリーは覚えている。
肌を這うすこし温度の低い唇の感触や、手の温かさも違わず思い出せる。
今までいろんな男性に出会ってきたが、かっこいいな、と思うだけで、それ以上の感覚はなかった。
フレッドも美形だけど、かっこいいと思うのは一瞬であとはただの友達だ。
女も男も友達は友達だ。
世間一般の男女はすべて公平で、仲の良し悪しはあるが、それ以上の感情はなかった。
だけど、リシャールは違う。
見るだけで飽きないというか、慣れない。
いつも体の奥が熱くなってしまう。
すこし触れただけで、世界が二人きりになったように音が無くなって、彼以外考えられなくなるのだ。
修道女である自分を忘れ、不甲斐ない自分も忘れ、彼の見るも忘れてしまいそうな時もある。
何度も、何度も自分を言い聞かせてきたのだ。
リシャールの見かけだけ好きだったら、こんなにも、リシャールを思わなかったと思うし、絵を完成させたら終わりだったはずだ。
(殿下については、いろいろ思うことがあるけど……)
マリーはリシャールの口が悪いくせに妙に律儀なところや人に甘いところも人間味があって好きだった。
何より、リシャールとの時間はいつも優しかった。
世間話も、意味のないくだらない会話も、心地よかった。
恋人ではなかったけど、ずっと、ずっと、許されるなら一緒にいたかった。
心が、彼を呼んでいる気がした。
マリーは、リシャールが居なくなってはじめて自分の気持ちを実感したのだ。
マリーは中庭を歩きながら思い馳せていると、ふと前方にサラが令嬢たちに囲まれているのを発見した。
(あれはもしかして、小説である令嬢たちがヒロインを囲んで集団いじめみたいな場面……?)
よく読む宮殿物の小説で『ちょっと可愛いからいい気になってんじゃないわよ!』と悪役令嬢と子分のモブキャラの令嬢が、超可愛いヒロインに突っかかる、あれじゃないか。
(いや、ただ話しているだけかもしれないし。サラ様は大抵のヒロインのように男爵令嬢で身分で位が低いわけでもないし、妃殿下だし、まさかあからさまにいじめなんて……)
もしかしたら、友達かもしれない。
しかし、友達が剣幕な形相で囲むとも考えづらく、マリーは迷った。
とにかく、マリーはいきなり出て行くわけにもいかず、木の陰にマリーは隠れ、事態を様子見する事にした。
それにマリーは何かあったらリシャールの権力? を翳してやろうと思っていた。
なにせ、マリーの婚約者リシャールは泣く子も黙る人喰いで、趣味は死体集め、道を通れば死人が出るという噂の氷華殿下だ。
マリーもリシャールの評判の悪さのおかげであからさまにいじめられたことはないし、効力は抜群のはずだ。
こういうときに役に立つのがリシャールの婚約者という立場である。
マリーは聞き耳を立てた。
サラは3人の令嬢に囲まれ、何か言われているようだ。
「あなた、よくそれで妃しているわね。テオフィル様と不釣り合いも甚だしいんですけどぉ?」
ドレスはピンクでフリルは可愛いが、鼻が低く、肌が荒れた残念な令嬢が鼻息を荒く言った。
君の方がテオフィルに不釣り合いだと、マリーは客観的に思ったが、言うわけにもいかず、黙ったままサラの様子を見たが、サラはショックを受けたように俯いていた。
「そんな事いったら、可哀想よ。私なんて、存在感ないあなたの顔も忘れていたわ」
次になんと目も切れ長、というか開いているかわからないほど細くて、唇も鼻も細いというか味気ない存在感のない紙切れみたいな顔をした令嬢が言った。
マリーはこんな人居たっけ? とまたしても疑問に思った。
「いえ、居たかしら? この人、いつもローゼ様の陰に隠れてばかりだもんね。自分ってものがないのよ」
さらにいつも権力者に機嫌ばっかりとっている、社交界のコバンザメ(魚の名前だが、強者の尻を追っかけ、そのおこぼれにあずかる者の不名誉な例え)と名高い令嬢が言った。
マリーはなんだか、やるせない残念な気分になった。
「あなたは人として、恥ずかしくないのかしら?」
何故かサラを一瞥したあと、目が細すぎる令嬢は勝ち誇ったように言った。
マリーは正直、『頼むから貴女たち、自分のことを棚に上げてそれ以上言わない方がいい』、と言いたいくらいだ。
もっとこう、悪役ポジションの令嬢は煌びやかで美人で聡明で、そんな人物、1人くらいいてもいいんじゃないだろうか。
正統派な悪役令嬢はいないのか、この国は。
美人を奇怪な容姿の令嬢が囲むこの絵面は、あまり綺麗なものでもなかったし、何より身分も、容姿も、教養もサラが上だという、情けない勘違い令嬢たちが居た堪れない。
下手に王族に対する不敬罪になる前に、マリーは止めなくてはいけなかった。
(……もう、やめさせよう。くだらなすぎる……!)
