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彼の秘密③

前回ブックマークしてくれた方、ありがとうございました。

 マリーを声を張り上げたとき、ずっと静かだった指輪が点滅した。

 指輪が古代魔法を感知している。

 ニコルが近づいてきているのだろう。


「……ずっとここに居られないようだな」


 時計の針はもう深夜2時だ。

 リシャールの話によると古代魔法は魔力の消費が激しいため、最悪一晩逃げ切れば大丈夫だという。

 マリーたちは部屋から出て回廊を彷徨うと、また夜の城を死者の群れに立ち合い、逃げた。


 こんなことを朝まで続けるのだろうか。


 ニコルに会った時点で終わりだ。

 マリーの仕事仲間である王城に詳しいフレッドやジャンがいたら何がなんでも助けてくれたはずなのに、もう頼る相手はいないのだ。

 ジャンに関しても初日から部下であるマリーが事件に巻き込まれるなんて思ってなかっただろうし、教会関係者が万が一のため控えていた。

 リシャールも丸腰だし、事態は絶望的だ。


 それに咄嗟にかっとなって、リシャールに嫌いだとか言ってしまった。

 リシャールは何も言わなかったし、傷ついた様子でもなかったが、こんな状況でもやはり気まずい。

 でも、マリーは簡単に命を捨てるのが気に食わなかったし、リシャールが化け物と言われて聖器で血を流す様子も複雑な気分で気が立っていた。

 マリーは胸が苦しかった。


 リシャールにとって今日が『変な日』なら、マリーにとっては今日は『嫌な日』だ。


 ニコルがいう聖器で撃たれて血が流れている事実は罪の深さということか本当ならば、リシャールの罪は深い。

 その事実から、目を背けたくても今夜はそれを許さない。


(死者たちを巻いたら殿下にどんな手を使ってもすぐに治癒魔法をかけよう。殿下が例えどんな罪があろうと、私は……)

 

 マリーはどんな手を使っても治癒魔法を使うと決意した。


 死者の群れを巻いて、息を乱しているマリーたちにリシャールは考え込んだあと、ぽつりと言った。


「貴様ら、私の秘密、守れるか?」

「殿下……?」

「リシャール様?」


 マリーはポカンとする。

 秘密ってなんだろうか。

 サラは何かに気づいたのかハッと目を見開いていた。


「守れるか、と聞いているんだ」


 リシャールは再度はっきりとした口調で訊いた。

 余程重要なことらしい。


「まさか、リシャール様は……!」


 ずっと事態を深刻そうに眺めていたサラが何かに勘づいたようだった。

 マリーは意味がわからないが、サラは自信があるようで、はっきりと言った。


「リシャール様は変身されるのですね!」

「……変身? なんだそれは?」


 リシャールがものすごい嫌そうな顔をした。

 サラが目を輝かせて、リシャールの不快そうな表情を無視してさらに言った。


「とぼけたって無駄ですよ。わたくし、変だと思っていたのです。このゾンビまみれの状況でわたくしたちを眠らせようとしたり、二人で逃げろなんて言ったり、それは戦いを見られては困る『何か』があるからなのですよ。リシャール様、実は本当は……やはり噂通り化け物で、ドラゴンに変身するのですね。イメージとぴったりです。魔王だったのですね! 納得です」


 サラが、ぱぁぁっと明るい表情になり、リシャールはもっと嫌そうに眉根を寄せた。

 もし本当にリシャールの正体がドラゴンなら勝てるかもしれない。

 しかし。


「そんなわけあるか」


 サラは小説の読みすぎなのだ。

 さすがにリシャールでも変身はないだろう、とマリーは思う。

 しかし、サラはリシャールの発言を聞かなかったらように続けた。意気揚々として。


「隠しても無駄ですよ。やっぱり人とは違うと思っていたんです。なるほど。羽生えるタイプでしょうか。だったら全裸にならねばなりませんね! わたくしに気になさらず、さあ脱いで下さい」

