婚約者の訪問②
前回ブックマークしてくれた方、ありがとうございました。
リシャールの態度は、ふざけている。
事の重大さが全く伝わっていないようだ。
呑気に会話をしている場合ではなく、今すぐ逃げるべきなのに、彼は悠然と佇んでいる。
いくらリシャールが魔法が得意で、戦慣れしているとしても、解明されていない古代の魔法が相手ならば、ただですまないはずだ。
歴史を紐解けば、今より300年ほど昔は、リシャール以上の術者が沢山いたらしい。
その時代に使われていたであろう、古代魔法。
現在は術者が未熟過ぎて手に余る品物になってしまっている。
現在において、昔のように魔力があり古代魔法を使える人物と言えば、修道院の長である最高神のユートゥルナくらいだろう。
彼は神だから、彼の魔法は伝統的に受け継がれていくため、衰えないのだ。だから、神なのだ。
一方、近代化が進むにつれ、人々の魔力が失われたのだ。
現在において、ユートゥルナ様はもちろん、マリーの修道院に指折りの術者が数えるほどだけおり、王都はもっと少ないと思われる。
魔力がある、と言えるか不確かな者が多いのだ。
簡単な日用魔法くらいなら、魔法石があればできないことはないが、攻撃魔法や結界などは急速に廃れ始めている。日用魔法も工業の進歩によって今後は衰退していくであろう。
それはこの国だけでもなく、各国に見られている現象だ。
当然ながら、現在において古代の魔法は不明な点が多いため、大抵は禁忌扱いである。
作用が強力過ぎて、取り扱いが難しいためである。
たかが人間が使用出来る品物ではない。制御できないのだ。
また、知覚に作用するものが多く、催眠に似ている。しかし、ただの催眠ではなく、その効果は強力らしい。
術者に『死ね』と言われたら、喜んで死ぬような、強い作用だ。
よって、禁術の部類に入り、書物は厳格に管理されている。
リシャールにはもう少し危機感を持ってほしいとマリーは思った。
犯人は得体の知れない術を使うかもしれないのだ。
リシャールは窓の方を指さした。
「まぁ、落ち着け。今日はやけに月が綺麗だ。ほら、見ろ」
「え」
確かに、空には月が浮かんでいる、が。
「きゃあああっ!」
マリーより早く、サラが悲鳴を上げた。
「あ、あれは何なんですの! わたくし、夢でも見ているのでしょうか……?」
「あれは……!」
窓枠から、手が見えた。
確かに人らしき手だ。
ただ、それが異様であるのは確実なものであった。
青白い手や、腐りかけている手、指が取れているものもある。
「幻覚……?」
マリーは蠢くそれらからサラを庇うように立った。
サラに怪我をさせるわけにはいかない。
今夜は何かがおかしい。闇夜に消える人も、リシャールが訪ねて来たことも、すべてが異様だ。
マリーは妙な胸騒ぎがした。
(これが古代魔法……修道女でなければ気絶レベルのリアルさだわ)
この死人たち、つまりゾンビは、闇に消えた人物の仕業だろうか。もしくは神経を錯乱させる部類の幻覚魔法とか。
幻覚ならば、精神を壊されなければ、実害がない。
「残念ながら、これは貴様が危惧する古代魔法ではあるが、幻覚ではない」
「現実だというの……?」
マリーの淡い期待も虚しく、リシャールの特に驚きもしない声が部屋に響く。
リシャールは、マリーの前に出て、窓際まで死者たちを見に行った。
彼は、外の窓枠に手をかける死者をながめて、はぁっと、ため息をついてから、残念そうな顔をして言った。
「雑だなぁ。血管くらい皮膚の下に埋めてやれ。私的には神経細胞もしっかりと規定の位置に戻したいところだが、贅沢は言わないから、せめて見てくれくらい整えたらどうだ。….…ああ、ちゃんと視神経繋げて眼窩に埋めないから、目玉も垂れ下がって落ちそうだなぁ」
なんと驚いたことに、リシャールはゾンビの出来を確認し始めた。
リシャールは、窓枠に近づき、目を凝らす。
「お粗末な術だな。肉がただれて、腐敗も進んでいる。どうせやるなら、もう少し上手く生き返らせろ。可哀想じゃないか。……私ならもっとうまくやるのに」
妙なプロ意識を感じさせる発言だった。
「殿下……」
マリーは言葉が出なかった。
(殿下は几帳面だし、丁寧だから、綺麗で完璧なゾンビが出来そうだけど……。なんだろう、この残念な感じは。……殿下は王子様なのにゾンビを作るとは聞いてはいたんだけど)
リシャールはゾンビを作るプロ。死人を甦らせる自体、輪廻転生を無視した神に対する冒涜行為だ。あんまり名誉なプロではないことは確かだ。目指したくはない。
