表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/138

恋が叶う本

 マリーはもう終わった、と確信した。

 リシャールの失言のため、犯人であるニコルに喧嘩を売ってしまい、結果的に死期が早まってしまった。


(殿下、もうやめて……!)


 確かに、マリーもニコルの話を聞きながら、『あれれニコルさん、好きになる人全員に彼氏や旦那いるの? それはいくら理由があれどそれだけ重なれば、ある種の性癖……浮気相手希望者じゃない? 横恋慕好きだなぁ』って頭の片隅で思ってはいたけど。

 まぁ、リシャールはストーカー並みに一途な分、そういう浮気とか不倫とか不埒なのが嫌いそうだから我慢出来なかったのかもしれないけど、今は命がかかっているから、我慢してほしかった。


 リシャールは腕を組み、考え込むようなふりをしてまた言った。


「いや、違うな。浮気すらしてないから、間男気取りか。悲しい呼び名だな。名付けておきながら、同情するよ」

「あの、殿下。今の話聞いてました?」


 ニコルは笑い顔だが、表情が固まっている。

 こめかみあたりに血管も浮き出ている。

 要はすごく腹が立っているけど、怒りを堪える様に笑みを貼り付けている。

 奇妙だ。

 もうこの際、潔く怒ればいいのに、とすら感じるのは何故だろう。


「ああ、一字一句逃さずな。なぜ、お前は何もしないくせに女ばかり悪いというのだ? 初恋の女も、自分が悪役になってでも助ければよかったのに、お前の話を聞くと女が悪いとばかり言って逆恨みも甚だしい。そうやって、他の女も勘違い逆恨みをして殺したのだろう?」


 他の女、とはやはりニコルがこの事件の犯人だということか、ニコルは否定しない。

 リシャールは相変わらず不遜な笑みを浮かべていた。


「私なら全てをかけてやりとげるけどな? ああ、お前のいう、私は身勝手のろくでなしの、どうしようもない男だが、お前よりましだろう?」

「……貴方がいいますか」

「そうだな。でも私は自信がある。こいつくらい、どうにかしてやる、ことぐらいできるさ」


 リシャールは真っ直ぐマリーを見た。

 彼の瞳は水底のような深い青はどこまでも澄んでいて綺麗な色だ。


「愛だとか恋だとか語る価値のない大嫌いな言葉だが、こいつくらいの、面倒は見てやれる」


 リシャールは恋愛は嫌っているし、価値がないと決めつけるくせに、他の誰よりもマリーの事を思ってくれている。

 誰だって、言葉では簡単に愛を囁ける。

 だけど、財産くれるとか、24時間監視とか、常人ではなかなかできないだろう(いやしてはいけない)。

 リシャールの行動は行き過ぎているけど、その不器用な思いが、愛し方が、何もできない修道女の綱渡りの生活を支えているのだ。

 マリーなんかリシャールがいなければ危険な任務の途中でやらかして死んでいたかもしれない。

 リシャールはマリーの恋人でもないし、書類上の婚約者に過ぎないのに。

 愛している、とか、好きとか言えば済む話なのに、回りくどいのだ。

 いつもマリーに逃げられて、裏切られても、リシャールは許してしまうのだろう。

 リシャールは見返りなんて求めてないし、マリーに構うのが趣味みたいなものだから、裏切られても、馬鹿にしたような口調でぶつぶつ言いながらも、どこまでも着いてくるんだろう。

 リシャールが良いのか悪いのかわからないが、愛されている気がする。

 ニコルはリシャールを嘲笑った。


「でも、殿下も面倒見るとか言って、婚約で縛り付け、どうせ無茶苦茶好き放題抱いているんでしょう? わかりますよ、言わなくても。兄弟揃って変態そうです。縛るとか、無理矢理とか、突っ込める所は後ろも前も全ていれてみるとか、でしょう? ははは、最低ですね。私の恋愛は、純愛なので不純な貴方には理解できないでしょう」

「……」


 リシャールは何も言わない。ちなみに、サラも何も言わない。

 二人とも平然をうまく装っているが、マリーは知っている。


(二人とも痛い所、突かれたわ……)


 正直なところ、言わないのではなく、言えない、のだろう。

 いろいろデリケートな問題な気がする。

 誰とは言わないが、行為の最中で途中で『あ、ごめん、やっぱ今日無理だわ』と情けなくやめるとか、誰とは言わないが『今日の首回りはいつもより塩っぱいなぁ。肌はツルツルしているから体調はいいのか』と変な感想を言いつつ犬みたいに舐め舐めあむあむと味見しつつも一時間それだけするとか、よなよな思い詰めているとか。ひとりで済ましているとか。