「サラ姫、やはり頭、大丈夫か? どこか悪いんじゃないか?」


 サラは物陰をすすめる様に指さした。

 マリーもそれに乗っかる事にした。

 マリーはにっこり笑う。


「だったら上衣、私が預かりますよ。……どうやって羽が生えるんでしょう? 楽しみですね、さすが殿下です!」


 マリーもいい感じにそれに乗っかる。

 この際、ドラゴンでも、魔王でも、人間でもいいから、服を脱がせて、傷口の確認をして、押さえつけて、治癒魔法をかけよう。

 サラもなんだか脱がせたいみたいだし、サラに目配せしてアイコンタクトを取るとサラは解ったと言わんばかりに微笑んだ。

 良かった、サラが王族で、変な人で、こんな状況でもおかしな想像力が働く人で感謝だ。突破口が見つかりそうだ。


「上衣、邪魔ですね。シャツもズボンも邪魔ですね。血がついて1人では脱げないのですね。ふふ、それならお手伝いしますよ。水臭いですよ、殿下」


 マリーはリシャールの上衣を脱がせようとするが何故かリシャールは抵抗するので、サラも応援にかけつけ、ふたりで追い剥ぎのように群がる。

 しかし、さすがリシャール。

 怪我を負っていても、簡単に脱がせてはくれず、サラとマリーを子供を相手にしている様にひょいひょいっと軽くかわす。


「貴様ら、離せ。私にしていることが分かっているのか?」

「もちろん。早く脱ぎましょう、殿下」

「早く見てみたいですわ」

「なぜ、そうなる。変態の極みだな。貴様らやはり頭おかしいだろう、腐ってる」


 いつの間にかサラもふつうにリシャールに話しかけていた。今までリシャールを警戒し、あんなに怖がっていたのが嘘みたいだ。

 もうさすがに酒は抜けていると言うのに、どうしたのだろう。

 リシャールも目も合わせれなかったサラの変化を不思議に思ったのかつぶやいた。

 リシャールはマリーとサラから身を守るように距離を取った。

 

「……私に対する威厳はどこに消えた」

「だってこの状況で敬意もなにもないですわ。今はリシャール様よりにニコル様の方が驚異ですわ」


 サラは何か吹っ切れていた。

 真っ直ぐリシャールを見て、堂堂としている。

 サラはもうおどおどした感じはなく、じろじろとリシャールを眺めた。


「リシャール様ってよくよく見るとあんまり怖くないんですのよね。噂から恐怖の悪魔魔王化け物だと思っていたのですが、今思えば過剰だったかもしれません。申し訳ございません、正直、ゾンビより全然怖くなかったです」

「さりげなく悪口いうな」

「そうですよ、サラ様。殿下は案外全然大したことないんですよ! 見かけは冷たそうで、声はいやらしい感じで悪役風情ですが、見かけだけです! 殿下は立場を利用すれば私を好きなようにできるのに、かなり奥手といえば奥手で、結局口だけで大した事は何もできない……んぐっ!」


 マリーはリシャールに後ろから口を塞がれる。


「ああ、うるさい。保護猫と輸入うさぎのくせに嫌になる」

「また人のこと馬鹿にして!」


 そんな不毛なやり取りをしていると死者の群れと怪しげな笑みを浮かべたニコルが追いついてきた。

 そして運悪く、ここは回廊の行き止まり。

 もう、逃げる術はない。


「秘密、守れるのか?」


 リシャールは再度聞き直した。


「守れますけど」

「……サラ姫は?」

「助かるなら守りますわ、それが……たとえどんな破廉恥なものでも!」

「貴様には言われたくないわ!」


 サラは官能小説家だから、彼女に破廉恥なんて言われたくない。

 リシャールが言う事ももっともである。

 というか、やはり、リシャールはサラが小説家ってことを知っていたみたいだ。




「よく見ておけ、私は、魔王なんかじゃない。そして直ぐに今見たことをすべて忘れろ」



 リシャールは見ろと言ったり、見た瞬間から忘れろと言ったり、もう無茶苦茶だ。

 

ありがとうございました。

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