マリーが意を決して木陰から出ていこうとした時だった。
「しかも、あなた、リシャール殿下に嫌われているんでしょ? 王族と認められていないんじゃないの? そのうち目障りだって言われて殺されるんじゃないかしら」
なんと、リシャールの名前が出た。
(殿下の話?)
それにより、婚約者であるマリーは出るタイミングを躊躇してしまった。
勝手に話が進んでいく。
「あはは。鬼畜なリシャール様でもそれはないでしょ。ローゼ様、人が良いから、この人が惨めでかわいそうになったんじゃない? ローゼ様はリシャール様すら悪く言わないですもの……」
「修道院学校出て行くくらいだもの。リシャール様すら受け入れられるくらいの深い深い懐なのよ。この色仕掛け女にも憐れみをくれているだけよ」
なんだか、サラに加えてリシャールの悪口までさりげなく言われていた。
(殿下……やっぱり悪役なのね。まぁ、そうよね、殿下だもん)
人の肉は食べないが、死人は生きかえらせるし、悪役台詞は朝飯前。言われても仕方ない部分は多少なりともある。
マリーは何だか、とても残念な気持ちになった。やるせない、というか、違うとも言えず、心が痛かったのだ。
「わたくしは、色仕掛けなどしてません」
サラが、やや俯きながら珍しく言い返した。
すると、豚面……いやピンクのフリルドレスを着た令嬢がきっと眉を吊り上げて言った。
「どの口が言うのよ。わたし、知っているのよ、あなたの秘密。これが知られれば、離婚よ!」
「……わたくしの、秘密」
「そうよ、あなたの恥ずかしくて、人間性を疑うような秘密よ。王族じゃいられなくなるようなね!」
サラの秘密。
それはダメだ。絶対ダメだ。
人間性を疑う秘密ってやっぱりアレしかない。
しかしアレを知られては恥ずかしすぎる、とマリーは焦る。
サラも言うまでもなく、血の気が引いたように青ざめた顔をした。
「し、知ってますの……?」
サラは令嬢を指差し、恐怖でわなわなと小刻みに震えている。
マリーもどうしようか悩む。
妃殿下でありながら、ヒーローが丸裸にされて縛られて一人で自分を慰めるようにヒロインが強要するような卑猥かつ特殊性癖の官能小説を書いている事のフォローはどうやってすればいいんだろうか。
(む、難しい……無理だわ。でもどうしょう。もし、秘密がバレされて広められたらサラ様は離婚されるかも……!)
マリーはニコルの事件並みに戸惑った。
あの令嬢たちなら、性悪そうだし、サラの秘密を喜んで吹聴しそうだ。
マリーは木陰から出て行って早く説得力がある話をして、令嬢たちをなんとかしなくてはいけない。
ある意味、死人や魔物を相手にするよりわけ悪い。
(……なんて言えばいいのかしら?)
考えもなく、マリーは飛び出そうとした。
ありがとうございました。




