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いつもの裏切り①

前回、ブックマークしてくれた方、ありがとうございました。

「やめて下さい!」


 ニコルが銃の引き金を引こうとしたとき、サラが叫んだ。

 サラは、マリーの元に駆け寄り、理解に苦しむように眉を寄せて、涙して問う。


「貴方がなぜこんなこと……わたくしにはわかりません」


 サラにとってもニコルは数少ない王城内の理解者で、友人のような人物だった。

 王子の妃のサラにとって社交界は腹の探り合いで本音を言えるものはいない。

 だからといって、侍女等の使用人は使用人で立場が違過ぎるため、相談してもサラの気持ちは分からない。


 サラにとって、貴族出身でありながら家を継ぐこともなく、政治関係もない司書のニコルは気軽に話せる貴重な存在だったのだ。

 サラは妃であるため、どこにいても目立つ。

 身分のせいで、本が好きでも気軽に借りに行けない。

 そんな彼女に部屋を提供し、好きな本を提供してくれたり、マリーと共に過ごせるように手配してくれたりしたニコル。恩は計り知れない。


 ニコルに何度もそれとなくマリーと同じ様に、テオフィルの相談もしたこともあった。

 彼はいつも話を聞いてくれて、それとなく励ましてくれた。

 サラは自分が王子の妃だから、王城の文官であるニコルが優しくしてくれているのでも、嬉しかったのだ。

 身分による親切だとしても、気軽に話せるのはありがたかった。

 話しただけで気持ちが軽くなるから。


 それなのに、何故、ニコルはこんな事をするのだろう。

 友人であるマリーや、サラの義理の兄であるリシャールに銃を向けるのか。

 ニコルは優しく微笑み、残念そうな顔をした。


「あなたは、この男が心底嫌いだったでしょう? 何故かばうのです。身勝手な夫と、冷血なその兄はいつもあなたを苦しめていたはずだ」


 確かにリシャールとテオフィルはいつもサラを悩ませていたかもしれない。

 だからといって、殺すのはおかしい。

 常人の沙汰ではない。


「いえ、全部わたくしがいけなかったのです。テオはわたくしとつり合いが取れていないのに結婚してくれましたし、リシャール様もわたくしから避けて不快な思いをさせてしまったのですから。彼らは悪くありません。庇ってなどないのです! わたくし、ローゼ様に出会って気づいたのです。思い込みが激しかった、と。真実は、ちゃんと確認して見ないと分からないと」

「サラ様……」


 出会った当初、サラは混乱気味で事実を悪く解釈するフシがあった。

 マリーと交流するうちに、人はそれほど悪意がないと知り、社交界にも馴染もうと最近は頑張っている。

 嫌味な貴婦人も仲良くなれば余程政治的に絡んでない限り人同士の交流に過ぎないのだ。

 サラは悲観的過ぎただけで、リシャールもサラを嫌ってなどいなかったし、サラ自身が身構えて壁を作るのが大きな問題だった。

 最近では勇気出してリシャールに挨拶をしようとしたり関わろうと彼女なりに頑張っているのだ。

 

「わたくしを攫いにきたのでしょう? だったら、ふたりは無関係なはずです。お願いです、やめてください。わたくしなんかで良ければ、どこにでもついていきますので」


 サラはニコルにさっと手を差し出した。

 サラは自らを犠牲にするつもりだ。


(犯罪に手を染める身勝手な人の思うままになるなんて、間違っている)


 一方的な思いの手紙で恐れさせ、友人すら殺すと脅すような人物の言いなりなどなってはいけない。

 手紙の内容によれば、サラは孤独で可哀想と決めつけ、自分だけが理解できるなどいう彼の話は妄言だ。

 どうせ着いて行っても、ろくな未来はないだろう。

 古代魔法に囚われたニコルが正常だと思えない。

 古代魔法を使える時点で盗まれた魔本の魔物に関わっているだろうし、魔物に精神を乗っ取られているのかもしれない。

 どちらにしろ、魔物に心を売ってまで、禁呪を手に入れるような男だ。ろくでもないのは言うまでもなく。


(サラ様が、身勝手過ぎる男の言いなりなんてなるくらいなら…)


「サラ様いけません! 私の事は、気にしないで逃げて下さい!」

「嫌です、ローゼ様。貴女を犠牲にできません」

「大丈夫です! 殿下も居ますし。ほら、殿下は、かの恐れ多い氷華殿下ですよ、心配いりません! 最前線もたった一人で涼しい顔して優雅にこなすのがリシャール殿下ですよっ。こんな窮地でも相変わらず余裕そうなので」