 彼らの矜持を傷つけてしまう。

 そんな事は死んでも自白はできないだろう。

 だって、容姿端麗な年ごろの色気のある王子様。

 変に拗らせて、悶々として、可笑しな惨めな日々を過ごしているなんて知られたら、恥だ、恥。

 何も知らないニコルは黙り込むリシャールを見て、図星だと勘違いしたのか、また上機嫌になった。

 とりあえず、マリーはほっとする。

 リシャールが大人しくなり、首の皮が繋がった。


「死ぬ前に教えてあげましょう。私はですね、ある方に恋が叶う本をもらったのです。本には聖霊が宿っていました。神という者でしょうか。私は今まで不可解だった事を神から教わりました。魔法も、世界の道理も。そうしたら、自ずと気づいたのです。可哀想な女性を助けてあげるのが、私の使命だと。女性たちが、最低な他の男のもとで死ぬくらいなら、最期は私が看取りたいものです。終わりまで寄り添いたいものです。しかし、残念なことに彼女たちは私を頼ってくれなかった。だから、ああいう目にあうのです。裏切ろうとしたから、血を抜かれて死ぬのです。まぁ、神の生贄になれただけ、本望でしょう」


 ニコルはあっさりと自白し、血抜かれ殺人事件を認めた。


「サラ姫も、そうでしょう? 夫から相手にされず、居場所のないあなた。私ならあなたを守ってあげれる」

「わたくしは孤独……?」


 吐き気がするような言葉だった。

 サラの瞳がぼんやりしてくる。

 暗示にかかる前兆だ。

 ニコルは精神に作用する古代魔法が使えるから、サラまで魔法にかかっては絶望的だ。


「サラ様はーー」


 マリーが「違う」と言う前に、リシャールがきっぱりと言った。


「サラ姫は孤独じゃない、愛されている。お前が知らないだけだ」

「殿下……」


 リシャールは珍しく少し躊躇ったが、意を決して言葉を紡いだ。


「あの……計算高い世間体をうじうじ気にする弟がむちゃして城に侵入し夜這いして結婚したんだ。あれこれそうだな、10年以上昔から好きだったんだ。手も出せないくらい……まぁ思い詰めて変な薬を手を出すくらいにな。正直、恥ずかしいくらいに惚れていたんだ」


 リシャールは気まずそうに、テオフィルの秘密を暴露した。


「あいつは、口達者で社交性があるから、女慣れしていると思われがちだが、実はサラ姫以外女性経験がない」

「あの、テオフィル様が……つい最近までど、童……馬鹿な。嘘はやめなさい。あれだけ容姿端麗で優秀な王族なら相手ならいくらでもいるでしょう!」

「断言する。あいつの初めては、サラ姫に夜這いした夜だ。婚約中も浮気などない。テオは、王族や貴族が受ける女官の夜伽の授業を断ったくらいだからな。サラを裏切りたくないって。身内の中では有名な話だ」


 確かにテオフィルのイメージは女慣れをしていて、すこし遊んでいてもおかしくないくらいフレンドリーだ。

 まさかそんなに一途だったとは。

 はじめてだから、媚薬を持って夜這いをしたらしい。


 しかし、リシャールの弁解も虚しく、サラは暗い目をしてリシャールに言った。


「リシャール様、良いんです。今更構って頂かなくても。あの時、テオが初めてでも百戦錬磨でも、もういいんです。どうせ今、わたくしたちは寝室も別ですし、もう夫婦としては……」

「サラ姫よ。あの時、テオが婚約破棄についての話し合いのつもりで君を訪ねたのに、結果的に大好きな君とのはじめてが無理矢理夜這いになったあいつの心情を察してやれ」

「……!」


 そう言えば、サラはテオフィルに婚約破棄をしようとしたところ、夜這されて既成事実を残し、結婚に至っている。

 テオフィルの行動は、外交問題にもなりそうだが、そこまでサラと結婚したかったのだ。


「私が一方的に別れを告げたから……」


 サラはなんだか思いあたるふしがあるようである。

 テオフィルがあの夜の事を悔いて、反省しているため、結婚してからは、けじめとして寝室は別というのは頷ける。


「だいたいテオに他の相手がいるわけないだろう。馬鹿を言うな。あいつには、このちょっと困ったくせのある姫しかいない。今も昔もな。貴様こそ、一国の姫に手を出すなんて正気ではない。逃げた魔物に利用されている愚か者め」