彼なりに、術について思うことがあるらしいが、今はそれどころではない。
先程まで無人の中庭から、得体の知れない肉が剥がれて腐敗の進む死者たちが壁を伝って部屋に入ろうと窓ガラスをつたっている。
「どうせやるなら、仕事はしっかりしてほしいものだな」
しばらくして、リシャールは観察に飽きたのか、マリーたちのもとまでゆっくり歩いてきた。
リシャールが退散するとすぐさま、外から飛んできた銃弾でガラスが割れた。そこから死者たちが窓から入ってきた。やはり、誰かが死者を率いて、手引きしている。
「ローゼ様……!」
「大丈夫です、サラ様」
サラは怯えている。無理もないだろう。
サラは姫なのだから、こんな悲惨な現場に遭遇したことはないのだ。
マリーも前線は初めてに等しいが、身を奮い立たせて、指輪の形状に小型化した剣を取り出し、構える。
とにかく、一刻も早くここから逃げ出さねばならない。
いくらリシャールが居るとはいえ、相手は死者だ。
魔物関係の専門の修道院関係者を呼ぶ方が先決だ。
死者たちに出口をふさがれる前に、すぐに部屋から出て、連絡すべきだ。
しかし、リシャールは他人事のように死者が窓から侵入してくるのを眺めていた。
まだ、サラの部屋は広いので、窓辺からの距離はあるがおちおちしている時間はない。
「殿下! 早く行きましょう!」
マリーはリシャールの手を取る。
「何故、私が退かなくてはいけない」
「何言っているんですか!」
リシャールは動く気がないらしい。
それどころか見物している。
「もう0時過ぎじゃないか。寝る時間だ、といっても客人が多くて寝室にはいけないな」
リシャールは、マリーを無視してサラに視線を移した。
「サラ姫。夜も深い。眠れないなら、これでも飲め。一服で、この状況でも一瞬で寝れるぞ」
リシャールはサラに睡眠薬を投げ渡す。
サラは反射的に受け取る。
「はい……? リシャール様、何をおっしゃって」
「早く寝ろと言ったんだ」
(いや、この状況で寝るとか、おかしい!)
ゾンビに囲まれて寝れる人がいたら教えてほしい。
言うまでもなく、「???」と、サラは困惑している。
「ローゼは護衛だから寝るわけにも行かないだろうが、疲れているだろう。横になれ。サラ姫の隣の、そこのソファなんかどうだ?」
言葉掛けはいつにもまして優しいのだが、この状況でその台詞はおかしい。
「殿下、ふざけている場合ではありません! 一緒に逃げましょう!」
「心配するな。今日の仕事はご苦労だった、テオにも伝えておこう。貴様の手柄にしておいてやる」
「は……?」
リシャールはマリーたちの手首を掴み、強引にソファまで連れて行き、座らせた。
そしてマリーたちを後ろに庇うように立った。
「今から起こることは、目を背けている方が幸せだからな」
そういえば、死者たちが居間の半分あたりまで進んだところで動きが鈍く、ゆっくり動いている。
「今夜は、冷える」
気づけば霜が降りてくる。吐く息が白い。
マリーたちがいる場所より先は床が凍っていた。
「死者たちが凍っていますわ」
はじめて氷魔法を間近で見たサラが信じられないような顔でリシャールを見ていた。
「いつの間に術を施したのでしょうか……?」
「……」
マリーには全く分からなかった。
修道女であり、魔法を一通り学んだとしても、術の発動すら気づけない。
それはマリーが劣っているというわけではない。
リシャールと常人の間にある雲泥の差を物語っている。
マリーなどは足元に及ばない。
修道院や神すらも軽んじる、リシャールの天才技だった。
「貴様ら、そんなに見物したいなら好きにすればいいが、面白くもなんともないからな」
すべての死者が凍ったと思ったとき、リシャールはゆっくり歩み出した。
死者の群れの中に迷う事なく入って行く。
リシャールは一人で全てを片付けようとしている。
マリーとサラのところの床は凍っていない。
そこで寝てろ、と言われた時は正気を疑ったが、術にかからないために考慮していたらしい。
危うく氷魔法に巻き込まれてしまうところだった。
「本体はどこかな?」
ばりん、ばりん。
歩む事で、足元の氷が軋む中、リシャールは本体を探す。
窓と逆方向、つまり部屋の入り口、リシャールの後ろから何かが飛んできて、リシャールの耳飾りが落ちた。
落ちた耳飾りは拾う間も無く、2弾目が撃たれて、ガシャンと粉粉に割れる。
「……」
リシャールは顔色ひとつ変えずに振り返った。
ありがとうございました。