 サラを安心させるため、マリーはできるだけにっこり笑った。しかし、サラは物凄く不快な顔をして、リシャールを指差して言った。


「馬鹿な事を言わないで下さい! リシャール様はダメです! 頼りになりませんっ」

「えっ……」

「剣すらない丸腰のリシャール様なんてただの顔が良いだけの特技のない王子様じゃないですかっ! 役に立ちません! ちょっと鍛えてるからって、所詮細いですし! 体重軽そうです。アホみたいな規格外な魔法だけが、強いだけが取り柄なのに」

「……」

「その身体は観賞用か、生殖用でしょ? 戦闘向きではないです、綺麗過ぎてっ!」

「生殖用……ってなんですか?」

「いやらしいことするような身体なんです。肉弾戦するような実用的ではないんです」


 リシャールは無表情で無言だった。


「テオならまだ交渉の余地がありましたが、リシャール様はわたくしと同じくらい口下手でロクなことは言わないのです!」


 マリーも心の中でその通りだと思ったので、言葉につまる。さっき誰かも似たような事を言っていた気もする。

 確かにリシャールは口下手で口を開けば皮肉めいて、挑発しかできないだろう。

 リシャールはやや複雑な顔をしていた。

 正直、リシャールはテオフィルみたいに犯人を説得できる話術も、芸もない。

 サラみたいに社交拒否、口を開けば貴様とか失礼な言い方で人を呼ぶ。

 交渉には不向きだった。

 テオフィルが雇っていたごりごりマッチョでもないし。

 魔法が使えないリシャールは綺麗な顔した若干引きこもり気味のただの王子様に過ぎない。残念ながらそれが真実だった。

 サラは拳を握り締めて語る。


「このままではローゼ様が殺されてしまいます。わたくしはローゼ様のいない世界など考えられません! それに……最期くらいは、美しく貴女の記憶に残っていたいものです」


 サラは切なげにマリーを見つめた。


(……どういう意味?)


 サラの瞳がすこし色っぽく潤んでいる気がする。

 マリーはなんとなく、嫌な予感がした。


「今夜のような月が綺麗な寂しい夜はわたくしのことを思い出して下さい。今日の夜の、貴女とわたくしの触れ合いを忘れないで。……わたくしも貴女の香りや身体を思い出して、自分を慰めて、眠ります。夢の中でまた会いましょう」

「えっと、サラ様?」


 どことなくロマンチックでいい話に聞こえるのは何故だろう。

 慰めるって、何するのか。ん?

 まだ、サラは酔っているのかもしれない。


「本音を言えば、もう一度貴女と寝たかったです。もっと貴女を感じたかった、わたくしに刻んで欲しかったです。……もし許されるならば、わたくしはローゼ様と共に生きたかっです。修道院で真実の愛を育みたかった」


 ポロポロと美しい涙を零すサラ。

 ちなみに、修道院は愛を育むところではない。

 神に仕える色事とは無縁の清い場所だ。

 しかも、どうやってなにを刻むって言うんだろうか。

 マリーは男ではない。真面目な話、いろいろ無理があるし、サラのご希望に添える気がしない。

 そもそも、マリーとサラは添い寝をしただけだ。

 だいたい、サラは既婚者で王太子妃で、テオフィルが好きだってさっきまで言っていたじゃないか。

 誤解を招く言い方はやめてほしい。本当に。


「……サラ姫、今なんて言った?」


 ほら、見ろ。

 さっそく、リシャールが反応してしまうではないか。

 この王子様、元々は聡明なはず、なんだが、最近は血迷っている。

 リシャールはイケメンなのに、正面から愛の言葉は囁かず、24時間ストーカーだったり、監禁を企てたり、かなり残念な感じに頭がおかしい。

 イケメンなのに、変に紳士的で婚約しても抱くことはせず、身体中に赤い痕ばかり散らすのだから、かなり拗らせている気もする。

 監禁とかしようとするほど束縛が強いから、誤解されると危険なのだが、もう遅い。


「……寝たって、聞こえた気がするのだが?」


 銃を突き付けられながら、リシャールは真剣な顔をした。


「あの、ですね、これは仕事で……」


 同じく、マリーも銃を突き付けられられながら、必死に弁解する。

 違う。そんな意味じゃない。

 ふつうに考えてみてほしい。

 護衛に行ってなんで姫と肉体関係を持つんだ。

 マリーは女。サラも女。

 しかもお互い婚約者や夫がいるんだぞ。


「仕事であれば、誰とでも寝るのか貴様は……最低だな」

「……殿下、何考えているんですか?」

「許せない話だな」


 リシャールは不機嫌に眉根を寄せた。

 この場に及んで面倒なことになりそうだ。

 銃を突き付けられている絶体絶命の状況で何故だろう。

 ほかにもっと大事なことがあるだろう? 命とかどうやったら助かるとか。


「どう言う意味でしょう……?」


 ニコルも銃を持つ手が震え、やや動揺している。


(なんでニコルさんも今の話を信じるの?)