「……リシャール様」


 サラの瞳に光が戻る。

 暗示が解けたらしい。

 リシャールの思わぬ言葉を聞いてサラが少し涙ぐんだ。

 リシャールは普段は口数が少なく、サラに関しては無愛想だったから、そんな風に思っていたとは驚きだった。

 リシャールが言わなかったらきっとこの先もずっとテオフィルを誤解していただろう。


「……愚か? 私が?」


 ニコルは痺れを切らし、リシャールをわき腹を聖器だという銃で打った。床に血が溢れる。

 ニコルの話によると、魔器を無効にする、普通の人間には効果がないと言われる聖器で撃たれて、血を流すリシャールはやはり罪が重いことを物語っている。


「魔物を逃した? 利用されている? 違う。私は、神の力を借りているのです。神を封印から解き放ち、力を貸してもらっている。だいたい、魔石も神の恩恵、精霊の分身。逃したなど言い方は冒涜です。今や、魔力の強い者はまれなのは信じる力が足りないからで、神は弱って来ているから、強力な魔石と、私の意志で魔法は強くなる。私は選ばれたんです!」


 マリーは王家の依頼を受けた時、ユートゥルナが言っていた事を思い出した。

 人間の方が厄介だ、と。

 気まぐれな精霊にはない執念を感じる。

 執念が強いほど、信じる力が強くなり、魔力が増す。

 ゾンビの群れもその執念が物語っている。


「……人が魔法を使う? お前らは魔物に使われているんだ」


 リシャールは血を流しながら、こんな時でも澄ました顔をしていた。

 とめどなく、傷口から血が流れているのに、相変わらず、嫌になるくらい強がりだ。

 早く手当しなければ、出血量的にリシャールの命が危ない。


「あのお方は、我々と同じ苦しみを、時代を憎んでいる」

「そいつか盗んだのだろう。そいつも魔物に利用されているのか」

「リシャール様、あなたも禁呪使うでしょう? それは、古代魔法だ。だいたい、今時、神以外でその魔力はありえないのですよ。それ以外ない」


(神ですら、もう魔力は落ちているよ)


 修道女であるマリーは知っている。

 神であり古代魔法が使えるユートゥルナ様ですら、歴代の神に比べて魔力が落ちてきていることを。

 それが時代の流れ。

 ニコルに関しては、ここまで古代魔法を使えるのだから、才能があったのかもしれないが、マリーたちの元まで来ようとしている不完全な死者たちを見る限り、使いこなせてはいないのだろう。途中、力尽きる個体すらいる。


「貴様らは私に全部の罪を着せたいらしいな。丁寧に氷魔法に似せた注射器まで用意して。余程私が嫌いらしいな」

「あなたほど罪に染まった方はいない。この銃が物語っている。まるで、化け物退治している気分ですよ」


 出血量が増え、リシャールが片膝をつく。


「この聖器、魔器が無効になるに加え炎の魔法を足せば悪しき者、つまり血に塗られし者を浄化の炎で葬ることができるそうなのです。悪人にはつらい武器ですね」

「……」

「私にはあの日手放してしまった彼女のような後悔をしたくない。たとえ、氷華殿下相手でも聖器と古代魔術があれば、敵はいません」


 ニコルは銃の引き金を引こうと力を込めた。

 リシャールを今度こそ殺すつもりだ。

 びりびりとした肌をさす殺意が感じられる。


「殿下、あなたもまさか、司書の僕に葬られるなんてね。あなたも好きだったんですよ。孤独で。でも、残念です。さようなら、麗しい殿下。可哀想なお方。最後は血に濡れた罪を報いながら、死になさい」

「殿下ーー!」


 その瞬間、サラが走って、ニコルの手を掴んだ。

 か弱い姫のサラがニコルに敵うはずもなく、「離しなさい」と簡単に振り払われる。しかし、その衝撃でマリーの術が解けた。

 体が自由になったマリーはすかさず、指輪に収納していた魔本を取り出し、巨大な檻を出して、ニコルの動きを封じたのだ。

 いざという時に備えていた檻の絵が役に立った。

 ニコルは黙ったまま、マリーを虚な目で見ていたが、マリーはそれを無視した。


「今のうちに逃げましょう!」


 マリーはサラと血だらけのリシャールの手を引いた。

ブックマークありがとうございます。


あと数話で甘めに移行します。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