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舞踏会にて①

前回ブックマークしてくれた方、ありがとうございました!

前回で護衛編がやっと終わり、今回から新章はじまります。

 ニコルがサラを拉致しようと企てた離宮での事件から3日経った、月が欠けた夜。

 5月半ばの生ぬるい春の風が吹き抜け、薔薇が咲き誇る王城はいつもより、賑わっていた。

 普段も夜会が開かれることが多いお国柄ではあるが、今日は皆どこか浮き足立っていると思われる。

 風に乗って薔薇の芳醇な香りが辺りに舞い、明かりに灯された王城はいつに増して煌びやかな夜を演出していた。

 もちろん、貴族が揃うこの舞踏会に恋を見つけに来ている者も少なからずいるので、令嬢たちの衣装も一際美しいものばかりであり、物語の一節のような鮮やかな光景だった。

 マリーには、人々がこの夜に若干酔いしれているようにさえ見えた。


マリーはリシャール不在の中、王族の婚約者として、今夜開催される他国の使節団を招いた大規模な舞踏会に参加していた。

 リシャールはあの離宮の事件以来、姿を現しておらず、テオフィルや王家の専属使用人に聞いても、リシャールは『外部視察中』の一点張りであり、リシャールは重傷を負ったまま、姿をくらましてしまった。

 いや、公では、リシャールは他国にいるはずで、リシャールからの書簡も届いているから、絶対に『外部視察中』には間違いはないのだが、マリーは納得できずに、あの日から毎日街に出たり、古教会に行ったり、リシャールの部屋を尋ねたりして、彼を探していた。

 マリーのその様子を見兼ねたフレッドは「殿下は、きっと帰ってくるからマリーも早く休みなよ」と言われ、強制的に部屋に送られたくらいだ。

 それでも、寝る間を惜しんで、リシャールを探しても、どこにもいない。

 マリーの日常は、あの事件のあと、リシャール探しと、教会関係者やテオフィルとともにニコルの余罪を調べたり、魔物を封じた本を丁重に修道院に送ったりと、忙しいまま過ぎ去り、今夜は以前から予定されていた舞踏会に出席していた。


(事件の方はやっと落ち着いたけど)


 ニコルについては、魔物を封印されてから、精神喪失というか、もぬけの殻のような状態で、終始何もない空間を眺めているだ。話しかけても、返事もせず、本当に魂が抜けれたような状態だったので、彼の部屋や持ち物から取り調べたところ、今回の事件との関連性、つまり被害者との関わりが見えてきた。

 マリーは修道女として魔物を封印する依頼で王都に来ているので、ニコルの身柄は依頼主であるテオフィルに引き渡され、あとはテオフィルが刑事裁判と、魔物を扱ったと言う点で倫理の問題である宗教裁判にかけるらしい。

 正直、今回の魔物の封印の依頼は、ニコルの被害者が多かったため、半ば解決とも言える。

 わからないのは、ニコルに魔本を渡した人物と残りの2件のみとなっていた。

 しかし、()()未解決事件もわずかにある中、任務終了とはいかない、とマリーは思っていたのだが、何故かユートゥルナから帰還を促す書簡が来た。

 あと数件は、テオフィルと王都教会関係者で事足りるし、マリーはニコルの魔物を封印したから、昇進試験は合格だとあっさりとしたものだった。


(まだ私は修道院に帰るわけにはいかないわ。……何もしてないもの。それに……)


 残りの魔物の数が僅かだとしても、リシャールに会わないまま、修道院に帰るわけにもいかず、ユートゥルナには帰還してもよいと命令が下っているが、マリーはまだしばらくは王都に残るつもりだった。

 どうせ、コンクールまでは王都にいる予定だったのだ。修道女としての仕事は今のところ家事や雑務しかないし、せめてもう少し成果を上げて堂々と帰りたい。


(殿下、どこにいるの?)


