叶わない方が幸せだったと思う恋の続き
しばらくサラとマリーが語ったあとのことだった。
マリーが呑気に、サラにすすめられた異国の食べ物を頬ばり、『このチーズ美味しいな』と思っていた時。
サラがグラスのワインを優雅に飲みながら、突如愛しげに目を潤ませて言ったのだ。
「この、ガウンを羽織るたび思い出すのですね。寂しい夜も、貴女の香りを感じる事ができます」
サラの視線の先はマリーだった。
なにやら、よくある甘めのロマンス小説みたいな台詞だった。
マリーはキョトンとする。
「……もしかして、私の着ているガウンのこと言ってますか?」
サラはマリーに貸したガウンを自分も使用するのだろうか。
てっきり、マリーは自分用にサラが買ったとばかり思っていた。何せ、そのガウンはマリーのサイズにぴったりだったからだ。
それに妃殿下であるサラが庶民でもあるまいし、マリーの着古しを着るなんてあり得ない話だ。
そもそもサラの方が背が高いし、サイズが違う。
「ガウンだけじゃありません。今、着ているいやらしーい下着も回収しますよ。夜な夜な、匂いを嗅ぐのです」
「あは、は。変な冗談は勘弁して下さい。不潔なので、ちゃんと洗濯してお返しします」
マリーはガウンは返す予定だった。だって、このガウンは軽いし、あったかいし、きっと高級なものには間違いないのだ。
返した後は着るなり捨てるなりサラの勝手だ。
(下着は捨てよう)
マリーは、下着については極めて薄い生地なので、洗濯したら破けそうな気がしていた。
だから、マリーは、こんな実用性のない下着は一回履いたら捨てた方がいいと思っていた。
それにマリーには生涯、こんなぺらぺらな下着を着る機会がないし、仮にも万が一、リシャールにこんな下着を見つけられて、変な勘違いをされたら困る。
だから、マリーは証拠隠滅のため、このえろい下着は捨てると心に決めていた。
「わたくしは本気ですよ。マリー様が脱いだ衣類を嗅ぐと、胸が高鳴る気がします。とってもいい香りがして、身体が熱くなって……変な気分になれそうです」
「……酔ってますね」
「そう、かもしれません」
お酒を飲むと変なテンションで色っぽくなる人もいる。サラはその手の酔い方なのかもしれない。
マリーも、お酒を飲むと、同僚の胸を揉んだこともある。
絵のためであるにせよ、困ったことに、そういう気分になるのだ。もみもみしたくなるのだ。
だからと言って、マリーが女性が好きというわけでもない。
「でも、男性より、いいかもしれません」
サラは優雅な仕草で立ち上がり、マリーのソファに腰掛けて、マリーの肩に顔を寄せて寄りかかってきた。
そして、サラは気怠くマリーを抱き寄せた。
石鹸の香りがマリーの鼻をくすぐった。
「……柔らかい」
サラが呟いた。
(あ、ダメだ)
マリーは、サラが完璧に『酔っ払い無差別発情モード』に入っていると悟る。
サラは、マリーが護衛に来ているのを完璧に忘れている。
サラは二の腕や、腰回り、胸や尻の際をつんつん指で触れて肉の厚みを確かめる。
「どこもかしこも柔らかい。素敵です。小柄なのに、ちゃんとイイところにお肉がついて、それがまた……いやらしいです。女性の魅力ですね。お肉って」
「ありが、とうございます……?」
マリーの体に付いた贅肉を褒められているのはわかるのだが、いやらしいと言われれば、どう反応していいか不明だ。
そういや、リシャールも痩せるな、と言っていたな、と思い出す。
「実は私……王都に来てから結構太ってしまって。もう色んなところにお肉がついてしまって……気になっていたんです。最近は、そろそろダイエットしようかなぁと思って……」
「痩せたらダメですわ!」
突如、サラがぐわっと顔をあげて怒鳴った。
マリーは思わず、ビクッとなる。
「10代の頃はスタイルを気にして痩せていたほうがいいと思がちですが、女性の魅力は適度な肉付きにあります。肉がないと、触るところがありません。時折、か細い女性が好きな方もいらっしゃいますが、大抵は肉に欲情するのです。マリー様だって、絵を描くときに女性なら柔らかそうに見えるようにしますでしょ?」
「そうですね、女神の絵なんかは特に大袈裟に肉好きをアピールするぐらいですし……」
それは絵と言うものが聖書が題材なときもあるし、文字が読めない人にも分かるよう、やや大袈裟に書いてこそ、伝えれるものだからだ。