 マリーは解せない。意味わからない。

 誤解を与えた張本人であるサラは物語の悲恋のヒロインのように心底つらそうに言った。


「わたくし、もう、男はいいんです。ごめんなさい。先程、決心しました。わたくし、ローゼ様といた方が幸せになれると思いますの。男はテオで身おさめです。ローゼ様は、ほんとうにお人好しで親切で素直で小柄で肉付きがよくて敏感で大好きなのです」


 サラは先程夫を捨て、同姓のマリーに走る事を決めたらしい。

 誤解されそうだが、サラとの間に何もない。

 リシャールが一層険しい顔をした。


「こんなわたくしを、幾度も救ってくれました。もう、ローゼ様のためになるなら、この身など惜しくありません。好きなんです、大切な人なんです。出来る事なら生きて二人で暮らしかったです」

「聞き捨てられないな、それは浮気か?」


 リシャールの低い声が響く。


「いえ。テオは吹っ切れました。リシャール様はそもそもそう言う関係じゃないでしょう?」

「……お前に何がわかる?」

「分かりますとも。体を見れば」

「……何をしたんだ、お前」


 リシャールは銃口を突きつけられたまま、サラを睨んだ。

 実に忌々しげに。殺してやると言わんばかりの形相で。


(殿下、睨む相手違うよ?)


 マリーは心の中で突っ込みをいれた。

 しかしだ。どうしよう。

 命の危機と修羅場が同時にやってきた。

 サラもサラで酔っているのか、魔法が使えないリシャールは怖くないのか、リシャールに堂々と物申している。

 誰かこの状況からいろんな意味で助けてほしい。


「なんだか分かりませんが、私が思っていたより人間関係は複雑なようですね。最近の恋のお相手は男だけとは限りませんし、よし、やはり横恋慕のローゼ様は絶対に絶対に殺しましょう」


 すっかり取り残されたニコルがこの修羅場に終止符を打つとともに、マリーに向ける銃を構え直して、額にぴたりとくっつけた。


「いや、その私はそんな気はありませんので、そこだけはお間違いなく!」


 マリーもサラを横恋慕したと言う誤解を理由に殺されたくない。両刀使いの間男みたいなポジションで死にたくない。

 せめて、立派に修道女として役目を果たして殉職したいものだ。


「貴女にはなくてもわたくしにはあるのですよ」


 サラが火に油を注ぐ様に言う。


「いえ、ごめんなさい。私、修道女なので、生涯独り身ですよ……」


 一部始終を見ていたニコルははぁーっと長いため息をついた。

 そして彼はサラの顔を切なげに見た。

 仕方ないなぁ、と言う感じに若干の呆れを滲ませて。


「貴女は変わってしまった、いえ、『いつもの』ずるい人だったのですね、残念です」

 

 『いつもの』と言う言葉が引っかかる。

 ぐしゃぐしゃと綺麗な髪をかき混ぜた。

 やるせ無い様な、そんな表情だ。


「みんなころっと変わるのです、それが女性です」


 しかし、ニコルは一変して、不気味なくらいニッコリ笑い、サラの顔が引き攣った。

 何を考えているのだろう。


 突如、呻き声とともに死者たちが、また窓から入ってくる。

 先程凍らせた者たちと同じゾンビであった。

 いつの間にか増援したらしい。


 リシャールは魔法石を取られて氷魔法が使えない。

 マリーも古代魔法に囚われて身動きが取れない。

 お互い銃を突き付けられている。

 絶体絶命だった。


「また……!」


 マリーは絶望的な気持ちになった。

 ゆっくりと地面を這う死者の群れになすすべはない。

 身動きもとれず、修道院関係者も呼べない今、できることはあるのだろうか。


「あと少しだけ、私の話をきいてくれませんか? 最後に」


 勝ちを確信したらしいニコルは、ふふふ、笑った。


「少し昔話をしましょうか」


 二コラはゆっくりと語り出した。


ありがとうございました。

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