 あの日の彼は透き通る肌も深い色の瞳も、落ち着ける香りも、よく響く低い声も、全部リシャールだった。すこし温度の低い掌も、言い様も、全部、マリーに染み付くように鮮明に思い出せるリシャールそのものだったのだ。

 マリーが彼を間違えるはずないのだ。

 あの離宮に居たことは事実のはずだ。

 まず、あの状況でリシャールがいなかったら、マリーたちが無事なわけが無い。


(殿下は助けてくれたの。自分は犠牲になっても、いつも駆けつけてくれる。……そういう人だもの)


 もし、リシャールの命に別状がなければ、彼に言いたいことや聞きたいことが山ほどあった。


「ねぇ、フレッド。あなた、何か知っているでしょう?」


 マリーは執事の姿をしてマリーのグラスにワインを注ぐ銀髪の青年、フレッドに訝し気に言った。

 フレッドは優雅にボトルを傾け、所作も完璧な執事の身なりをしているが、マリーの同僚であり、修道士だ。


「さぁ、何のことでしょう? お嬢様」


 フレッドは素知らぬ顔で、にこっと美しく笑った。

 

(何がお嬢様よ。……なんとなく、フレッドだけは殿下の居場所を知ってる気がする。今回の件について、すごくはぐらかされるし。だいたい、殿下の執事してたり、付き合いも長いみたいだし)


 ホールでは、令嬢たちが色とりどりのドレスに身を包んで、管弦楽団の優雅な音色に身を任せるようにダンスを踊っている。

 マリーは壁際でそれを長らく眺めていた。

 そんなときにフレッドがひょっこりと、どこからともなくボトルを持ってやって来たのだ。


「とぼけないで、真剣に聞いてよ。……殿下の事だよ」

「あ、やっぱり婚約者が気になる? あははっ。そういえば、マリーが来てから殿下は初めての外泊だもんねぇ。大丈夫だよー。浮気はないよ。娼館もナイよ。潔癖だからね。殿下はマリーの体液しか興味ないから心配しないで。自信を持ちなよぉ、君の味が一番さ」

「……そういうのじゃなくて」

「だから、殿下はずっと外部視察だって。マリーったら、何言っているのさ。書簡にも元気でバリバリ仕事してきたと言わんばかりに報告書の束が送られてきただろ。……そんなに早く会いたいの? 愛だねぇ」


 マリーは真剣に話しているのに、フレッドは冗談混じりの軽いノリだ。

  マリーが聞きたいのは、大怪我をしているリシャールの安否と、怪我の状態だ。

 あれほど血を流していたのに、血痕ごと存在を消すかのようにいなくなったのだ。

 まるであの日はすべて夢であったかのように、サラ以外は口を揃えて、リシャールは外部視察などという。

 確かにあの日にリシャールは居たし、ニコルの脅威からマリーたちを救ってくれたのだ。


「あ、マリーは、いつも殿下から逃げている割に、殿下と四六時中居たい、離れたくない、むしろ実は監禁歓迎だったりする? 身も心もがんじがらめに縛ってほしいっていう、そういう趣味? それとも、数日、殿下がいないだけで、身体がもう我慢できないみたいな現実問題の話かな?」

「違います」


 フレッドの話だとマリーもかなり自虐嗜好の変態じゃないか。

 マリーにはそんな趣味はないし、監禁も軟禁もストーカーも縛るとかもってのほかだ。

 できることなら、純愛小説のような春風のような爽やかできらきらした恋愛がしてみたいものである。

 だいたい、恋愛経験の浅いマリーには身体が疼くとか意味がわからなかった。

 マリーとリシャールは、婚約者という肩書きだけで、何の関係もない、ただの修道女と王子なのだから。

 同僚であるフレッドがよく知っていることのはずなのに、よく言うな、とマリーは思う。


「ちなみに、殿下はどういうふうに愛してくれるのかな。マリーのどこが一番お気に入りなの? 足? お尻? いや、もしかして言えないところ……。いや、殿下もお年頃だし、そうだよねぇ、うんうん、わかるよ、それ、甘い臭いに誘われてちゃう蜂気分」


 蜂ってなんだ。マリーから蜜でも出るっていうのか。

 人間であるマリーはもちろん甘い臭いもしないし、臭いがするなら汗の臭いで、味は塩味のみだ、と思っている。当たり前だ。

 たまにつける香水は甘めかもしれないけど。


「あるわけないでしょ、フレッドが一番知ってるくせに。話をはぐらかさないで」

「あれ、そうなの? 結構、進んでいるのかと思ったよ。……おれの期待違いか。修道院クビになったら、もう殿下の執事も嫌だし、マリーが寿退社するなら、ほんとうにマリーの執事になろうと思ったのに」