「物事の色恋は一部の男性同士のものを除いて、女性が美しく、柔らかく、そして、官能的で無くてはなりません。……男性はいくら顔が可愛くても、綺麗でも、固いじゃないですか。石のようにゴツゴツです。逞しいといえばそうですが、抱き合うと痛いです。抱き枕としては価値はありません」
サラの言う綺麗な男性はテオフィルの事だろうか。
彼は一緒に寝る価値はないらしい。夫なのに、かわいそうな言いようだった。
確かにリシャールも細いのに、すごくずっしりとした身体で、抱き合うと固い。
マリーは恥ずかしい話、リシャールと抱き合うのは、とても温かくて、安心するから好きだった。
「男性が柔らかい場合は肥満ですね」
「そうですわ。何でもっと早く気がつかなったのでしょうね。男性に比べ、女性は柔らかくて、ほんとうに、いいものですね」
「サラ様……?」
サラはニコッと笑い、マリーにしがみついたまま、切なげに言った。
「もし、わたくしが男なら、あなたのためなら何でもしますもの。不自由はさせません。毎晩、嫌と言うほど愛します。飽きさせないくらいに溺れさせます。リシャール様より、満足させてあげるのに」
「あのですね」
だいたい、マリーとリシャールとは何もないのだ。
「困りました、これは浮気なのでしょうか」
「さぁ……まだお友達だと思いますが」
ちなみに何もしていないという意味ではマリーにとって、リシャールもサラもお友達枠だ。
「愛とか友情の、本質は似てる気がします。それに性欲が加わると情愛なのでしょうね」
「お友達でお願いします」
サラがいくら酔っているからと言って、万が一変なことをされたらたまったもんじゃない。
マリーは、ここは気丈にはっきりと答えておいた。
すると、サラが、ふふふっ、と上品に笑った。
「冗談ですよ」
サラは案外すんなりマリーから身体を離した。
サラは慣れた手つきで、テーブルに置いたワインを注ぐ。
「ただ、もし、初めに出会ったのがあなたなら、そういう事もあったかも、という話です」
それは極めてグレーな話だ。
「わたくしの中ではテオが一番、そういう感情をもてる方、なんでしょう。だから、結婚したのです」
サラはグラスのワインを覗き込みながら、さっきとは打って変わって、憂鬱そうに呟いた。
「テオ以外に、結婚話もあったのです。こんなわたくしでも、受け入れてくれる、優しいひとでした。実は……わたくしも、テオとの結婚は諦めていましたし、その方とは知り合ったばかりでしたが、ゆっくりと愛を育めば好きになれる気がしてました」
サラは独り言のように、語り始めた。
どうやらサラには婚約破棄を決め、両国国王の承諾を得て、あとは外国から帰るテオフィルのサインをもらうだけの時に、結婚を申し込む異性がいたらしい。
相手は田舎の付近に広大な領地を持つ侯爵だった。
侯爵とサラは自国のパーティで知り合った。
サラが社交界に馴染めずに佇んでいたところを声をかけてきたという。
侯爵はサラと10も歳が離れていたが、温厚で、ダンスに誘うわけでも無く、ただ、話をしてくれたと。
侯爵自身も華やかな世界は苦手で、どちらかというと農園や山や人々が暮らす村が好きで、領地のことを語っていたらしい。
華やかな世界が似合うテオフィルとは真逆のタイプだった。
その時のサラは、テオフィルとの婚約破棄が絶対に成されると思っていた、むしろ『長年の情』から好きでもないサラと別れることができて、テオフィルが喜ぶとすら、思っていたのだ。
テオフィルの父も止めなかったし、サラの父である国王も、サラには妃殿下は務まらないから、自国の貴族が妥当だと言っていたくらいだ。
貴族なら、領地を治めることになるが、それくらいならサラでもできる、と。
手に余る婚約だったから、最後にサラからテオフィルへの感謝を込めた贈り物が婚約破棄だったのだ。
サラは、テオフィルと破談を発表する間も無く、どこからかその情報を知った侯爵から結婚してほしい、と言われたそうだ。
サラはテオフィルとの事が片付いて、少し落ち着いたら返事をするつもりだったらしい。
「いつまでも心の中にいるテオは、わたくしの大切な王子さま。それはいくら歳を重ねても変わりません。少女だった、わたくしの、大切な人。それでよかったのです」
切ない瞳だ。
なぜ、そんなことを言うのだろう。
実際に、サラはテオフィルと結婚したのだ。
異国の物語は、婚約者破棄をした後に、想い人が訪ねてきて、告白され、結ばれて、ハッピーエンドのはず。
「テオとは、仮面夫婦なのです」
突如サラが真剣な顔で言った。
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