 どうやら、フレッドは転職先にマリーに目をつけているようだ。

 フレッドも今回の件でいろいろ迷惑をかけたから、悪いとは思うが……。

 というか、フレッドに話を逸らされていることに気づき、強引に話を戻す。


「ちゃんと聞いて、フレッド。この前の事件は……私の手柄じゃないの」


 数日前のニコルの事件の事だ。  

 すべてはリシャールが氷魔法を使い、レイを蘇えらせ、片付けた。

 それが事実だった。


「いや、あれはマリーの手柄だよ」


 フレッドははっきり言い切った。

 やっぱり、フレッドは知っている。

 フレッドはマリーの話を遮るように唇を指で封じて、にこっと愛想らしく笑っていた。

 それ以上言うな、というような。

 フレッドはすべてを闇に葬るつもりらしい。


「すべては思い違い、だよ。そうじゃないと、殿下が困るんだよ」


 マリーはリシャールがいた事実を消さなければならない事の重大さを思い出し、やるせないが、これ以上、話すことはやめた。

 しかもあれから発覚したらしいが、事件の犯人の何人かはリシャールが捕まえていたらしいのだ。

 自分が疑われても気にしないリシャールがなぜか事件解決に奔走している謎の事態。

 リシャールが動くのなら、マリーなんか、いや修道院に依頼しなくてもよかったのではないか、というレベルの話だ。

 まぁ、リシャールとはいえ、清らかな女性ではないから魔本に魔物を封印できないし、少しだけマリーは必要かもしれないけど、封印だけなら、ほかの王都の支部修道女でもできるし、わざわざ修道院に依頼する必要もなかったかもしれない。

 しゅんと黙り込むマリーにフレッドは明るい声で言った。


「マリーは踊らないの? せっかく、綺麗なのに」

「まぁ、ね」

「ドレスも似合っているよ。もう隅に置けないくらい可愛いし、一人でいるのが勿体ないよ」


 マリーはこの日のためにリシャールが用意していたらしい淡い黄色のドレスでサイズもデザインもよくマリーに合っていた。

 髪もしっかり結い上げていたし、化粧もメイドに施されて、しっかりした令嬢に見えはするが、人知れず壁の花になっていた。


 いや、壁の花になろうとしていた。


「さっき、テオ様と、ジャン先輩と踊ったし、もう遠慮しておくわ」


 案の定、彼らの足を、ピンヒールで踏みまくったが、ジャンもテオフィルもさすが紳士。

 素知らぬ顔で踏まれながら、踊ってくれた。

 もう被害者は出していけない。

 あとで謝ろう。

 しかし、納得いかないのは、リシャールと前に踊った時は足を踏むことはなかったのに。

 今日は不調なようだ、とマリーは思っていた。


(サラ様、相変わらず綺麗だわ)


 マリーは遠くで来客に囲まれているサラを見た。

 実は、この舞踏会はサラが初の公の場に出る舞踏会なのだ。

 ローズライン王国は国王夫妻が長い療養のため、長らく公務は王子に任されている。

 リシャールは殆ど公に姿を現さないため、もっぱらテオフィルの仕事だった。

 サラはあれほど引きこもっていたのに、いざ、公の場にでると案外緊張した案外素振りも見せず、しっかり挨拶をこなしていた。


 あの事件以来、一度サラに会ったのだが、「わたくしは一度人生について考えてみます。ローゼ様のおかげで、いえ、リシャール様もですわね……。今後はわたくしなりに、できることを探していきたいです。それに今一度テオと話し合ってみようと思います。……実はわたくし、疑心暗鬼にずっと人を怖がっていたのですけど、あのリシャール様ですら、案外怖くなかったので、妙に自信になりましたの。リシャール様に今度お礼を言わなくてはいけませんね」と言っていた。


 あれから、サラはテオフィルと何か話したんだろうか。

 遠くから他国の使者の対応をするサラたちは仲睦まじい夫婦に見えるが、どことなく演技というか他人行儀にも見えた。

 ふとした瞬間にサラの顔が切なく見えてしまうのは何故だろう。

 瞳の奥が笑っていないような。

 些細な変化はここ数日過ごしたマリーしかわからないものだった。


(あとでサラ様に声をかけてみよう)


 リシャールもいない舞踏会で、マリーはただ、姿を隠すように壁にもたれて、物語の様な舞踏会を眺めた。

 自分の生きる世界ではないなぁ、と心のどこかで静観しつつ、フレッドの注いだワインに口をつけた。


(殿下はどこに行ったのだろう?)


 見慣れた王城も、リシャールがいなければ、白と黒の味気ない絵と変わらない気がした。


ありがとうございました。

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